お願い☆クリスマス
「め、メリークリスマス、美和ちゃん!」
思わず眉をひそめた。
全身をキラキラと輝かせ、どうやらプレゼントらしい包みを差し出している幼なじみを、まじまじと見る。
冬休みに入って二日目。世間でいうところのクリスマスイヴ──の、午前中。
あろうことか、ピンポンとインターホンを鳴らしてやって来て、ママにこんにちはーとか挨拶して、ノックして部屋に入ってきて──顔を見ていきなりこれだ。
ムードもへったくれもない。
しかもどもりやがったな、こいつ。
「優太、あんた、どういうつもり。今日はクリスマスデートだっていったでしょ」
あたしは眼光鋭く、幼なじみを睨みつけた。
幼なじみだ。『彼氏』じゃない。
でも、ゆくゆくは彼氏に、という可能性がないわけじゃない。まあ正直、兄妹みたいに育ってしまって、好きとか嫌いとかの対象じゃないけど。
ともかく、今日は予行演習なのだ。中学生になった最初のクリスマス、恋人たちみたいにデートをしようと約束した。男がリードするものだと、プランもぜんぶ任せた。
それなのに、この所行。
「あ、だから……はい、クリスマスプレゼント。美和ちゃん欲しがってたでしょ、エスペランスのペンダントだよ」
「そういうのはムードが盛り上がってから渡しなさいよ! あと開ける前に中身ばらさないで! あんたの頭の中ってほんとどうなって……──エスペランスのペンダントっ?」
あたしは思わず食いついた。ダッフルコートから顔を覗かせている包みを奪い取る。赤い包み。エスペランスのロゴ。
うわ、本物だ。
ムードが沈殿したことなんて一気にどうでも良くなってしまった。あたしは慌ててリボンをほどき、震える手で箱を開けた。
小さな石を抱いた、赤いペンダント。
「すごい……!」
感極まって、なんだか泣きそうになってしまった。だって、ずっとずっと欲しかったんだから。
それほど高価なものじゃない。けど、とにかく大人気で、すぐに売り切れてしまうのだ。中学生じゃ、予約だってできないし。ネット通販も親に止められてる。
「優太、すごいじゃん! ありがとう、だいじにする!」
「よかった、喜んでもらえて」
女の子のようなきれいな顔で、優太がへらっと笑う。その軟弱な仕草が本当は癪に障るけど、でもいまはそんなことは問題じゃない。
あたしは、さっそくペンダントトップを握りしめた。どんな願いでも叶えてくれる、魔法のペンダント──そういうキャッチフレーズだ。この石を握って、願いを唱えれば、きっと叶う。
「美和ちゃんって、そういうとこ、女の子らしいよね」
空気も読まず、優太が笑った。
「ねえ、どんなことをお願いするの?」
あたしは、なんだかカチンとした。
自分でも怒りのオーラが生まれたのがわかった気がした。漫画的にいうと、身体をゆらゆらと覆うアレ。絶対にいま、あたしのまわりにはアレがある。
半眼で。唇をへの字に曲げて。
目の前のこの男を──デートだといったのに明らかに普段着の、髪もぼさぼさの、デリカシーのかけらも持ち合わせていない、オコサマな幼なじみを──静かにロックオンした。
「決まってるじゃない」
あたしは努めて冷静な声で、いった。
「竹本優太が、もっと自信に満ちあふれた、素敵な素敵な紳士になりますように!」
──その瞬間、何かがはじけるような音がした。
まるで目の中で光が生まれて、消えてしまったかのようだった。
まばたきの後には、いつもと変わらない景色。気のせい……だったのだろうか。
居心地の悪い沈黙。
いつもなら頭をかいて、「そんなあ」とかなんとかいうはずの優太が、黙っている。
うつむいてしまって、表情が見えない。
……な、なによ。冗談でしょ。なにかリアクションしてよ。
「ちょっと……」
なに黙ってるの、と続くはずの言葉を遮るかのように、優太は急に踵を返した。無言で部屋を出て、戸を閉めてしまう。
嘘みたいに、あたしだけ残された。
もしかして、怒った……とか?
いやいや、ないない。優太に限ってそれはない。
第一、あたし、怒られるようなことはしてない。
「なによ、感じ悪い」
あたしは吐き捨てて、転がっていた箱と包みを片づけ始めた。心の中で思いつく限りの悪態をつきながら……数分。
「おまたせ!」
扉が開いた。
優太が、立っていた。
「────っ?」
──もう、絶句するしかなかった。
優太は、普段なら絶対着ないような紺色のタイトなコート姿で、バラをくわえてウィンク一つ。
「さ、デートに行こうか、ハニー」
……これ、なんの冗談?
それは、まさに少女漫画のようなデートだった。
電車に乗って街へ出て。手をつないでゆっくり歩いて。ピンクのクレープ屋さんでクレープを食べて。しかも、ちょっとちょうだい、なんて分けあったりして。
最初は、正直、戸惑った……ていうか気持ち悪かったけど。
これって、悪くないかもしれない。
「かわいいね」
「えっ」
あたしは、馬鹿みたいに赤くなった。丸いテーブルの向こう側で、ジュースどころかサンドイッチにも手をつけないで、優太がこっちを見ている。
優太があたしを見る、なんて、そんなのあたりまえすぎて、意識なんてしたことなかったのに。
なんだろう……なんだかこれは、ヤバイ。
「ま、まあね。あたしがかわいいのなんて、今更でしょ」
「うん、知ってた。でも最近、特に綺麗になったよ」
「────!」
あたしは視線をさまよわせた。なんて目で見てるんだろう、だめ、このままじゃ穴が開く!
