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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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とりあえず最終章(4)

「ねえ、お兄さんのこと、気になってるんじゃないの?」
 私の部屋に敷かれた布団に寝転がりながら、洋子が尋ねてくる。即席同窓会は二次会まで盛り上がり、帰宅した時には午前0時を回っていた。それからバタバタ寝る準備をし、今は既に午前2時を過ぎている。
 私はベッドに横になったまま答えた。
「4カ月くらい前に、顧問弁護士さんから電話があったのよ。小さいお兄ちゃんから連絡がなかったかって。その時は、心当たりが他にもあるから、すぐ見つかるって言われたの。それきりすっかり忘れてたんだけど。もしかしたら、まだ行方不明なのかもしれないわ」
「だけど、麻奈美のこといじめまくったお兄さんなんでしょ? ほっといたらいいんじゃないの?」
 洋子が寝返りを打つ。
「たしかにね。私も、行方不明になったのが大きいお兄ちゃんなら、全然心配しないんだけど」
「『小さいお兄ちゃん』のことは心配なわけ?」
「もう、からかわないでよ」
 洋子の言葉に赤面する。家では、長兄のことを「大きいお兄ちゃん」、次兄のことを「小さいお兄ちゃん」と呼んでいた。もっとも、中学生の頃から、二人の兄とはほとんど会話をしなくなり、呼びかけることすら無くなっていたが。
 今夜はまだほろ酔い気分なのと、幼馴染の洋子が相手ということで、つい子供の頃の呼び名が出てしまったようだ。
「ただ、小さい――下の兄は、上の兄ほど、根性まで腐ってた人じゃない気がするだけよ。だから、ちょっと気になっちゃって」
「『小さいお兄ちゃん』でいいわよ。で、何か、いい思い出でもあるわけ?」
 洋子がそう言って起き上がる。私も一緒に起き上がると、ベッドから降りた。ベッドの縁を背に、洋子の方を向いて座り込む。すると、洋子がこちらに向かって這ってきた。私の隣に座り込んで、同じくベッドの縁にもたれかかる。私たちは横並びになって、再び会話を始めた。
「小さいお兄ちゃんはね、私の9つ上なのよ。母が父と再婚した時は、まだ中学生だったわ。いつも、頭を使うのは大きいお兄ちゃん、実際に行動するのは小さいお兄ちゃんって感じで。楽しんでやってたこともあるんだろうけど、大きいお兄ちゃんに命令されて仕方なくってところもあるんじゃないかなって、子ども心に思ってたのよね。この人、どうしてこんなに我慢してるのかなって」
「ふうん。そうなんだ」
 洋子が相槌を打つ。
「私が小学校の2年生くらいの時だったかなあ。なんか、居間で父と小さいお兄ちゃんが大喧嘩したことがあったのよ。すっごい土砂降りの日だったわ。私の部屋は2階に上がってすぐのところにあったんだけど、そこまで怒号が聞こえてきて、なんか怖かったのを覚えてる」
 私はそう言うと、洋子の顔をうかがった。
「ねえ、こんな話、退屈じゃない?」
「退屈じゃないよ。私は一人っ子で兄弟がいないから、こういう話聞くの結構好き。――で、その喧嘩、どうなったの?」
 洋子に促され、続きを話すことにする。
「うん、しばらくして急に静かになってね。気になって階段を降りていったら、ちょうど居間から小さいお兄ちゃんが走り出してきたところだったのよね。私に気づいて顔を背けたんだけど、泣いているように見えた。で、お兄ちゃんはそのまま、ドアを開けて外に飛び出して行っちゃったの」
「外、土砂降りだったんでしょ?」
「そうなのよ。それでね、私、大変だと思ってさ。急いで自分の傘をさして、手に大人用の傘を持って、後を追いかけたの。でもね。ほら、玄関から門までの間の道、アプローチっていうの? 石を敷き詰めてあるんだけど、ちょっとポコポコしてるのよね。で、つまずかないように下向いて走ってるうちに、お兄ちゃんの姿を見失っちゃったの」
「お庭広いもんねえ、麻奈美の家。アプローチも、自転車で走りたくなるくらい長かったし」
 洋子が言う。
「無駄に広いのよ。やたら草木が植わってるもんだから、夏は蚊が多くてウンザリしたわ。家から門を出るまでの間に、何か所も刺されちゃうの」
「うわ、最悪」
 私の話に洋子が笑う。私は本筋に戻った。
「門の外に出て辺りを見回したんだけど、どこに行ったかわからなくて。仕方なく家に戻ることにしたのよ。そしたら、その途中で、庭の片隅にうずくまってるお兄ちゃんの姿を見つけたの。そこまで駆けて行って、声をかけようと思ったんだけどね。泣いてたのよ、大声上げて」
「麻奈美が小学校の2年生くらいってことは、お兄さんは…高校2年か3年くらい? その歳の男の子が大声上げて泣くなんて、相当なことね」
「そうなのよ。私、お兄ちゃんが泣いている姿なんて、それまで見たことがなかったもんだから、驚いちゃってね。声もかけられなくて」
 私はそこまで言うと、息を吐いた。洋子は黙って話を聞いてくれている。
「大人用の傘を広げて、泣きじゃくるお兄ちゃんの後ろから、ずっと差し掛けてたの。そのうちに、何だか私も悲しくなってきちゃって」
「一緒に泣いちゃった?」
 洋子が優しくほほ笑む。私はうなずいた。
「声を出すと、気づかれちゃうでしょ? だから、一生懸命声を抑えてね。どれくらい時間が経ったのかなあ。お兄ちゃんが、ふと上を見上げてね。私が差し掛けていた傘に気づいて、振り返ったの。で、私の姿を見て、本当に驚いたような顔をしたわ」
「そりゃ、びっくりしたでしょうね。誰もいないと思ってたのに、幼い妹が大きな傘を差し掛けてて、しかも、なぜか泣いてるわけだから」
 洋子が楽しそうに笑う。
「本当よね」
 私も、吹き出しそうになるのを堪えながら続けた。
「お兄ちゃんは、私が差し掛けていた傘を手に取ると、ゆっくり立ち上がったの。そして、ふっと笑うとね。私の頭をポンポンって2回、優しくなでて、家に戻っていったわ。私、なんだか嬉しくなっちゃって、その後ろを必死で歩いて家に帰った。それ以降、あんなに優しそうなお兄ちゃんの顔は見た覚えがないし、人を見下すような態度で、相変わらず色々ひどい目にもあったけどね。以前ほど悪意は感じなかったような気がするの」
「ふうん」
 私の話を聞いた洋子は、呆れたようにつぶやいた。
「まったく、女っていうのは、子どもの頃から『頭ポンポン』に弱いのね」
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