第二章 第一節 何気ない日常
「どうしたの?」
資料に書き込んでいる翔輝の背中に、突如大和が抱きついて来た。翔輝の問いに対し大和は「何でもありません」と言って抱きついたまま離れない。
「何でもないって言われてもなぁ」
翔輝はそう言うが、別に仕事に差し支えはなさそうだったので、気にせず作業に戻る。すると、
「や、大和ちゃんッ!?」
その声に振り返ると、艦橋の入り口で立ち尽くしている陸奥がいた。その床には手に持っていたのを落としたのか数枚の資料が落ちている。
震える手で大和を指差すと、次に翔輝を見る。
「あ、長谷川少尉。こんにちは」
「あ、うん」
礼儀正しくあいさつすると、今度は大和を睨みつける。
「あなたはさっきから一体何してるの?」
「少尉に甘えているだけです」
陸奥の問いに大和はきっぱりと言い返す。その返答に陸奥の眉がピクリと動く。
「何で甘えるのよ?」
「別に私の勝手じゃないですか」
「長谷川少尉は仕事中ですよ」
「少尉は甘えるのを許してくれました」
「いや、別に許した訳じゃないんだけど」
そう言うと、陸奥は大和を見る。
「だそうです。大和ちゃん。あなたの行為は迷惑ですって」
「いや、そこまでは言ってないけど」
陸奥の言葉に、大和はむぅとむくれる。
「な、何なんですかさっきから。私と少尉の勝手じゃないですか。何で陸奥さんがそんなに構うんですか?」
「私は少尉のお仕事を邪魔させたくないだけよ。あなたが邪魔をして少尉が怒られる事があったらどうするの」
「むぐぐ・・・」
陸奥の的確な言葉に、大和は何も言い返せなくなってしまった。ただひたすら悔しそうに陸奥を睨み、翔輝の服の裾をギュッと掴んでいる。
静かなる睨み合いに、翔輝は小さくため息した。その時、
「陸奥はんも大和はんもそんな怖い顔してどうしたん?」
おっとりした声に三人が振り返ると、そこにはこっちを見て首をかしげている伊勢がいた。
「「伊勢」」
「伊勢さん」
「ケンカ? ケンカはあかんよ」
そう言って二人に近づくと、そのおでこにそっと人差し指をつんと突付く。
「「ご、ごめんなさい・・・」」
二人が素直に謝ると、伊勢はうんうんとうなずいて満足げに微笑む。すると今度は翔輝を見て微笑む。
「長谷川はん、こんにちは」
「お、おう」
「お仕事中どすか、えらい大変やろうけど、がんばっておくんなはれ」
「まあ、そのつもりだけど、こいつらがな」
そう言って二人を見ると、二人ともそっと視線を逸らす。そんな明らかにバレバレな仕草に翔輝は苦笑いする。
「ったく、お前らは」
「三人とも仲がえぇーんやねぇ」
伊勢は嬉しそうに微笑むと、翔輝の手をそっと握る。突然手を握られた翔輝はビクッと震える。
「い、伊勢?」
自分を見詰める透き通った瞳に、翔輝は言葉を失う。彼女の手の温かさに包まれた手がほんのりと熱くなる。
「うち、長谷川はんともっとお話がしたいんや。今度一緒にお茶でもいかがやろか?」
「え? あ、うん。いいけど・・・」
「ほんまどすか? 嬉しぃわぁ」
ほんのりと頬を赤らめながら嬉しそうに笑顔を浮かべる伊勢に、翔輝は一瞬ドキリとしてしまう。
手をギュッと握り、「約束やよ」と言って、伊勢はふわふわとした物腰で去った。
残された翔輝はほんのりと温かい手をじっと見詰めて止まる。そんな翔輝を見て大和と陸奥は顔を見合わせて驚く。
「ど、どういう事ですかこれッ!?」
「わ、私にもわからないわよッ」
二人はかなり動揺している。特に大和はもうパニックに陥っている。
「いつの間に伊勢さんまで少尉にッ!?」
「だから知らないってばッ! 私だってビックリなのよッ」
「あなた伊勢さんの親友なんでしょッ!?」
「だからビックリしてるのよッ!」
わーわーと言い合う二人を見て、翔輝はため息すると、うるさいのを我慢しながら仕事を再開した。
その日の正午、翔輝は士官達が食事を取る食堂にいた。まわりには知り合いと一緒に食事を取る者が大勢いる。そんな中、翔輝は一人でテーブルの隅に座っていた。どうして一人でいるかというと、士官クラスになるとまわりはみんな青年や中年などばかりで、翔輝ぐらいの年齢の士官なんてほとんどいないのだ。
もし兵と合同だったら水上と一緒に食事を取れるのだが、残念ながら水上は兵用の食堂にいる。
まあ、こんな生活を一ヶ月以上暮らしているのでもう慣れてしまった。
「ふう、疲れたぁ」