わけもなく、ハンドバッグを手に取る。開けてみて、閉めてみる。ほんの数秒しか稼げなかった。やばい。
「ね、こっち見てよ」
優太が囁いてくる。ダメだ、ムリムリムリ!
「あ、あのね」
あたしは救世主の存在を思い出した。隣のイスに置いておいた、緑色のペーパーバック。ハンドバッグと同じサイズのそれを、自分の顔と同じ高さまで持ち上げた。
「これ! い、一応、クリスマスのプレゼント」
どもってしまった。なんたる失態。
「僕のために?」
「ああたりまえでしょ」
「開けていい?」
「開けたいならね」
わざとぶっきらぼうにいった。とっくに氷だけになっているジュースに口をつける。なんてことだろう、予行演習として、しかたなくデートの相手をしてあげるってつもりだったのに。これじゃ完全に主導権を持ってかれてる。
……いや、男の子がリードするべきだって、確かにいったけど。
でも違う。なんだか、違う。
こんなみっともないことになるはずじゃ、なかったのに。
「わあ、マフラー?」
緑のペーパーバッグから、ピンク色のマフラーを出して、優太が笑った。
「ありがとう、大事にする」
すぐにそれを、首に巻く。
なんだか違和感を覚えた。
ピンクは、優太にとっても似合う色だったはずなのに。
食事の次は映画を観た。外国の、ロマンス映画。そんなものを優太が知っているのが驚きだし、それを二人で観るなんてなおさらだ。あたしは奇妙な気分で、二時間強の映画を黙って観た。おもしろかった、ような気がするけど……なんだかよくわからなかった。
「クリスマスイルミネーションを見に行こう」
胸元で赤いバラを輝かせながら、優太がいった。
「イヴの夜に願えば、どんな願いごとも叶う、奇跡のツリーが広場にあるって」
「あんた、いつからそういうのに詳しくなったの」
むっつり顔で、あたしはかわいくないことをいう。優太はあたしの手を握った。あたしは息が止まりそうになったのに、ごく自然に、大きな手で包み込む。
「だって、ハニーがそういうの好きだからさ」
もう赤面を通り越した。
「そのハニーっていうの、やめてよ! 優太らしくないじゃん、なんか、胡散臭いしさ」
「それは、君が望んだから」
立ち止まり、両手であたしの手を握りしめてくる。
イヴの夕方の大通り。こんな、人のたくさんいる場所で。
優太は照れもせず、まっすぐに、あたしを見つめた。
その瞳に、影は少しもなくて……いつから、こいつ、あたしより背が高くなったんだろうなんてことを頭の片隅で考えながら。
あたしは悲しくなっていた。
なんだかもう、悲しくて悲しくてしょうがなくて、優太の手をふりほどいた。
「優太のバカ!」
違う、バカなのは、あたしだ。
あたしは優太に背を向けて、走り出した。
クリスマスツリーが、広場を見下ろしている。
どれだけお金がかかるんだろう──バカみたいにたくさんの飾りが、ちかちかと光ってる。
でもどれ一つ、形なんてわからなかった。
あたしの目は潤んでしまっていて、ツリーはまるごと光の塊みたいに、ぼんやりと点滅していた。
あたしは、首からさげていたエスペランスのペンダントを手に取った。
両手で、祈るように握った。光の塊に向かって、膝をつく。
ツリーの向こう側に、優太が見えた。あたしを追ってきたんだろう。
でもあれは、優太じゃない。優太だけど、優太じゃない。
目を閉じた。広場にいる幸せな恋人たちが、あたしを見てるのがわかる。でもそんなの、関係ない。
「都合のいいお願いだってわかってる。でも、バカだったのはあたしだから……優太を、返してください。バカで軟弱で鈍感な、あたしの優太を、返して──!」
どれぐらい、目を閉じていたんだろう。
すぐ耳元で、小さな音がした。どこかで聞いたような音だ。まるで、何かがはじけるような……──
「もうこんな時間」
ピッ、と続く電子音。
目を開けると、優太がいた。ピンク色のマフラーのなかに、やわらかい笑顔。
優太は青いケータイを閉じると、ポケットにしまった。
「い、いまの音……」
「一時間ごとに勝手に鳴るの。ピカッて光ってね。どうかしたの、美和ちゃん?」
あたしは、開いた口を閉じられないでいた。
だって、いまの音──
優太の『変身』のときに、聞いた音だ。間違いない。
優太は、いつもの優太みたいだった。ポケットからハンドタオルを出して、申し訳なさそうに、遠慮がちに、あたしの涙を拭いた。
「……もしかして、あんた、ぜんぶ……」
「あのね、美和ちゃん」
あたしの声を遮って、優太はへらりと笑う。
「大好き」
──……こ、こいつ……
なんてやつ!
「ね、キスしていいかな」
「ば、ばかじゃないの!」
「うん」
あっという間に、唇にあたたかいものが触れて。
一瞬で、あたしは沸騰した。
きっと顔が真っ赤だ。耳まで真っ赤だ。ていうかもう、赤いとかそういう問題じゃなくて……
……あああ、もう、わけわかんない!
それでも、優太の唇と、肩に回された手と、なんだかぜんぶがあったかくて──もうわかんなくてもいいやと、あたしはおとなしく、目を閉じた。
本当の願いごとを叶えてくれた、クリスマスの奇跡に感謝して。
読んでいただき、ありがとうございました。
挑戦中の恋愛モノ。少女漫画でありそうな話、を心がけたのですが、難しいです。
精進します。