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第1楽章 聖典授業
10月25日(土)

全員分の聖典を用意し、こっそり部屋に置いてみた。

残らず、歯形がついているのはなぜだろう。

『キオの青春サヨウナラ日記より』






「今日から、聖典を読んでもらいます。これは、心を豊かにするため読むのであって、別に皆さんを精神的に追い詰めようとか、そんな思惑はありません……だから、悲しい顔しないでください」

猟奇殺人鬼たちは、大嫌いな食べ物を目の前に置かれた、子供のような悲しい顔をしている。そんなに聖典がキライなんだ、と、キオは改めて生活の違いを感じた。

「聖典は、ちょっと……アタシ、聖典を読んだりすると、頭が痛くなるの」

アイリーンが、これ見よがしに溜息をつくと、他の連中も意見し始めた。

「そーだねー、なんか具合悪くなっちゃう」

「カラダ ダルダル」

「なんか、もうすでに熱っぽい!」

「カビが生える」

「なんか、最後のおかしくないですか!?嫌いだからって、そんなワガママ言っちゃダメですよ。結構面白い話もありますからね。そんなに毛嫌いしないで」

やんわりたしなめられ、みんな、まぁ、しょうがないなという気になる。せっかく、一生懸命やってるんだから、付き合ってやろうと思い直したのだろう。

「どこにしようかなぁ……じゃあ、この『幸いを分け与える旅人』にしましょうか」





ひとりの旅人がいた。あるとき、旅人が歩いていると、向こうから男がやってきた。旅人は渇いた男に水を分けてやり、食べ物を分けてやった。旅人の水と食べ物は、なくなった。

また、別の道で、オレオの商人が倒れているのに出くわした。旅人は介抱してやり、すぐに町の宿へ連れて行った。旅人の路銀は、なくなった。

また、別の道で、川を渡れずにいる少年を見つけた。旅人は、少年を背負い、川を通らせてやり、濡れた服のかわりとなるよう、上着を渡した。ついに、旅人は着物すら、なくなった。

しかし、旅人は満たされた。





「オレオっていうのは、お金持ちが多かったせいで、当時、嫌われていた種族です。つまり、旅人は意地悪せずに、助けてあげたわけですね」

ふんふん、とわりと真面目に聞いている猟奇殺人鬼たち。

「さて、最後に満たされた、とありますけど、これはどういうことだと思いますか?」

グランが、自分のおなかを撫でる。

「いい気分になったってことじゃないの?」

「そうですね。おなかがいっぱいになった時みたいに、気分がよくなったってことでしょうね。ふたりとも合ってますよ」

褒められて、えへへ、と顔を見合わせるグランとディーン。

「イッパイ アゲチャウ ナンニモ ナイ」

ペーズリーは、ウーンと首を傾げた。

「タスケル イッパイ?」

「あぁ、なんにも持ってないのに、どうして気分がよくなるかですか?」

ペーズリーが、うんうんと頷く。

「難しい質問ですね……なら、逆に自分に置き換えてみましょうか。気分がよくなるかどうかはともかく、みんなだったら、困っている人に、何をしてあげますか?」

「ナンデモ イイ?」

「なーんでもいいですよ。何に困ってるかも考えてみてくださいね」

ペーズリーが、一生懸命考え出した隣で、全く考える気のない男がいた。

「何をするか、ねぇ……相手が女性なら、喜ぶことなんて、すぐ分かるんだが」

ジルの指先が、さりげなくキオの手をたどる。キオは、しばらく張り付いたような笑顔のままだったが、ふいに反対の手をぐっと握り締めた。







パァァァァァァアアアアアア――――ンン!!!







どさり、と声もたてず、ジルがテーブルに突っ伏す。心なしか、焦げ臭い。

え、なに、これ夢?

「……キ、キオ、それは一体」

アイリーンの言葉に、キオは手元のスイッチを掲げ、足元にある機械を示して見せた。

「教育的指導補助機械1号のプラズマショック君です。15歳以上の方にとって、不適切発言かつ不適切な行動をとった場合などに、この機械から、みなさんが座っている座布団に、電気ショックが送られます」



「……はい?」



「座布団っていうのは、その薄っぺらいクッションのことです」

「いや、そっちじゃなくて……電気ショック……?」

「電気のショックです」

「分かってるわよ、んなことは」

「電気の衝撃です」

「別に日本語訳してくれなんて言ってないわよ!そうじゃなくて!なんで、そんな危険な装置持ってるの!?」

キオは、聖典に挟んでいた手紙を、ひらひらと振った。

「ゼペット司祭様が、なにかに役立てなさいって、送ってくださいました。司祭様のすることに間違いはありません。きっと、みなさんを指導するのにスゴイ効果を発揮してくれますよ」

と、とんでもないもの送ってくれたな、司祭……!!

