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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第5章 A棟201号室 星本実莉さん(12)

 数日後、ベッドに寝転がってくつろいでいると、憲二郎から電話があった。持っていた雑誌を布団の上に置き、急いでスマホを手に取る。
「もしもし」
「おう、俺だ」
 相変わらずぶっきらぼうな声が聞こえてくる。
「志穂未さんが出た後の、1DKの部屋の原状回復だけど、直人君の方で無料でやってくれるってさ。今回、色々と世話になったお礼だって。オシャレにしてみせるって、息巻いてたぞ」
 アパートの外壁工事も着々と進んでいる。
「それは楽しみね」
 こうして、人の輪が広がっていくのだろう。大家業もなかなかいいものだと、ちょっとだけ思う。
「幸一も、移植手術が終わって落ち着いたら、工務店を手伝うことになったらしいぜ。今までの分もこき使ってやるって、直人君が笑ってたよ」
 これからも色々なことがあるだろうが、あの兄弟ならきっと乗り越えていけるだろう。
「でさ、俺、今回は何だか恥ずかしい勘違いをしちまって」
「勘違い? 何のこと?」
 すぐには思い出せず、聞き返す。
「ほら、山下探偵のことだよ。俺、こっちじゃないかなんて、変な疑いかけちゃってさ」
「ああ、苦手だとか何とか言ってたわね」
 それで、直人が依頼する時に同席させられたんだった。
「今回の一件でさ、俺、思ったんだよな。山下探偵は、森戸志穂未のファンだったんじゃないかなって。そうじゃなきゃ、上司がしでかした過ちを、自分が代わりに償おうなんて思わないぜ、普通」
 山下が女性タレントを好きになることはないだろうし、野添はただの上司だったわけではない。しかし、ここは勘違いさせたままにしておく方が得策だろう。
「言われてみれば、たしかにそうかもしれないわね」
「ああ。ホント、人を見るのも大事な仕事のひとつなのに、こんな間違いをしちまうなんて。俺、マジで恥ずかしいよ。この間言ったこと、忘れてくれ」
 人を見る目は確かなのだが、これで少し謙虚になるなら、それもよい。
「わかったわ」
 私はそう答えると、話題を変えることにした。
「そうそう、幸一君とのお部屋の契約だけど、私が直接頼まれたでしょ?」
「ああ、そうだったな」
 憲二郎が答える。
「そういう場合って、重要事項説明とかってどうしたらいいのかしら? やっぱり、憲二郎のところで仲介してもらった方がいい?」
 この間から気になっていたことを聞いてみる。
「いや、大家には重要事項説明の義務はないんだよ。あれは、宅建業者が対象となる話だから」
「そうなの。でも、契約書は交わしておいた方がいいわよね?」
 友人とはいえ、一応大家と店子の関係だ。けじめはつけておいた方がいいような気もする。
「それはたしかにそうだな」
 何か考えているのか、やや間があった後、憲二郎が話し始めた。
「たしか、賃貸契約書は国交省のホームページからダウンロードできるはずだ。それを参考にして、お前の方で作ったらいいんじゃないか。そしたら、うちに支払う広告料も必要ないだろ?」
「国交省のホームページね。2部作ればいいのかな」
「ああ。幸一のとことお前のとこで、1部ずつ保管しとけよ。それから、何かあった時の連絡先はうちにしといてくれればいいから。一応、管理料はもらってるわけだし。わからないことがあったら、また聞いてくれ」
 憲二郎から、思いがけず優しい答えが返ってくる。
「そう。どうもありが……」
「あーあ、やっぱりお人よしは伝染するんだな。俺まですっかりお人よしになっちまった」
 憲二郎は、私の言葉を遮るようにそう言うと、電話を切った。
「……とう」
 ツー、ツーと電子音が響くスマホに向かって、お礼の続きを伝える。
 目の前に置かれたあの幸せなキャンバスの中で、母が楽しそうな笑顔を見せていた。
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