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文学フリマ短編小説賞

はしたないエキス(意味深な意味はないよ!)

作者:鯣 肴
 僕は、とうとう、その禁断の品物をスマホでポチってしまった。ネット上のとある怪しいサイトの怪しい品。その名も、はしたないエキス。

 それが何なのだって? 決まっている。なんか、感情が抑えられなくなるエキス。説明にもそう書いてある。一回分の使用量で売られている。醤油差しの入れ物に入って。

 僕はそれを二個ポチった。どうせ偽者だと思ったが、僕は今、ワラにも縋りたい気分だったのだ。





 僕は、今、付き合って3ヶ月の彼女と共に、お昼を屋上で食べている。僕は中学生なのだ。晴れた天気とは裏腹に、僕の心は曇りがかっていた。だって、彼女が何を考えているか、3ヶ月経っても分からないからだ。彼女が、ミステリアスで素敵に見え、話しかけてみたら、意外と話が合ったんだ。哲学的な話とか。

 彼女はその無表情な顔で僕に話しかけてくる。隣に座っている彼女だが、僕にはとても遠くに見えた。

「ねえ、○○君。恋って何なんだろうね。私は、3ヶ月君と居たけれど、まだ答えを掴めないよ。君はどうなんだい?」

 そう嘯く彼女は相変わらず綺麗だった。長くて艶のある青みがかった黒髪。白い肌。そして、つぶらで大きいけれど、何を考えているか読めない目。身長は僕より高くて、メリハリのある、わりと引き締まった体。おまけに、僕よりもずっと賢いときたもんだ。

 僕はそれに引き換え、チビだし、決して美形とはいえない、かっこ悪くて平たい顔をしてるし、成績はすこぶる悪い。

 だから、不安なのだ。彼女が告白のときに僕に言った言葉からして。『君は私を愉しませてくれるのかい? きっとそうだろう。それを期待して、君と是非付き合わせてもらうことにしよう。恋って何なのか、丁度知りたいと思っていたんだ。私は君のこと、嫌いではないしね。』

 彼女に思い切って告白した僕に、彼女が見せたのは、意味深な言葉と、そして、彼女が一切見せたことがなかった、すごい長い台詞だった。





「僕にも分からないよ。まだ恋愛暦3ヶ月の初心者だし。君も僕も。だから、焦らずゆっくりと知っていけばいいんじゃないのかな?」

 僕がなんとか考えに考え捲くった言葉。彼女にそれを決死の覚悟で投げると、彼女はあっさりとそれを受け入れてくれた。そして、僕は、彼女に、用意してきたお茶を渡す。

 あの薬は、お茶500ミリリットルに1この内容量丸ごと入れればいい。ペットボトルだと、聡い彼女が開封されていることに気づくので、僕は、このためだけに彼女に水筒を買ってきて、渡したのだ。

 シンプルながら、シックなボトルだ。アルミでできた、四角いウイスキーのボトルのような形の水筒。彼女は、こういったものがわりと好きなのだ。かわいらしいのとかではなく、なんかセンスのよさを奇抜さ以外で出そうとしてる感じのものが。

 あらかじめ、フタを開けて目で確認してある。匂いも確認してある。何も入れていないお茶と一切見かけは変わらない。多少あった匂いも、お茶に混ぜると消えることも発見したのだ。

 あとは、彼女がそれをごくりとしてくれるだけでいい。レビューによると、飲んだら10秒程度で反応が出るらしいから、安心だ。






 カ、ボトボトボトボト。

 スっ。

 ぬらり。

 ドン!

