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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第7章 A棟104号室 伊佐治太作さん(2)

「本当に旅に出ちゃったのかなあ」
 家賃回収日も、もう午後10時。まだ伊佐治は現れない。ため息をつくと同時に、スマホが鳴り出した。モニターには憲二郎の名前が示されている。
「もしもし」
「おう、俺だ。ちょっと気になる話を聞いたもんだから」
 いつも通り、挨拶もないまま本題に入る。
「何?」
 聞き返すと、憲二郎が答えた。
「お前んとこに、伊佐治さんっているだろ? 今日の家賃回収に姿見せたか?」
「ううん。なんか、何日か前から、ラジオ体操にも出てきてないみたい」
 伊佐治に何かあったのだろうか。不安が募る。
「そうか。じゃあ、やっぱり……」
 そう言ったきり、憲二郎が沈黙した。
「何よ、気になるじゃないのよ」
 先を促す。
「実は、数日前、砂橋駅前の繁華街でイザコザがあったらしいんだ。で、男が一人逮捕された。それが、伊佐治さんなんじゃないかって話でさ」
「え? 逮捕?」
 思ってもみなかった話に、言葉を失くす。
「さっき、たまたま居酒屋で、山内やまうちっていう、不動産屋仲間に会ったんだよ。で、今、うちがお前んとこのアパートを管理してるって話になってさ。それで、教えてくれたんだ」
「えっと、その、山内さんって人は、なんで伊佐治さんが逮捕されたこと、知ってるの?」
 動揺が収まらないまま尋ねる。
「それがさ、山内自身が目撃したらしいんだよ。逮捕されて、パトカーに乗り込む伊佐治さんの姿を」
「でも、逮捕された人が伊佐治さんで、しかもうちのアパートに住んでるなんて、どうしてわかったの?」
 地方のテレビニュースか何かで流れたんだろうか。いや、流れたとしても、住んでいるマンション名までは言わないだろう。
「なんか、山内が、お前んとこのアパートに伊佐治さんを紹介したらしいんだ。それで、わかったらしい」
「え? 伊佐治さん、うちのアパートに住まれてから、結構長いでしょ? 不動産屋さんって、そんな昔に紹介した人のことまで覚えてるものなの?」
 驚いて聞き返す。
「ああ、たしか5年くらい前とか言ってたな。ま、色々あった人なら覚えてるさ。普通に決まった人だったら、忘れてるケースもあるけどな」
「色々あった人って?」
 さっきから質問してばかりだ。
「伊佐治さん、どうやら前科があるらしい」
「前科?」
「ああ。それも、暴行事件ばかりで前科3犯だってさ。お前んとこのアパートに入ったのも、出所してすぐだったそうだぜ」
 伊佐治の優しそうな瞳を思い起こす。暴行事件を繰り返すような人とは、とてもじゃないけど思えない。
「嘘でしょ? 人違いなんじゃないの?」
「いや、伊佐治さんのこと、なかなか受け入れてくれる大家がいなくて困ってたらしいんだ。なんせ、出所直後で保証人も無しって話だからな。そこを、お前の親父さんが引き受けてくれたそうでさ。それで、よく覚えてるって話だ」
 お人よしの父なら、ありそうな話だ。思わずため息が出る。すると、憲二郎が続けた。
「ところでさ。お前、5日くらい前からの新聞、置いてるか? うちは一昨日の廃品回収で出しちまったんだよ。店の方も同じ日に出してるから、置いてないんだよな」
 うちの町内は、昨日が廃品回収日だった。5日前の新聞はもう手元にない。
「私も処分しちゃったわ。新聞がどうかしたの?」
「地方版のところに、記事が小さく載ってたらしいんだよ。一応、確認しておこうと思ってさ。――仕方ないな。明日、図書館に行って見てこよう」
「何時頃行く? 私も確認したいわ」
 スマホを持ちなおして尋ねる。
「図書館、たしか9時からだったよな?」
「うん。9時からだったはずよ」
 前に、調べ物をしに行った覚えがある。
「俺、明日は11時から用事が入ってるんだ。記事が載ってたっていう日にちもはっきりしないし、イチから探すとなると、開館直後に行かないと間に合わないかもしれないな」
「わかった。私も顔を出すわ。手分けして探した方が、早く見つかるでしょ?」
「そうだな。じゃあ、行く時にお前んとこに寄って、乗せて行ってやるよ。8時半でいいか?」
 図書館は、うちからバイクで20分くらいの所にある。ただ、出勤時間帯であることを考えると、車でも30分は見ておいた方が良いだろう。
「ありがとう。助かるわ。8時半に、下で待っておくわね」
「お前、寝坊するなよ。8時半にいなかったら、置いていくからな」
 かくして電話は切れた。こちらが素直にお礼を伝えたというのに、一体何なんだ、この態度は。
「『おやすみ』とか『明日はよろしく』くらいのこと、言えないのかしらねえ」
 既に切れてしまったスマホに向かって、悪態をつく。
「それにしても」
 ベッドに腰を下ろして天井を見上げる。
「前科3犯、か」
 伊佐治は、たしかに愛想が良い方ではないが、まったく嫌みの無い真面目な人という印象がある。繁華街でのイザコザということは、もしかしたら酒癖が悪いということもあるのかもしれない。
「明日、調べたらわかる話だわ」
 わざと声に出して言うと、そのままベッドに寝転がった。
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