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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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とりあえず最終章(10)

 探偵事務所から戻り、ドアを開ける。
「お兄ちゃん、二組、借りてきたわよ」
 白い手袋を手にして声をかけたが、返事が無い。部屋をのぞくと、そこに克之の姿はなかった。
「お兄ちゃん?」
 しまった。出ていってしまったか。いや、玄関に靴はあったはずだ。
 その時、開けておいたはずのベランダの窓が閉まっていることに気づいた。レースのカーテンをたぐり上げて外を見る。すると、そこには空を見上げてぼうっと突っ立っている、克之の姿があった。
 声をかけようとして、ふと床に置かれた額縁に気づく。手に取って確認すると、それはカニサボテンのような花の絵だった。裏板を外してみると、そこにはやはり父の文字で文章が書かれていた。

  「イースターカクタス」3月16日 克之の誕生花
  絵の道に進んでほしかった。私の見果てぬ夢を託したかった。
  しかし、あえていばらの道を選ばせてしまった。
  私の愛しい息子、克之よ。
  この先、何があってもこの花の花言葉「復活の喜び」を忘れないでほしい。

 私は絵の裏板をもう一度はめこみ、先ほど置かれていた場所に戻した。窓を開けると、克之が気づいて振り返る。目が真っ赤だ。
「手袋、借りてきたから」
「そうか。麻奈美、マスクあるか? どうやら俺、ホコリかカビか、何かのアレルギーがあるみたいだ。さっきから、目がかゆくてな。鼻水も出ちゃって……」
 鼻をすすりながら、克之が部屋に入ってくる。
「わかった、マスクね。今持ってくるから、手袋はめて絵を外していって。洗濯バサミは、押入れの中にあるかごに入ってるから」
 いつもはベランダの物干しざおにひっかけてあるのだが、台風対策で家に入れていた。
 克之が私の手から手袋を受け取る。私はダイニングに行き、棚から不織布でできたマスクを取り出した。
 部屋に戻ると、白い手袋をした克之が、絵をひもにぶら下げているところだった。マスクを渡すと、黙ってはめる。
 私も手袋をして額縁から絵を外すと、その隣に絵を止めた。そんな作業を続けているうちに、克之がポツンと言った。
「なあ、麻奈美。俺、復活できるかな」
「できるわよ。だって、お父さんの『愛しい息子』なんだから」
 克之が、手を止めてこちらを見る。そして、私の頭をポンポンと2回、優しくなでた。

 午後8時になり、弁護士の駒田がようやく姿を現した。私たちは既に絵の虫干しを終えて、すべての絵を元に戻し、夕食を終えたところだった。
「こんばんは、克之さん。ずいぶんやせられましたね」
 克之と駒田は、ダイニングテーブルを挟んで、向かい合って座っていた。椅子が二つしかないため、私は寝室との仕切り戸を開け、ベッドに腰を下ろして耳をそばだてている。
「駒田さんには、ご迷惑をおかけしてしまって」
 克之の声は落ち着いていた。
「おわかりだとは思いますが、会社の方は無断欠勤で退職扱いにされています。もう戻ることはできません」
 駒田がきっぱりと告げる。
「ええ、覚悟の上です」
「それで、これからどうされるおつもりですか?」
 駒田の質問に、克之が少し間を開けて答えた。
「できることなら、絵に関することをしたいと思っています。勉強するにも、お金がないので、まずは働いてお金を作って…ということになりそうですが」
「そうですか」
 駒田は、上着の内ポケットから封筒を取り出した。
「これですが、会社の方から支給された退職金です。小切手になっています。まあ、そんなに多い額ではありませんけどね。克之さんの銀行口座が解約されていたので、振り込むことができなくて。
 役員会では懲戒解雇にという話も出ましたが、最終的に、則之さんが依願退職として処理することを決定しました。家まで売らせたのだから、それで勘弁してやってくれと頭を下げられて。監督不行き届きということで、ご自身の減俸処分も発表されましたよ」
「兄貴が?」
 克之が驚いたような声を出す。実は私も驚いていた。
「則之さんは厳しい方ですが、鬼ではありませんからね」
 駒田はそう言うと、続けた。
「克之さん。このお金で、どこか絵の学校に通うこともできるでしょう。ただ、ひとつお願いしたいことがありましてね」
「何ですか?」
 克之が尋ねる。
「砂橋コットンの仲畑社長、ご存知ですよね?」
 駒田が言う。父の古くからの友人で、志穂未の勤め先の社長だ。
「ええ。昔からお世話になっていますから」
「実は、仲畑社長の知人で、手描きの布を作っている職人さんがおられるんですよ。ここからすぐ近くなんですけどね。もう70になられるそうなんですが、後継者を探しているらしくて。
 これから弟子入りというのは大変かもしれませんが、素晴らしい作品を作られる職人さんなので、克之さんにその気があればぜひにという、仲畑社長からの伝言なんですけどね」
 駒田はそう言うと、バッグから何かを取り出した。腰を浮かしてダイニングの方を見ると、パンフレットのようだった。
「その職人さんの作品です。けっこう人気があるらしいですよ」
「ああ、素晴らしいですね」
 駒田に渡されたパンフレットを見ながら、克之が感嘆の声を上げる。そんなにすごい作品なのだろうか。私は興味津々で様子をうかがっていた。
「ほら、お嬢さん。そんなところで首を伸ばしてないで、こちらに来られたらいかがですか?」
 駒田が笑いながら手招きをする。私は舌をペロッと出すと、立ち上がった。
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