 のっしり。

 突然のことに僕は目を丸くする。驚きが大きすぎて、頭が混乱してしまっている。これは一体……。

「ねぇ、○○君。君は最近、何か私に対して不安を感じているよね。」

 坐った目で、頬を少し紅潮させた彼女が、先ほどまで飲んでいたボトルを放り投げ、突然僕を押し倒し、馬乗りになってきたのだ。

「う、うん。」

「言ってごらん。私は何でも受け止めるつもりだよ、君の彼女として、さ。」

 心なしか、先ほどまでよりも彼女の顔が赤くなっているような気がした。でもきっと僕の錯覚だろう。

「えっとね、……。」

 僕は話した。3ヶ月も付き合っていて、未だ彼女のそのときどきの気持ちも表情から読み取れない自身の愚かしさを。

 なぜ、これだけ釣り合いそうにない自分と、彼女が付き合ってくれているのかを。

 そして、いつ、飽きられて別れられることになるのか怖くなってきていると。全て正直に話した。

 彼女はそれに答えようと口を開く。僕は彼女と至近距離で向き合った。頬を紅潮させたまま、彼女は今度は涙を流し始めた。

 僕の口元にそれは落ちる。甘酸っぱい。間違いなく涙だ。そして、彼女の香りがする。涙……。それなのに僕はこんなことばっかり考えて……。とになく情けなかった。

 彼女の声は泣き声になっていない。震えていない。彼女は、泣いても泣き声にならない人なんだと、僕は3ヶ月目にして、恋人なら知ってそうなことを今更また一つ知ることになった。我ながら情けない。薬に頼ってまで、彼女の本心を聞きだそうなんて。

「私は悲しいよ。」

 僕の心を、その言葉が貫く。痛いよ、本当に。響くんだ、とても。

「ごめんなさいっ。」

 僕もつられて涙が出てきていた。僕の声は震えて、涙声になっていた。情けないし、不甲斐なかった。

「いや、君を責めたのではないよ。責められるべきは私だ。私が君の勇気ある告白を受け入れ、彼女になったというのに、こんな鉄面皮で、かわいげなく、君を悩ませていたんだから。謝るとしたら、私が君にさ。本当にごめん。そして、君にお願いする。どうか私を捨てないで欲しい。」

 突然のことに僕は大いに動揺した。彼女がそんなことを胸に秘めていたなんて。今までそんな様子一切見せなかったのに。彼女は溜め込むタイプなのだ。そう肝に銘じた。

 僕が瞑想を終えて、彼女に目を合わせると、彼女は、僕に向かって目を瞑り、涙を零し、唇を合わせた。嬉しかったけれど、悲しくもあった。





 しばらく経ったような気がするけどまだ数分しか経っていない。昼休みはまだしばらく続く。時間があるし、まだ彼女も冷静さを取り戻していない。僕もそうだ。

 そして、このままだと雰囲気に飲まれそうだ。僕は彼女を大切にしたい。だから、流されたくはなかった。とてももったいない気がしたが、こんなものの力に頼ってはいけない。

 だから僕は、一度彼女に退いてもらって、最初のように、横に並んで座った。そして、彼女の思いの続きに耳を傾けた。

「私は、君が告白してきたとき、わりと、本心を隠してそれを受け入れたのさ。それが不味かった。今までそれが君を苦しめてきたんだ。それを知ってしまった。だから言わないといけないと思ったのさ。」

「よかったら教えてくれない? 不甲斐ない僕に。」

「ああ。」

 しばらく流れた沈黙の後、彼女は語り始めた。

「私は、自分が、感情のない鉄面皮な、血も涙もない人間だと思っていた。考え方は堅苦しく、融通も利かない。だから、誰もが私と話しても楽しそうにしない。それが辛かった。」

 僕はそのことを知っていた。でも、彼女が、色んな人と話して、その後、悲しそうにしているように僕には見えた。たまたまそう見えただけかもしれない。でも僕はそれから彼女から目を離せなくなった。教室で彼女が誰かと話すたび、彼女を見て、話し終わったところでまた彼女を見る。それを続けた。

 そして、確信した。彼女は寂しいんだって。誰かと心ゆくまで楽しく話したいんだって。自然に。でも双方楽しく。はじめは誰かそれができるのじゃないかって期待してた。彼女は美人だし、話しかけて仲良くなりたい男は僕以外にもたくさんいそうだったからだ。

 でも、全員心折れたようだった。1年生の頃から彼女と僕はクラスがいっしょだった。2年生になっても。だから、もう見ていられなかった。誰か彼女に手を、本当の意味でしっかりと伸ばしてほしかった。

 もう僕がやるしかない。いや、僕がやらなければ、やりたいんだ、僕が。そう思った僕は、賢くなろうと努力した。3ヶ月で、学校の授業で余裕でついていけるくらいまでしっかりと勉強し、テストでも学年上位、二桁の前半に食い込んだ。彼女のような成績順位一桁台には届かなかったけれど。

 だけど、これだけでは足りないと思った。成績を伸ばしたのは、彼女に話しかけるための下準備に過ぎない。弱い僕は、成績が悪いまま、あまりに遠い彼女には話しかけられなかった。だから、下準備として、成績を上げただけ。