青ざめる5人(一人は気絶中)に、キオはにこやかに微笑んだ。

「やだなぁ、みなさん猟奇殺人鬼でしょう?これくらい、大丈夫ですよ」

「もう、すでに大丈夫じゃない人が、横たわってるんだけど……」

それに、猟奇殺人鬼は、あくまで猟奇的な殺人を犯した人間というだけで、そんな怪物的な存在というわけでは……。

不安げな様子を見て、キオは慌てて手を振る。

「そんなに心配しないでくださいよ!さっきのジルの言動はダメでしたけど、教育的指導には三段階ありますから」

三段階?

「あまり適切でなかった発言の場合は『注意』程度です。やや適切でなかった場合は『忠告』、全く適切でなかった場合は『警告』となり、不適切2回目で『宣告』、つまりジルみたいになります」

誰もが、倒れたままのジルを見つめ、ごくりと喉をならす。

プスプスと煙をあげる状態になると、そうおっしゃるんですね……。

「ちなみに、『警告』後は、塩水を飲んでもらいます」

まさかの感電率アップ……!?

「これも、みなさんのためを思ってですから!いわば、愛の鞭ですからね!」

拳を握って、熱く語るキオを、アイリーンが制す。

「そんなギャンブルみたいなことしたくな」

「あ、あんまり不用意に立ち上がらないでくださいね。まだ使い方が不安定なもので、うっかり『宣告』スイッチを押してしまうかもしれません」

立ち上がりかけたアイリーンは、無言で腰を下ろした。





な、なにこの恐怖政治……!!





「さて、じゃあ話を戻しますね。なにかしてあげるっていうのは、難しいかな?質問を変えますね。この話は、一体なにを表したかったのでしょうか?」

「え、えぇ〜と……」

こんなに真剣に考え込んだのは、初めてかもしれない。それぞれ、必死に思いを巡らせる。掌が汗ばみ始めた。

「だから、いいことすれば、自分も幸せになるってことでしょ……?」

「あ、いいですね、その答え!聖典の解釈には、はっきりした答えなんてありませんから、ディーンの答え、十分100点満点です!」

他になにかないですか?とキオに目で促され、リジーが肩をすくめる。

「ようは、人にしてもらいたいことを、自分も進んで行え、ってことだよね。そうすれば、見返りを求めずにいても、自然と善行による心の財産が、積まれていく。財産は、人間関係だったり、愛情だったり、様々だろうけど」

リジーの答えに、キオは感動で、声を詰まらせた。

「すごい!リジー、そこまで読み込めるなんて……僕、心からの拍手を送りたいです!!」

リジーは、満更でもない顔だ。しかし、調子に乗るのは、彼女の悪いところ。

「いや、でも、まぁ、心の財産ってのは、旅人の自己満足のことだろうけどね」







パァァァァァァアアアアアア――――ンン!!!







「リジーィィィィイイイイ!!」

そのまま黙ってりゃいいものを、余計なことを!!

「そういう言葉を使うのは、どうかと思いますよ、リジー」

「……はい、すいません」

不死身と呼び声も高いリジー・ドットは、『忠告』レベルでは倒れない。でも、お尻が痛かったのか、ちょっと涙ぐんでいる。

「人によいことをしたから、自分も気分がよくなった。それを、自己満足というと、なんというか、馬鹿にするというか、客観的ぶって蔑んでいる様に聞こえます。少なくとも、喉が渇いてる人を助けたことは、自分だけの独りよがりじゃないです。人様にそういうこと言っちゃいけません」

「ごもっともです」

快楽殺人者の代名詞であり、故国では童謡にまでなった凶悪犯罪者、殺人鬼フリークの間で熱狂的な人気を誇っている「赤頭巾」は、教会ネズミ相手にあっさり陥落した。

青の女神信者って、みんなああなっちゃうのかしら……

今更ながら、宗教の恐ろしさを思い出すアイリーン。

「じゃあ、あとは、この紙に、感想書いてくださいね。本当はもっと話し合った方がいいんですけど、そろそろ夕飯の支度しなくちゃ」

キオが配る小さな紙には、爆発した果物のようなものが描かれている。

「なに、このイラスト?オレンジ?」







「それ、ゼペット司祭様の似顔絵です」







それは、別に、なんの他意もないイラストだった。

キオは絵が下手だから。

しかし、そのことを、まだ知らない5人は恐怖に震え上がった。





『宣告』レベルは、こうなるんだ…………と。







【本日のキオに対する好感度】

リジー −2(あの小僧、許さん)

ディーン −1(怖すぎる)

ペーズリー −1(イツモノ キオ チガウ)

ジル +1(あれ?ひょっとして照れてる?)

アイリーン −1(好感度とか、もうそういう問題じゃないわ)

グラン +−0(びりびりしなくて、よかった)




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