挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

69/91

第6章 B棟102号室 仁科進さん・美代子さん(10)

 天井を見上げてぼうっとしていると、玄関のチャイムが鳴った。同時に、「おはようございます」という声がする。高田のようだ。慌てて立ち上がり、ダイニングと寝室の間の仕切り戸を閉める。
 ドアを開けると、果たして紙袋を提げた高田が立っていた。
「おはようございます、大家さん。昨日はご迷惑をおかけしちゃって、申し訳ありませんでした。これ、さっき焼いたんですけど」
 高田に紙袋を渡される。中には、チーズケーキが入っていた。プラスチック容器の中に、ちょうどいい大きさに切られたものが4ピース。
「こんなにいただいちゃっていいんですか? 大樹君の分は?」
「ちゃんと取ってありますから、大丈夫です。ありがとうございます」
 高田が微笑む。その時、憲二郎に言われた言葉が脳裏によみがえった。間を取り持て、か。
「ねえ、高田さん、今日は大樹君は?」
「サッカー教室に行ってます。帰りはお昼過ぎになるんじゃないかしら」
 高田が答える。
「だったら、上がっていってくださいよ。せっかくだから、このケーキもご一緒に」
 私が高田の腕を取ると、彼女は遠慮がちにうなずいた。

 5分後、私と高田は、ダイニングテーブルに向かい合って座っていた。それぞれの前には、紅茶とチーズケーキが置かれている。
「昨日の件なんですけど」
 高田が座り直して私の方を見た。
「本当に、申し訳ないことをしてしまって。仁科さんにも失礼なことを」
「まあ、あの状態ですから、仕方なかったと思いますよ」
 傷つけないように、言葉を選んで返す。すると、彼女は息を吐いてうつむいた。何を話していいか迷っているようだ。
「ケーキ、いただきますね」
 私は高田に一声かけると、チーズケーキを一切れ口に放り込んだ。
「うわあ、美味しい」
 ケーキの底には、砕いたクラッカーが敷かれていた。チーズのちょうどいい酸味と、サクサクした香ばしさが口の中で一体となり、お世辞抜きで美味しい。下手なケーキ屋さんより、いけているかもしれない。
「そうですか。お口に合ってよかったです」
 高田もホッとした様子で、ケーキにフォークを入れる。私は昨日の話をすることにした。
「それにしても、大樹君は本当に優しいお子さんですね」
「え?」
 高田が私の顔を見る。
「昨日、大樹君、自分が怒られることはわかってるのに、仁科さんをかばったじゃないですか。嘘をついたのは自分だから、おじいちゃんを怒らないでって。私、感心しちゃいました」
 すると、高田は小さくほほ笑んだ。
「今朝、大樹をバス停まで送って行った帰りに、角田さんにお会いしたんです。お散歩に行ってたって、おっしゃってましたけど」
 彼は相変わらず、健康的な生活をしているようだ。
「その時、大家さんと同じことを言われました。大樹は優しい子だって」
 高田は、紅茶を一口飲んで続けた。
「あの子、毎朝、元気におはようって挨拶するんですって。それだけで、年寄りには嬉しいものだって、角田さん、おっしゃってくださいました。それから、今時、挨拶もろくにできない子供が増えてるってのに、あんたはえらいね、いい子に育ててくれててありがとうって。――私、本当に嬉しかった」
 彼女の目は潤んでいた。
「このところ、仕事と子育てで、何だかいっぱいいっぱいになってたんですよね。片親だから悪い子になった、なんて言われたくないっていう意地もあって……。もしかしたら、大樹に当たってしまう面もあったかもしれません」
「大樹君もわかってると思いますよ。お母さんが頑張ってること」
 私の言葉に、高田が首をかしげる。
「そうだといいんですけどね」
 そして、紅茶をもう一口飲むと、カップを置いた。
「でも、私、昨日、仁科さんにものすごく失礼なことを言ってしまって。きっと怒っていらっしゃると思うんです。本当は、今朝一番でお礼と謝罪に伺おうとも思ったんですけど……。なんか、何をどうお話したらいいのかわからなくって。何か良いきっかけがないかなって、悩んじゃって」
「きっかけ……。そうですねえ」
 たしかに、あれだけ仁科を責めてしまったのだ。行きづらい気持ちもわかる。どうしたらいいだろう。
「あ、アップルパイ」
 思いつくことがあって顔を上げると、高田は怪訝そうに私の方を見た。
「なんかね、仁科さん、ご夫婦おそろいでケーキが大好きなんだそうですよ。特にアップルパイが。でも、この辺りってケーキ屋さんがないでしょ? それで、残念だっておっしゃってて」
「アップルパイですか」
 高田の表情が明るくなる。
「実は私、アップルパイ作るの、得意なんです。ちょっと作ったからって言えば、話すきかっけになるかもしれませんね。大樹が帰ってきたら、おやつの時間を見計らって、仁科さんの所に一緒に持って行きます。――早速、材料を買ってこなくちゃ」
「ええ。ぜひ、そうしてあげてください」
 私の言葉に、高田は嬉しそうにうなずいた。
cont_access.php?citi_cont_id=287044308&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