 まだだめなんだ。だって、肝心の話題がないのだから。まあでも、どういったことが彼女の好む話題かはもうなんとなく分かってきていた。些細なこと。それをどこまでも考える。正しいかどうか、固定観念を疑っていく。それが彼女のスタイルなのだと。

 それは一言で言うと、哲学。僕も彼女に近づくために努力し、まだまだ彼女に釣り合うほどじゃない、まだまだバカだけれど、がんばった。

 そして、時折彼女と話をするようになって、9月頃だろうか。夏休みが開けて、それまで溜め込んでいた思いを押さえ込めなくなって、告白したんだ。

 完全に血迷ったと思ってた。彼女が僕の隣に立ってくれるビジョンなんて僕にはなかったんだから。だけど、奇跡が起こったかのようにそれは叶った。

 そして、おこがましくも、彼女に対して不安を抱いた。





「ねえ、○○君。聞いてる?」

 相変わらずとりとめもなく、彼女の涙は流れ続けていた。ゆっくりと。しかし、途切れずに。ととも気分が落ち込んだ。

「うん。なんか、僕って不甲斐ないなあって心底自分が嫌になりそうなんだ。ごめん。」

「○○君。私はね、なんとなくで君と付き合うことを選んだのじゃあないよ。私はこれでもわりと堅物で、ガードは固いつもりだ。」

 僕もそれは知っていた。普段なら絶対にこんなことはしない。手も普段から繋がないもの。でもそれでもいいんだ。僕は彼女と一緒に居られるだけで……。

「聞いて、○○君!」

 彼女は急に立ち上がって、普段絶対出さないような大きな声を僕に向けた。

「私はね、救われたんだよ、君に。」

「……。」

 僕はどう反応すればいいか分からなかった。不安は消えたが、返す言葉は出ない。彼女は、それを読み取ったようで続きを話し始めた。





「私は、君と話していて、初めて、楽しい、と心の奥底から思えたのさ。私はなぜか、幼少期、それも1歳くらいからの記憶が鮮明に残っている。でもね、一度も。両親とも。私は話していて、どこか楽しくなかった。私が話したいことを話すと、両親が困った顔をしたのを今でも覚えている。その後会った人もみんな、そう。私には、自然に話をすることが一切許されない。辛かった、本当に。消えてしまいたかったさ、ずっと。でも勇気がなくて、できなかったのさ。」

 僕は立ち上がって、彼女を包み込みたくなったが、やめた。最後まで聞くんだ、そして受け止めるんだ。感情や行動をぶつけて、そのチャンスを潰したらいけない。これが彼女の本心を吐き出す最後の機会なのかもしれないのだ。おそらく、問題の根は深いのだから。

「そう思ってた。君と会うまでは。」

 僕の名前が出た。とても嬉しかった。でも彼女は、僕の予想の遥か上を行っていた。

「君は、私に話しかける前から、私の悩みに気づいているみたいだった。」

 図星。これは予想外だった。

「私が誰かと話し終わって、いつものようにがっくりしてると、それに君は気づいてくれているように見えた。私にはそれは奇跡のように思えたよ。君と話したくなった。でも、臆病な私は君に近づくことすらできなかった。何でだろう……。どうでもいい人たちとは幾らでも話せたのに。君に、初めてみた希望に、そっぽを向かれるのが僕は怖かったのさ。」

 気づいていたのか、完全に。僕はそんなことも分からず、彼女を待たせてしまったのか。

「だけどさ、私は希望を捨てなくて済んだ。だって、君は今年、4月に入って、ようやく動き出してくれたのだから。君は成績を伸ばしながら、図書室にある難しい哲学系の本を片っ端から借りて読んでいたね。」

「え……? 僕、そのこと君に明かしたことないし、君にバレないように細心の注意を払っていたんだけど。」

「ごめん。私は、君をずっと追うようになってしまっていたのさ。君が私を目で追いかけるように。」

 少し彼女の雰囲気が重くなったような気がした。少し不穏に感じた。僕はそれが気のせいだと必死で思いこんだ。





「君がいよいよ準備を整えて、私に話しかけてくれたとき、とても心踊ったよ。それも僕が自然に話せるように、君は僕に合った、固定観念を疑う系の、でも、とりとめもない、小さな疑問を私に語り、そして、私が語るのを聞いてくれた。」

