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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第6章 B棟102号室 仁科進さん・美代子さん(9)

 翌朝、私はダイニングで新聞を広げていた。手には濃い目のブラックコーヒー。昨夜の大騒動で心がザワザワしてしまい、あまり眠れなかったのだ。
 新聞をめくっていくうちに、ある写真で目が留まる。「会社をうごかす」というコーナーだ。新興会社の社長から老舗の経営者まで、様々な人物がクローズアップされ、経営理念や周りの人たちへの想いを語っている。
 今日はそこに、私の2人の兄、長兄・則之と次兄・克之が取り上げられていた。記事の右上には則之の、左下には克之の写真が掲載されている。私がついぞ見たことがない、大変感じのいい笑顔だ。
 記事の内容は、父が興した株式会社イワウチを引き継ぎ、兄弟2人で協力しながら盛り立てているといった、当たり障りのないものだった。専務だった克之は、この春から副社長に昇進したそうで、海外との提携にも積極的に動いているらしい。
 今日の新聞の記事によると、この2人は今でも大の仲良しのようだ。
「それぞれに役割を分担し、実にうまく会社をまとめ上げている、か」
 記事を読み上げて、思わず苦笑いが出る。
 2人の兄は、昔から本当にチームワークがよかった。主に則之が指示を出し、克之が実行する。そうやって2人で結託して、実に巧妙に私をいじめてくれていた。このアパートを引き継ぐことになったのも、あの2人の兄の策略だ。この件については、結果として悪くはなかった…と思いたいが。
「まったく、何だかねえ」
 実家が繁盛することは実にめでたい。でも、2人が称賛される記事を見ると、何となく面白くない気もする。
「私も小さい人間だわ」
 部屋の壁に掛けられた父の水彩画を見ながら、ため息をつく。ガサガサと新聞をたたんでいると、スマホがメロディーを奏で始めた。憲二郎だ。
「もしもし」
「おう、俺だ」
 相変わらずの挨拶。
「お前、昨日は大変だったらしいな」
「まあね。って、どうしてそれを?」
 少し驚いて尋ねる。
「今朝、ばったり幸一に会ってな。志穂未ちゃんから聞いたらしくて、大樹君の事件を教えてくれたんだよ」
「なるほどね」
 知人が多いのも困りものだ。情報がすぐに出回ってしまう。
「雨の中、あちこち探し回ったんだって? まあ、無事に見つかってよかったけどな」
「大樹君、すっかりアパート中のアイドルみたいね。角田さんの所でも山下さんの所でも、自由に出入りして遊んでるなんて」
「ほんとだな。でも、誰にでも付いて行くようじゃ困るからな。そこらへんのけじめは教えておかないと」
 憲二郎が珍しくまじめなことを言う。
「たしかにそうね。まあ、子供の本能で仁科さんはいい人って思ったのかも」
「それはそうかもしれないけど……。仁科さんも仁科さんだよな。大樹君がお風呂に入ってる間に、こっそり高田さんの所に報告に行くっていうことも、できたんじゃないのかな」
「たしかにね。まあ、後からなら何とでも言えるだろうけど」
 新聞を新聞入れに放り込みながら、答える。
「それにしても、高田さんと仁科さん、お隣同士だろ? わだかまりが残っちゃったら、あとあと面倒くさいことになるぜ」
 憲二郎が脅すようなことを言う。
「高田さんも、あの時は普通の精神状態じゃなかったから。冷静に考えれば、仁科さんに悪気はなかったってこと、きっとわかってくれるわよ」
 テーブルに戻って、置いてあったコーヒーを一口飲む。
「まあ、それならいいけどな。高田さんも、一人で大樹君を育てなくちゃいけないって、かなり気負ってるんだろう。お前、うまい具合に間を取り持っとけよ。お人よし大家の腕の見せ所だぞ」
「あれ? 店子さんのもめ事の仲裁は、管理会社の仕事じゃありませんでしたっけ?」
 言い返すと、憲二郎は咳払いをして、話題を変えた。
「そうそう、今日の新聞に、お前の実家の記事が出てたな。兄貴が2人載ってたけど。あれって、お前の本当の兄弟か?」
「ううん、父の連れ子」
 ぶっきらぼうに答える。
「そうか。やっぱりな。似てなかったから、そうかなとは思ったんだけど」
「それがどうかしたの?」
 私が尋ねると、ためらうような沈黙の後、答えがあった。
「いや、ちょっと噂を聞いたもんだから」
「噂?」
「ああ。株式会社イワウチって、アパレル業以外に、不動産投資も手広くやってるだろ? なんか弟の方が主導で動いてるとか」
「え? 不動産投資?」
 そんな話は初めて聞いた。同じ不動産業界にいる憲二郎の耳に入るくらいだから、おそらく本当のことなのだろう。
「私は会社の経営にはノータッチだから、よくわかんないけど……」
「株主総会にもいかないのか?」
「行かないわよ。1株も持ってないんだから」
 私の答えに、憲二郎が笑う。
「それは正解かもしれないな。不動産の方に関しては、いい噂は全く聞かないから。兄弟の仲も、実は険悪って話だぜ」
「本当に?」
 驚いて聞き返す。新聞の記事では、すこぶるうまくやっているように書かれていたが。
「ただの噂かもしれないけどさ。お前に色々降りかかると大変だと思って、ちょっと耳に入れてやっただけだよ。――じゃあな」
 かくして電話は切れた。
「兄弟仲が険悪って……どういうことかしら」
 私はスマホをテーブルの上に放り出すと、椅子の背もたれに体を預けた。
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