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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第6章 B棟102号室 仁科進さん・美代子さん(4)

 仁科家の引っ越しが終わった頃、我が家の呼び鈴が鳴った。ドアを開けると、高階と共に、白髪を綺麗に整えた紳士が立っていた。
「こちら、仁科さんです。大家さんにご挨拶をしたいとおっしゃるので」
 高階の言葉と同時に、紳士が頭を下げる。
「仁科です。よろしくお願いいたします。妻は階段が上れないもので、私だけで失礼します」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」
 私が微笑むと、仁科ははっとした顔をした。
「しまった。ちょっとお渡ししたいものがあったのに、うっかり忘れてしまって……」
「そんな、お気遣いなく」
 私が微笑むと、高階が手を打った。
「大家さん。もしよろしかったら、仁科さんのお宅に来られませんか? まだ段ボールも積んでありますけど、奥様にもお会いいただけますし」
「そうですね。それがいい。大家さんさえよろしければ、どうぞ」
 仁科も、わが意を得たりとばかりにこちらを見る。
「いえいえ、お片付けでお忙しいのに、ご迷惑でしょう?」
 意外な展開に戸惑う。
「迷惑だなんて、とんでもない。わざわざ申し訳ありませんが、ぜひそうしていただければ」
 仁科が頭を下げながら言った。
「わかりました。じゃあ、私、家に鍵をかけたらすぐ行きますので、先に降りておいていただけますか?」
 すぐに出ることもできたのだが、実は私の靴下には大きな穴が開いていた。今はスリッパで隠れているが、目の前で靴を履き替えると、しっかりバレてしまう。初対面で「だらしのない大家」と思われることだけは避けたい。
 慌ててとりつくろった私の真意に気づかない様子で、2人はうなずいた。

 階段を降りたところに立っていた、仁科と高階と合流する。B棟に向かおうと歩き出した時、自転車置き場からこちらに向かってくる角田に会った。
「こんにちは、お嬢さん。新しく入られた方かい?」
 角田がにこやかに話しかけてくる。
「ええ。そうです」
 私がうなずくと、仁科が一歩進み出た。
「B棟の102号室に越してきました、仁科と申します。よろしくお願いします」
「私はA棟の103号室に住んでいる角田です。――B棟は少し広いんですよね? 他にもご家族が?」
 角田が尋ねる。
「ええ。妻がおります。妻の方は腰が悪いもんですから、私だけがご挨拶に伺ったんですが、肝心の手土産を忘れてしまって。取りに行くのに、せっかくだから大家さんもご一緒にと言う話になりましてね」
 仁科が頭をかく。
「そうですか。なるほど。で、お嬢さんは、しっかりお土産を受け取りに行こうというわけだ」
 角田が、ニヤニヤしながら意地悪なことを言う。
「もう、そういうわけじゃありません。奥様にお会いしたいと思ってるだけですよ」
 怒ったふりをすると、角田は楽しそうに笑った。
「で、角田さん、今日は囲碁ですか?」
「ああ。今、トーナメント戦でね。盛り上がってるんだ」
 角田が答えると、仁科が嬉しそうに口を挟んだ。
「角田さん、囲碁をされるんですか? 実は私も大好きなんですよ」
「おや、それはぜひ、御手合わせ願いたいですね」
 角田の表情が輝く。
「引っ越しが落ち着かれたら、いつでもうちを訪ねて来てください。たまに、ここの探偵事務所でも、探偵さん相手に打ってることがありますけどね」
 いつの間にか、山下も囲碁の相手をさせられているらしい。
「ありがとうございます。いやあ、楽しみですな」
 引っ越し早々、お仲間ができたようだ。すると、私の後ろに控えていた高階が、角田に話しかけた。手には名刺を持っている。
「失礼します。私、こういう者ですが」
「あ、はい。――NPO法人『八千代の会』、ですか」
 角田が名刺を受け取りながら、つぶやく。
「ええ。ご高齢者の保証業務等を行っております。仁科さんも、そのご縁でこちらに入られることになりまして」
「ほう、保証業務ですか。最期まで面倒をみてもらえる法人があるというのは聞いていたんですが、それとは違いますか」
 角田が顔を上げると、高階がうなずいた。
「ええ。そういった業務もさせていただいております」
「そうなんですか。先日、知人からそういう話を聞きましてね。調べてみようと思っていたところなんですよ。…連絡先は、お名刺に書いてあるところでよろしいですか?」
「ええ。いつでもご連絡ください」
「わかりました。ありがとう」
 角田は名刺をポロシャツの胸ポケットに入れると、軽く手を上げてあいさつし、自宅へと戻って行った。

 B棟102号室のドアを開けると、上品なおばあさんが顔を出した。仁科の顔を見て、ふふふと笑う。
「お菓子を忘れて行ってしまったから、戻ってくると思ってたんですよ」
 そして、私の方を向いて頭を下げた。
「大家さんですか。仁科の妻の美代子です。よろしくお願いします。中でお茶でもと申し上げたいところなんですが、こんな具合なので……」
 部屋の中には、所狭しと段ボールが積み上げられている。これを、仁科夫妻が2人で片づけるのは、手間がかかりそうだ。
「よろしかったら、お片付けするの、お手伝いしましょうか」
 私が声をかけると、後ろにいた高階が微笑みながら答えた。
「大家さん、ありがとうございます。でも、もう少ししたら、うちの法人のスタッフが来ることになっていますから、大丈夫ですよ」
「そうなんですか」
 そんなことまで手伝ってもらえるのか。私が高齢者になった時には、ぜひ利用を考えよう。
「ほら、あなた、これ」
 美代子から紙袋を手渡され、仁科はそれを受け取ると、私の前に差し出した。
「わざわざお越しいただいたのに、つまらないもので。若い方のお口に合うかどうか」
 老舗和菓子店の包み紙が見える。一口羊羹で有名なお店だ。
「いえいえ、なんかほんと、お土産をいただきに来たみたいになっちゃって……。かえって申し訳ないです」
 頭を下げながら受け取ると、美代子が優しく微笑んだ。
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