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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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序章 メゾン・ド・アマン (7)

 どれくらいそのままの姿勢で立っていたのだろう。うす曇りの空からポツポツと雨粒が落ちてきて、ふと我に返った。仕方ない。とりあえず、私がこの先、住むことになるであろうアトリエ兼住居の中身を確認しよう。
 バッグから、鍵を取り出す。協議書に実印を押した後で、弁護士から渡されたものだ。弁護士は駒田こまだといい、父の代から会社の顧問弁護士をしているそうだ。賃貸アパートの契約書類やら建築図面やらは、かさ高いので後日郵送するとの話だった。間取り図もその中に入っているようだが、1階はワンルーム、2階は1DKと口頭で聞いている。
 1か月ほど前、部屋の中を確認するよう則之から指示を受け、駒田弁護士自身がここに来たらしい。しかし、特に処分が必要なものは無く、そのまま手つかずにしてあるとのことだった。
「使えない家具があったら、お前の方で捨てたらいい」と則之が言っていたとの話を聞き、ああ、そういうことかと合点が行った。自分が処分代を出すのがイヤだったのだろう。
 私は、1階から確認することにした。表はシャッターが下りている。それぞれの鍵に付けられているプレートに、「1階シャッター」「1階表ガラス戸」「1階裏ドア」という3種類があるところをみると、シャッターを開けてもガラス戸があるようだ。ブレーカーは裏のドアの上にあると聞いているので、裏手に回って中に入ることにした。
 解錠し、ドアを開く。窓には遮光カーテンがかかっているようで、部屋の中が暗い。上がり框が無く、床もコンクリートの打ちっぱなしになっているところをみると、土足で入れるようだ。
「よっこいしょっと」
 中に入ってブレーカーを上げる。そして、電気のスイッチを入れ、私は思わず悲鳴を上げた。
「ギャーッ!」
 何匹ものゴキブリが蜘蛛の子を散らしたように――ゴキブリなのに蜘蛛の子って表現はどうなのかって話は置いといて――、一斉に逃げ出したのだ。
 ドキドキがおさまるのを待つうちに、ゴキブリの姿は見えなくなった。一体、どこに消えたんだろう。そんなに家具も無いというのに、隠れる場所なんてあるんだろうか。
 確かに今年の夏は暑かった。9月に入ったばかりのこの時期になっても、まだまだ暑さは残っている。それにしても、繁殖しすぎだ。
「夏の間、誰も住んでなかったからねえ」
 父が入院したのは、5月の終わりと聞いている。先月、駒田弁護士が様子を見に来るまで、空気の入れ替えも何もしていなかったのだろう。そして、そこから今日までの間も、同じ状態だったに違いない。
「最悪だ……」
 うんざりしながら、そっと中に足を踏み入れる。
 裏口を入ってすぐのところには、ミニキッチンが置かれていた。引き出しの中身を確認しようと思ったが、中からゴキちゃんが飛び出してきたら大変なので、やめておく。
 右手に木製のドアがある。覚悟を決めて開けると、少し小さめのユニットバスだった。使っていなかったのか、かなりきれいな状態になっている。トイレもそれほど汚れていないが、当然ながらウォシュレットなんて気のきいたものは付いていない。
 ドアをそっと閉めると、パーテーションの向こう側へと足を進める。そこは、10畳くらいありそうな、かなり広いアトリエになっていた。部屋の中央部に、斜めに角度のついた作業台。そこにはスケッチブックが置かれている。椅子は座面にだけクッションがついた、木製のシンプルなものだった。
 表玄関に当たるガラスの引き戸の近くには、背の低いテーブル。そのテーブルをはさんで向かい合うように、小さな一人掛けのソファが2つ設置されている。片方のソファの上に、簡易式の囲碁盤と碁笥が2つ置いてあった。父に囲碁の趣味があるとは知らなかった。
 他には部屋の隅にカラーボックスがいくつか置かれているだけ。ガランとしているという印象だ。
 ここでようやく壁面に目を移す。
「わあ、素敵」
 色とりどりの草花を描いた水彩画が、並べて飾られていた。はがき大のものもあれば、A4判くらいのものもある。すべてきれいな額に入れられ、まるで画廊のようだった。父がいつも送ってくれていた絵手紙と、同じタッチの作品だ。懐かしい気持ちがわきあがる。
 作業台の上に置かれたスケッチブックを開くと、風景のデッサンが現れた。ここに来る途中、タクシーから見た覚えのある景色も含まれている。ひがな一日、スケッチブックを片手に写生でもしていたのだろうか。
 父のここでの生活の一端が、垣間見えた気がする。
 あとは特に確認するものも無いようだ。私は裏口に戻ると、ブレーカーを落として外に出た。
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