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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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とりあえず最終章(6)

 次兄、岩内克之は、我が家でチャーハンを貪っていた。私は、ダイニングテーブルを挟んで座り、彼の様子をうかがっている。克之は、シャワーを浴び、憲二郎が調達してくれた下着とスウェットを着ていた。ひげの剃り跡がまだらなのは、私のムダ毛処理用のカミソリを使ったからだろう。
 チャーハンの器が空になったのを見て、私は尋ねた。
「おかわりは? もう少し作ろうか?」
「いや、いい」
 克之はそう言うと、煎れておいたほうじ茶を美味しそうに飲み干した。
「まったくもう、どうしたっていうのよ、一体」
 克之が一息つくのを見て、声をかける。
「どうしたもこうしたも、俺自身もウンザリしてるよ」
 克之が湯呑みを置く。私は黙ったまま、ほうじ茶を注ぎ足した。
「俺が副社長を解任されたの、知ってるか?」
 駒田弁護士からざっと話は聞いていた。こっくりとうなずく。
「そうか。じゃあ、赤字の補填のために家を売らされたことも?」
「うん。で、そのまま行方不明になったっていうのも」
 私がそう言うと、克之は大きくため息をついた。
「あの時は、家だけじゃなくて、預金まで全部差し出せって言われそうな勢いだったからな。で、急いで銀行行って預金を解約したんだよ。1千万円以上はあったかな。その金を見てたら、なんか俺の人生って何だったんだろうって思えて来ちゃってさ」
 克之は湯呑みに口をつけてお茶をすすると、再び元の位置に戻した。
「いっそ、死んでやろうかなって。でも、その前に、思いっきり豪遊してこの金使い切ってやろうと思ったんだよ。海外に行くって選択肢もあったんだけど、まあ、人生の最後は日本がいいなって思い直して」
「で、どうしたの?」
 先を促す。克之は小さく息を吐くと、続けた。
「はじめは高級ホテルを転々としてたんだけど、そのうち、それにも飽きてきちまってさ。その間に知り合った女の家に転がり込んだんだよ。ところが、俺がパチンコ行って戻ってきたら、その女、姿をくらましてた。金の入ったバッグと一緒にな」
「え? 持ち逃げされたってこと?」
 呆れ気味に聞き返す。
「ああ。まだ400万円も残ってたんだぜ。なんか他に男がいそうな感じもしてたし、今頃二人で使ってやがるんだろうな」
「400万円って……」
 私が持って行かれた金額と同じじゃないか。
「何だよ、どうしたんだよ、泣きそうな顔して」
 まだらにひげを残した顔で、克之が私の方を見る。
「私も前にね、男に持ち逃げされたことがあるのよ、400万円。必死でOLやって貯めたお金だったんだけど」
「はあ?」
 克之は大きく目を見開いて私の顔を見ると、突然、楽しそうに笑いだした。
「まったく、どうしようもない兄妹だな」
「ほんとにねえ」
 私も何だか可笑しくなってしまい、しばらく二人で笑い続けた。
「あーあ、はじめは金が無くなったら、いさぎよく死ぬつもりだったんだけどさ。何だか、死ぬ気力すら無くなっちまって」
 克之が、目頭を押さえながら口を開いた。
「で、大砂橋の下に住んでたの?」
「ああ。数週間くらい前からな。住み慣れてしまえば気楽でいいぞ。住めば都とはよく言ったもんだ。おまけに、親父の残したアパートが近くにあるなんてな」
 克之がのんきなことを言う。私はお茶を一口すすると、兄の方を見た。
「じゃあ、ここに来たのは偶然?」
「ああ。まあ、相続の時に住所はわかってたから、散歩がてらこの辺りをフラフラしてたんだ。様子を聞きたいと思って、子どもに声をかけただけなんだけど、不審者扱いされてるとはな」
 克之が苦笑する。
「あんな汚い格好して声かけられたら、誰だって不審者だと思うわよ」
 呆れ気味に言うと、克之は真面目な表情で私の方を見た。
「なあ、今夜は台風だって言うし、空いてる部屋があったら一泊させてもらえないかな。台風が通過したら、すぐに出て行くようにするから」
 克之が話を変える。
「え? すぐに出て行く?」
 湯呑みをテーブルに置き、急須を持ちあげてほうじ茶をゆっくり注ぐ。上がっていくお茶の表面を見つめながら、私はどうしようかと考えた。というのも、明日の夜までは、何が何でも、克之をここにつなぎとめておかなければいけなかったからだ。
実は、克之が入浴している間に、私は弁護士の駒田に連絡をとっていた。彼は今、出張中で、しかも台風の影響もあり、ここに来られるのは明日の夜になるらしい。
『とにかく、私がそちらに着くまで、絶対に克之さんをどこにも行かせないでくださいよ。頼みましたよ、お嬢さん』
 駒田には何かと世話になっている。彼の為にも、克之を出て行かせるわけにはいかない。空室に泊めれば、気が付かないうちにこっそり出ていってしまう可能性もある。何としても、私の目の届くところにいてもらわなければ。
「あのね、お兄ちゃん。こんな台風の時に河原になんかいられないだろうし、泊まってくれることは全然かまわないのよ」
 私は急須を置くと、必死の形相で語り掛けた。
「でも、空室っていうのはね、大家にとっては商品なの、わかる? そこに一泊させたりしたらね、クリーニングとかもしなくちゃいけなくなるし……」
 いや、一晩寝るだけだったら大丈夫かも、と頭のどこかで声がする。
「まあ、とにかく、今日は、ここで寝てもらうから。あっ、そうそう、それにね、明日は台風一過で、木の枝とかゴミとか、大変な状況だと思うのよ。それを片付けるのを手伝ってほしいの。私ひとりじゃ大変だから……」
 頼めば、山下や角田が手伝ってくれるだろうけど。
「そういうこと。わかった?」
 我ながら苦しい言い訳を並べている。しかし、克之は真面目な顔でうなずいた。
「わかった。とにかく、明日、お前の仕事を手伝えばいいんだな。一宿一飯の恩義もあるし、それはしっかりやらせてもらうよ。
 空室に泊めてもらえるなら、その部屋もきちんと掃除していくから。雨が降る前にその部屋に入れれば、玄関を汚すようなこともないだろうし」
 その時、雷鳴が轟いた。それが合図だったかのように、バラバラと雨音が聞こえてくる。
「もう、間に合わないみたいよ。こんな大雨の中、布団を運ぶわけにもいかないし。とにかく、今晩はここに泊まってちょうだい」
 すると、克之は呆れ顔で言った。
「俺とお前は戸籍上は兄妹だけど、実際には他人なんだぞ。それを簡単に同じ部屋に寝せるようなことしていいのか?」
 意外な言葉に驚く。
「え? お兄ちゃん、私に何かするつもり?」
「それだけは、天と地がひっくり返っても無い」
 克之は、きっぱりと断ると続けた。
「ただ、同じ部屋に寝ていたとなると、あれこれ言う人も出てくるんじゃないかと思ってな」
「大丈夫よ。このアパートの店子さんたちは、そんなこと言う人いないから」
「そうか。それだったら、甘えさせてもらうかな。実はさ、まだ昼間だけど、ちょっと横にならせてもらいたいんだ。なんだかどっと疲れが出ちゃって」
 見ると、克之の目がショボショボしている。
「じゃあ、すぐ布団敷くわね。ちょっと待ってて」
 私はテーブルに手をついて立ち上がった。
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