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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第6章 B棟102号室 仁科進さん・美代子さん(1)

「ねえ、岩内さん。今日の講義、どう思われました?」
 私は、砂橋大家会の懇親会に出席していた。会場は砂橋駅前にある居酒屋「勘八」。隣の席には、私と同じく砂橋地区で賃貸業を営んでいる水谷冴子みずたにさえこが座っている。
「ああ、NPO法人のお話のことですか?」
 私は聞き返した。
 砂橋大家会というのは、砂橋近辺に住む大家さん達の集まりである。大体、1カ月に一度くらいの頻度で会合が開かれていた。私が、物件の管理を委託している植原不動産の社長、植原憲二郎から大家会の存在を教えてもらい、顔を出し始めたのが数カ月前。今日は、その会合の日だった。会合が終わった後、居酒屋に場所を移して懇親会が行われている。
 一言で大家と言っても、色々な人がいる。私のように、親から賃貸物件を引き継いだ人もいれば、土地だけを相続し、そこに物件を建てて大家になった人、そして、サラリーマンをやりながら収益物件を購入して大家になった人。そういった大家さん達が集まり、賃貸業に必要な知識を身につけて頑張っていこうというのが、砂橋大家会の目的だ。
 今日の会合では、NPO法人「八千代の会」の代表、高階治一郎たかしなじいちろうが、その活動について講義をした。もうすぐ70歳を迎えるという話だが、精力的な雰囲気で、50代と言われても驚かないほど若く見えた。
 彼が代表をしている「八千代の会」というのは、身寄りのない高齢者の面倒をみているNPO法人。入院する時や住宅を借りる際の保証人になったり、亡くなった時の葬儀の手配や埋葬まで行っているらしい。会費は基本的に入会時の一括払いだが、無理な場合は月払いでも対応してくれるそうだ。
『高齢者が孤独死しないように、マメにケアしてまいります。万が一、亡くなった時にも、残置物の処分から原状回復費用まで、すべて八千代の会で面倒をみさせていただきます。ぜひ、ご理解をいただき、高齢者にも賃貸住宅を提供してください』
 高階は、大家会に参会している大家に向かい、何度も頭を下げた。高齢者には部屋を貸したくないという大家が多く、住宅の確保に困っているとのことだった。
「そうは言われても、高齢者にお部屋を貸すのって、何だか怖いですよね。万が一、孤独死なんてされちゃうと、次からの募集にも影響が出るし」
 水谷はそう言うと、コップを傾けてビールを流し込んだ。彼女は、父親から相続した土地に、新築アパートを建てて大家になったそうだ。OLをしながら賃貸業を営んでいる。30代だと言っていた。
「でも、うちは既に高齢者に貸してますからねえ」
 相続人も保証人もいない店子さんだっている。
「そうなんですか? もし何かあったら、どうされるんですか?」
 水谷に突っ込まれ、答えに困る。
「私が引き継いだ時には、既に住まれていた方たちだし。そうなったらそうなったで、その時に考えるしかないでしょうねえ」
 私が答えると、反対側の隣に座っていた大野孝信おおのたかのぶが声をかけてきた。
「保険があるじゃないですか。店子さんが自殺とか孤独死とかした時に、残置物の処分とか原状回復とか、家賃保証とかしてくれる保険。実は、僕の物件でも孤独死が出ちゃったことがあったんですけど、助かりましたよ、ほんとに」
 彼はサラリーマンをやりながら、不動産投資という形で大家をやっている。古い物件を安い値段で購入し、賃貸業を行っているそうだ。
「それで、次の募集に影響出ませんでした?」
 水谷が身を乗り出す。
「家賃を1万円引きにしたら、すぐに次の店子さんが決まりましたね。むしろ、まともな部屋より早く決まったくらいです」
「そうなんですか。それはよかったですね」
 大野の答えに、私はうなずいた。うちのアパートも高齢者が多い。どういう保険なのか、後で教えてもらっておこう。
「若いからと言って、孤独死が無いとは限らない。自殺ってことも考えられますからね。それを言い出したら、大家なんてやってられませんよ」
 大野はそう言うと、枝豆を手にした。
「それなら、NPO法人に保証人になってもらって、高齢者に入っていただくのもいいかもしれませんね。身寄りのない高齢者だと、保証人もいないでしょうし、保証会社もなかなかOKしてくれないって聞きますし」
 水谷が真面目な顔で言うと、大野が首を横に振った。
「NPO法人っていっても、財務状況をきちんと確認しないと。この間も、破たんしたところがあったみたいですからね。店子さんより、NPO法人が先に駄目になっちゃったなんてことになったら、保証も何もあったもんじゃありませんから」
「そういうリスクもあるんですね」
 私がうなずいた時、みんなにお酌をして回っていた大家会の会長、正田清人しょうだきよひとが、私の横から顔を出した。
「盛り上がってますか?」
 彼はニコニコとビール瓶を掲げる。私は会釈しながら、グラスを差し出した。
「今ちょうど、八千代の会さんのお話をしていたところなんですよ。NPO法人の財務状況とか」
「そうだったんですか。最近、同じような法人が破たんしましたからね。高階さんのところにも、驚いた利用者さん達から問い合わせが相次いで、大変だったみたいですよ」
 正田がビールをつぎながら言う。
「で、八千代の会は大丈夫なんですかね」
 大野もグラスを手に、正田に話しかける。
「八千代の会の財務状況は、私も気になって確認してみたんですけどね。特に問題はなさそうでしたよ。もちろん、今は大きな企業でも簡単に破たんする時代ですからね。100パーセント大丈夫と言い切ることはできませんが……。僕は、こういう法人と付き合っていくのも、選択肢のひとつになると思っているんですよ。高齢化がますます進んだら、若い人だけでは空室も埋まらなくなりますからね」
「たしかに、そうですよね」
 水谷が思案顔でうなずいた。
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