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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第7章 A棟104号室 伊佐治太作さん(4)

 ベッドにもたれかかってテレビを観ていると、ダイニングテーブルの上に置いていたスマホが鳴り始めた。慌てて立ち上がってダイニングに行き、モニターを覗き込む。そこには、駒田弁護士の名前が出ていた。急いでスマホを手に取り、耳に当てる。
「もしもし、岩内です」
 こちらから電話をすることはあっても、駒田の方から連絡をくれることは珍しい。
「お嬢さん、こんにちは。今、ちょっといいですか」
「ええ」
 私は椅子を引いて、腰を下ろした。
「いきなり本題に入らせていただきますが」
 駒田は前置きをして、言葉を続けた。
「克之さんから、何か連絡はもらっていませんか」
「兄からですか?」
 克之というのは、私の次兄だ。
「ええ、そうです。実は、何日か前から連絡が付かなくなっていまして」
「えっ、それってどういうことですか?」
 スマホを握り直す。
「実は、先日の取締役会で副社長を解任されましてね。住んでいる家を売却し、克之さんが関わっている事業の赤字分の補填に当てるという条件で、会社には残れることになったんですが」
 そう言えば、克之が取り組んでいる不動産投資がうまくいっていないという話を、憲二郎から聞いたことがあった。
「売却に必要な書類一式をご自宅に残したまま、行方をくらましてしまったんです」
「あの、兄はそんなに会社にダメージを? イワウチ自体が危ない状態なんでしょうか?」
「いえいえ、そういうことではありません。会社の方は本業できちんと収益を上げていますので、問題はないんですよ。傷口が浅いうちに何とかしようというだけの話です。
 こちらから連絡しておいて、こんなことを言うのも何ですが、ご心配なさらないでください。もしかして、そちらに連絡がなかったかなと思ったもんですから。他にもいくつか心当たりがありますから、すぐに見つかると思いますよ」
 駒田がことさら明るい声で答える。私に心配をかけさせまいとしているのだろう。
「ところで、お嬢さん。大家業の方はいかがですか?」
 突然話題が変わった。
 駒田も弁護士だ。伊佐治の件を相談すれば、何かいい方法を教えてもらえるかもしれない。そうは思ったが、次兄のことで大変な時に、煩わせるわけにもいかない。
 私はわざと陽気に答えた。
「ええ、まあ……大丈夫です。うまくやってます」
 すると、駒田が笑いを含んだ声で返してくる。
「まったく、お嬢さんは嘘をつくのが下手ですね。何かあったんでしょう?」
 我ながら、この正直な性格が嫌になる。ええい、この際だ。甘えてしまおう。
「すみません。実は……」
 伊佐治の件を説明する。駒田は黙って話を聞いていたが、やがて口を開いた。
「逮捕されてから、1週間くらいですよね?」
「ええ。そうですね」
 壁にかけられたカレンダーに目を遣りながら答える。
「でしたら、直接警察署の方に行かれたらどうですか? まだ留置所にいるはずですので」
「え? 警察にですか?」
 驚いて聞き返す。
「ええ。それで、本人と話し合った上で、賃貸契約を解除して部屋を明け渡すことと、残置物の処理をお嬢さんに一任することを、許可してもらったらどうでしょう。もちろん、口約束ではダメですから、そういう旨を記した書面に、署名、捺印してもらってくださいね。念のため、担当の弁護士名も確認した方がいいかな。多分、国選弁護人だと思いますけどね」
「そんな方法でいいんですか?」
 聞き返す私に、駒田が答える。
「もちろん、強要はできませんよ。あくまでも、逮捕された店子さんが応じてくださればの話です。まあ、まれに、出所した後で『あの時は精神状態が悪くて…』とか言って、訴訟を起こされることもありますからねえ。本来はきっちりカタをつけるべきなんですけど、お金も時間もかかりますから。お嬢さんと店子さんとの間で、一度きちんと話し合ってみるのも一手だと思いますよ。
 もし、ダメな場合はご連絡ください。訴訟のお手伝いくらい、させていただきますからね」
「でも、そこまで甘えるわけには……」
「いえいえ」
 駒田が受話器の向こうで笑う。
「誰も、タダでやってあげるなんて言ってませんよ。実費プラスアルファくらいはいただきますから、ご安心ください」
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、まずは自分でやってみます」
 少し灯りが見えた気がする。私は心からお礼を言った。
「お役に立てたら嬉しいですよ。それでは、お嬢さん。万が一、克之さんから何かご連絡があった時には、必ず私宛にご一報くださいね。例え、克之さんが難色を示されたとしても」
 駒田が真剣な声で伝えてくる。彼は父の会社、いや、今は後を継いで社長になった長兄・則之の会社の顧問弁護士だ。当然、則之の意思に則って動いているのだろう。だが、この人なら、きっと克之に悪いようにはしないと思う。
「わかりました。私に連絡してくるようなことはないと思いますけど……。もし、連絡があったら絶対にお知らせします。どうか、よろしくお願いします」
 スマホを片手に、見えない相手に頭を下げる。
「ありがとうございます。それではお嬢さん、頑張ってくださいね」
 駒田は優しくそう言うと、電話を切った。
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