午前中の仕事を終えたばかりの翔輝はそうつぶやくと目の前の料理に小さく微笑む。
今日のメニューは彼の好物のハンバーグ定食だった。
「うまそうだな。じゃあさっさと食べるか」
翔輝は午後の仕事の事も考え、さっさと食べ始める。
「おお、おいしいな」
パクパクと料理を笑顔で食べる翔輝。すると、
「少尉。ここにいたんですか」
「え?」
その声に顔を顔を上げると、こちらににっこりと笑顔を向ける大和がいた。
「今日はハンバーグですか。いい香りですね」
「大和? どうしたの?」
「いえ、もうお昼の時間でしたので少尉ならきっとここにいると思って。隣、いいですか?」
「あ、いいけど」
「ありがとうございます」
「でもどうしたの? わざわざこんな所まで来て。僕に何か用?」
「あ、いいえ。ただちょっと少尉に会いたかっただけです」
そう言って大和は屈託のない笑みを浮かべる。その純粋な笑みに翔輝もつい微笑んでしまう。
「今日はハンバーグですか。おいしそうですね」
そう言って笑顔で大和はハンバーグを見詰める。
「あ、食べる?」
切り分けたハンバーグをフォークに刺し、翔輝は大和にフォークを向ける。すると大和は「へ?」とフォークを見詰めると、突如ボンッと顔を真っ赤にした。
「い、いいえッ。結構ですぅッ」
手をブンブンと振って断るが、翔輝は「遠慮すんなって」と笑顔でそう言ってフォークを近づける。
「ほら、口開け」
「い、いいですってばッ! 少尉が食べてくださいッ!」
大和は顔を真っ赤にして必死になって拒否する。そんな大和の反応に翔輝は不思議そうに首を傾げる。
「おいしいのに。何でそんなに嫌がるの? もしかしてハンバーグ嫌い?」
「そ、そうじゃないですけど・・・」
そう恥ずかしそうに言って、大和は頬を赤らめたまま翔輝の持っているフォークを見詰める。
(少尉の使ったフォークで食べたら、間接キッスになっちゃいますぅ)
そんな乙女心を翔輝が気づく事などなく、大和はどうしようか考えを模索する。
(そうだ。艦魂の力でフォークを召喚すれば)
一人で考え込んでいたものだから、
「ほら、食べてみろって」
と、翔輝が差し出したフォークに条件反射で口を開けてしまった。
まるで恋人みたいに。
「ね、おいしいでしょ?」
「・・・」
もぐ、もぐもぐ。
何も言えなくなって、じっくりと噛んで、大和は飲み込む。
そして、今しがた自分がしてしまった事を思い出す。
(しょ、少尉と間接キッス・・・ッ!?)
顔をこれまで以上に真っ赤に染め、大和はガクガクと震え出す。
「ど、どうしたの? 顔色変だけど」
翔輝が心配して大和の顔を覗き込んだ刹那、
「ふひゃあああああぁぁぁぁぁ・・・」
変な声を上げて、大和が倒れた。
「や、大和ッ!?」
まわりの視線が一気に自分に集まったのを感じたが、翔輝はそれを無視して慌てて大和に駆け寄る。
「や、大和? 大丈夫?」
抱き起こすと、大和は顔を真っ赤にして目をグルグルと回して気絶していた。
「ど、どうしたんだろ?」
自分のせいで倒れたとは思いもしない翔輝はとりあえず大和を部屋で寝かせようと思って食堂を後にした。
大和達艦魂と違って瞬間移動ができない翔輝は地道に部屋に向かって歩いていた。すると、前から陸奥と伊勢がやって来た。
「おお、二人とも」
「少尉、どうされたんですか?」
「あらまぁ、大和はんどうされたんどすの?」
二人は翔輝に背負われている大和を見て驚く。翔輝はそんな二人の視線に苦笑いする。
「なんか知らないけど気絶しちゃったみたい。だから部屋まで送ろうって思って」
そう言うと、伊勢がにっこりと微笑んだ。
「そんならうちが運びますわぁ」
「え? でも・・・」
「気にせんといてください。うちら艦魂は瞬間移動ができますから」
「そ、そう? だったらお願いできる?」
「任しといてぇな」
そう言って伊勢は翔輝の手をギュッと掴む。
「え? な、何?」
戸惑う翔輝に伊勢は優しく微笑む。
「安心してぇな。うちと手ぇ繋いでたら一緒に移動できんのどすわ」
「人間の僕でも?」
「はいな」
そう笑顔で答えると、伊勢の身体は光り出した。次の瞬間、そこは見慣れた自分の部屋に変わっていた。
「す、すごい。これが瞬間移動か」
「そないに驚く事やないわぁ」
ひらひらと手を振って笑顔をする伊勢。その横には一緒に移動したのか陸奥もいる。
「艦魂はいつもこの能力を使って移動しています」
「へえ、便利だね」