 やはり気のせいだったようだ。僕の嬉しさは揺るいでいない。

「夢が叶ったような気がしたよ。微かだった希望の光が強くなって、私を照らしていると感じられるほどに。でも、それと同時に不安が私を襲ったのさ。」

 ん? これは一体……。彼女の顔に明らかな不安の表情が浮かんだ。僕はそれを今まで一度も見たことはなかった。そして、とてもそれを見ると自分の不甲斐なさが再燃してくるのだった。

「私は、君がいつまでも私の話し相手であって欲しい。そう思うようになった。けれども、私には、君を縛り付ける勇気はなかった。せいぜい、この体を捧げて、君の心を奪う程度しか思いつかなかったよ。我ながら、情けない……。」

 え? あれ? 僕の不安って、杞憂だったの? なんかすごい強く僕のことを想ってくれてるようだ。喜びよりも、何か焦りのようなものが強くなってくる。もしかして、彼女が、薬の効果に流されているのではないかと。

 心のたけをぶつけたくなる薬らしいからだ。でも、男に迫りたくなる、淫乱な効果は確かないはず。あれは、この薬の購入ボタンの一個下のボタンの、本当の意味ではしたないエキス、の効用に近い気がする。

 僕の頭に強烈な不安がよぎった。もしかして、間違えてそっち買っちゃった? でも、とても今、スマホを出して確かめられる気配ではない。

「頼む、捨てないで、お願いだ。重い女だけれど、これからも一緒に、共に、いや、ずっと一緒にいてくれないか。」

 その豊満な胸を当てるように横から抱きつかれ、彼女は僕の前で、大泣きし始めた。後から正気に戻った彼女に聞くと、それが人生初めての本気泣きだったそうだ。

 僕は思った。今は言葉は要らない。

 僕は彼女を包むように両手で抱擁した。そして、昼休みの終わりのチャイムが鳴るまでずっとそうしていたが、それでも彼女はまだ泣きやんでいなかったので、人生で初めて僕は授業をさぼった。彼女と共に。

 そして、午後の授業が終わって、放課後になり、夕方になるまでずっとそこに彼女と共にそこに居た。さすがに夕方になると薬の効果は切れたようで、彼女は涙と鼻水で汚れた顔を拭いて、そして、僕にこう言った。

「ありがとう、本当に。君こそ、私の安らげる唯一の場所だ。だから、自信を持ってくれ。私は君から決して離れたりはしないから。」

 僕の不安なんて、もうきれいさっぱり吹っ飛んでいた。それより、彼女がこんなに思いつめていたなんて。そのショックが大きすぎたのだ。だから、もう、そうならないように、彼女をしっかり見よう。ただ見るだけではない。彼女の中身を本質を。それをしっかりと見ていよう。出来る限り、いつも。近くで。僕はそう誓った。

 そして、今度は僕の方から、彼女にキスをした。





 そして、屋上から出た僕と彼女は、二人、手を繋いで、職員室へ向かい、授業をすっぽかしてごめんなさい、と、謝罪しに行った。教師は、彼女を見て、とてもびっくりしていた。彼女が、うっすらとだが薬が切れたにも関わらず、人前で笑顔をさらしていたのだから。

 毒気を抜かれたのか、あっさりと教師はお咎めなしの裁定を下した。僕はその日はじめて、彼女といっしょに下校した。家が反対方向だったからだ。僕は彼女を家まで送り届けて、来た道を引き返していく。

 そして、スマホを開いて確認する。メールボックスに届いていた領収書を。すると、案の定。

商品名:【本当の意味ではしたないエキス】
個数:2
値段(送料込み):1,000円

「あ……。」

 思わず声が出てしまった僕は、スマホを、そっ閉じする気分で鞄に乱雑に放り込んだ。その辺の野良犬でテストして、発情したくさかったからきっと、はしたないエキス、効能あるなって思ったのが間違いだったのだ。

 まあ、でも。ある意味良かったかもしれない。彼女の本心も知れて、安心できた。それに、いくつかご褒美もあったのだ。特に、あの泣きながらの笑顔。あれはきっと、僕だけにしか見られないものだ。

 後で思うと気持ち悪い顔をしてたんじゃないかなと、後悔するほどにやにやしながら僕は家路に着いたのだった。
 

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