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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第6章 B棟102号室 仁科進さん・美代子さん(6)

「じゃあ、1週間お疲れさまでした。乾杯!」
「乾杯!」
 金曜日の夜、私は我が家のダイニングテーブルで、A棟201号室に住む星本実莉こと森戸志穂未と向かい合っていた。彼女は来月から、私の幼馴染、吉田幸一と共にB棟203号室に移ることになっている。
 テーブルの上には、赤ワインとチーズの盛り合わせ、そして鴨のステーキのオレンジソースがけなるものが載っていた。志穂未が同じ職場の人から、美味しいチーズをもらったそうで、とっておきの赤ワインと共に、我が家に持って来てくれた。鴨のステーキについては、私が用意したものだ。
「幸一君と一緒に楽しまなくていいの? なんか悪いわ」
「いいんです。あの人、お酒飲めないんで。今日は麻奈美さんの所に行くって言ってありますし」
「そうなの」
 「大家さん」というとやはり父のことを思い出すらしく、志穂未は私のことを「麻奈美さん」と呼ぶようになっていた。
「にしても、鴨のステーキなんて、珍しいですね」
 志穂未がお箸で一切れつまみあげながら、私の方を見る。
「この間、雑誌の懸賞で当たったのよ。一人で食べるのも寂しいし、ちょうどよかったわ」
「えー、すごい。私、懸賞なんて当たったことないですよ。ほら、『当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます』とかって書かれてるじゃないですか。私、あれって絶対、当選者がいないんだと思ってました。発送したっていうことにしちゃえば、ごまかせるでしょ?」
 志穂未は、よっぽど懸賞運が悪いらしい。かく言う私も、3年前、何かのキャラクターが書かれたトートバッグが当たって以来のことなのだが。
「この当選で、運を使い果たしちゃってたらどうしよう」
 私の言葉に、志穂未が吹き出す。
「鴨のステーキで運を使い果たすのって、ちょっと悲しいですね」
 そして、2人で声をそろえて笑った。

 ほぼお皿が空になったところで、志穂未が私の寝室の方を指さした。今日は、仕切り戸を開け放ってある。この方がダイニングが広く感じられるのだ。
「さっきから気になってたんですけど、お部屋に飾ってあるお花の絵、前の大家さんが描かれたものですか?」
 寝室の壁には、父がアトリエに並べていた絵の一部を飾っていた。
「そうよ。まだしまってあるものもあるから、よかったら見せましょうか?」
「ええ。ぜひ」
 志穂未の目が輝く。私は寝室に向かうと、押入れを開けた。中の衣装ケースの中から、父の絵を取り出す。志穂未はそれらを受け取ると、ゆっくり眺め始めた。
「やっぱり、あたたかい絵ですね」
 その表情を見ていると、私まで嬉しくなってくる。すると、志穂未が持っている額に顔を近づけた。
「どうしたの?」
 私が尋ねると、彼女はこちらを見た。
「絵の端っこの方、カビか何かの染みが出てるみたい」
「え? どこ?」
 志穂未から、手にしていた額を受け取る。
「ほら、ここの角のところ」
 志穂未の指先を見ると、絵の一部が茶色に変色していた。
「気づかなかったわ。どうしたらいいのかしら」
「ねえ、麻奈美さん。虫干しされてます?」
「虫干し?」
 聞き慣れない言葉だ。
「ええ。うちの職場の人、趣味で古い絵を集めてるらしいんですけど。年に1回くらい、日陰で風に当てるんだって言ってました。そうすると、カビないとか。この絵も、額から外して干したらいいんじゃないかしら。ついでに、他の絵も全部」
 志穂未が言う。
「そうね。お天気がいい日にでも、ちょっとやってみるわ。梅雨が明けなきゃ無理かもしれないけど……。何にしても、志穂未ちゃんに見てもらってよかった。ありがとう」
 私の言葉に、志穂未が微笑んだ。
 と、その時。玄関の呼び鈴が鳴らされた。午後8時。こんな夜に、一体誰だろう。志穂未と顔を見合わせる。
「はい」
 声をかけて、ドアののぞき窓から外を見ると、B棟101号室の高田育代が立っていた。
 急いで解錠し、ドアを開ける。
「大家さん、夜分にすみません」
 高田が青い顔をして頭を下げる。
「大樹、お邪魔してませんでしょうか?」
「え? 大樹君ですか?」
 私が聞き返した時、奥の部屋から志穂未が顔を出した。
「ごめんなさい。お客様だったんですか」
 高田がまた頭を下げる。
「A棟に住んでいる森戸です。来月からB棟に…。ところで、大樹君って息子さんですか? 毎朝、元気に挨拶してくれる男の子ですよね?」
 志穂未が声をかける。
「それが……。夕食の時、好き嫌いを言ったので、怒ったんです。そしたら、家を飛び出してしまって。これまでにも何度があったんですが、すぐに帰ってきたので、様子を見ていたんですけど……。今夜は、10分経っても20分経っても戻ってこなくて」
「外、雨降ってますよね? 傘は?」
 私が尋ねると、高田は首を横に振った。
「持って行ってないんです。もう、どうしたらいいのか…」
「とにかく、手分けして探しましょう」
 私が志穂未の方を見ると、彼女も力強くうなずいた。
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