翔輝は素直にうらやましいと思った。時間にうるさい軍という組織の中では実にうらやましい能力だ。
「ほら、早よう大和はんをお布団で寝かしてあげてぇな」
「そうだね」
翔輝は大和をベッドにそっと寝かせると、ベッドに座ってひと息つく。
「ふぅ、二人ともありがとう」
「気にしぃひんで」
「私は何もしてませんけどね」
そう言って二人は微笑む。そんな二人を見て翔輝は頬を掻くと、二人を見上げる。
「ちょっと二人にお願いがあるんだけど」
「何でしょう?」
「僕これから仕事だからさ、できれば大和を看ててほしいんだけど」
「あー、私はちょっと無理ですね。司令部の仕事がまだ残ってますから。すみません」
そう言って陸奥は申し訳なさそうに頭を下げる。
「そ、そっか・・・どうしよっかな?」
「ほんならうちが面倒みといたろか?」
そう言って笑顔を向けたのは伊勢だった。その言葉に翔輝の顔が明るくなる。
「本当?」
「任しておくれやす。うちが責任もってちゃんとみとるから」
「じゃあ、お願いね」
翔輝はそう言って急いで部屋を出て行った。どうやら結構遅刻ギリギリらしい。
その後陸奥も仕事の為に消え、残された伊勢は大和の寝顔を見て優しく微笑む。
「かわえぇなぁ、大和はんは」
大和の頬をそっと撫で、伊勢は優しく微笑んだ。
その後、翔輝は少し早く仕事を終え、夕方には部屋に戻った。すると、そこにはついさっき目覚めたばかりの大和と伊勢がいた。
「大和、やっと起きたんだ」
翔輝が笑顔で声をかけるが、大和はつーんと翔輝を無視する。
「え? あれ?」
予想外の反応に戸惑う翔輝。
「大和? さっきはいきなり気絶なんかしたりしてどうしたの?」
「・・・」
翔輝が声かけても、大和は何も答えない。
「や、大和? もしかして何か僕に怒ってる?」
そんな問いにさえ大和は沈黙を続ける。どうやら本当に何か怒らせてしまったらしい。
「えぇ? 僕何を怒らしたんだろ」
完全にそれっぽい出来事が記憶にないので、翔輝は必死に考えるが答えは出てこない。
「なあ伊勢。お前なら理由わかる?」
「さあ、うちは何も知らんどす」
伊勢も首を傾げている。
そんな二人して困っているのをそっと横目で見て、大和は不機嫌そうに唇を尖らせる。
(何でいつの間にか伊勢さんとあんなに仲良くなってるんですか?)
ちょっと自分が気絶していたたった数時間で二人の距離が明らかに急速に近づいていた。
(一体何がどうなってるのよぉ)
それも彼女の不機嫌さの原因の一つであった。
結局、その後も大和はずっと不機嫌のままで、翔輝と伊勢は居心地の悪さにただただ苦笑いするしかなかった。
翌日、翔輝は昨日のお礼もかねて伊勢をお茶に誘った。と言っても水上に頼んで主計科から分けてもらった緑茶とちょっとした和菓子だけだったが。
招待された伊勢は礼を言って席に着くと、緑茶をゆっくりと飲む。
「やっぱりお茶は日本人の心ですわぁ。心が和みますぅ」
「そう? 良かった」
翔輝も嬉しそうに微笑んでお茶を飲む。
伊勢はにこにこと翔輝を見ながらお茶を飲む。
「何? 僕の顔に何かついてる?」
「違いますぅ。ただ、長谷川はんって結構かっこえぇなぁって思って」
「え? そ、そっかな?」
いきなりそんな事を言われ、翔輝は照れる。そんな彼を見て伊勢はしっかりとうなずく。
「そうやで。長谷川はんはかっこえぇ」
「あ、ありがとう」
翔輝は照れながらも礼を言う。
二人して互いを見合って微笑む。
そんな二人を物陰から監視する二名。
「むむむ・・・いつの間にあんな仲の良い関係に・・・」
「い、伊勢・・・ずるいわよぉ」
大和と陸奥は、楽しげに翔輝をお茶をしている伊勢を見て悔しそう指をくわえているしかなかった。が、
「そこの二人も、一緒にお茶しまへんか?」
突如伊勢がこちらを見て笑顔でそう言ったので、二人は慌てて逃げ出そうとしたが、いつの間にか翔輝が道を塞いでいた。
「何してるの? お前達」
「い、いえ」
「別に何でもありせんよ。ねえ大和ちゃん?」
「う、うん」
互いの顔見て意味深な笑みを浮かべる二人に翔輝は首を傾げる。と、
「「え?」」
そんな二人の手を、伊勢がしっかりと掴んだ。
「お茶は大勢の方がにぎやかで楽しいどす。さあ、お二人もこっちへ」
伊勢はそう言って微笑みながら二人を引っ張って行った。そんな三人を見て、翔輝は優しげな笑みを浮かべると、三人について行った。 |