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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第4章 B棟101号室 高田育代さん(10)

 それから1カ月半ほど経ったある日の午後、高田が我が家を訪れた。離婚できたという報告だった。
 駒田弁護士から離婚問題が得意な弁護士――山野やまのとか言った――を紹介してもらった高田は、椎野課長と対決した。調停まで覚悟していたが、写真と録音データを突き付けられた課長は、あっさりと離婚を認めたそうだ。ただ、肩代わりした兄の借金についてはどうしても引かず、結局、慰謝料を請求しないことで話がついたらしい。
 養育費は、わずかながらもらえるそうだ。大樹の親権は高田が持つことになり、ようやく本名として高田大樹を名乗れることになった。養育費の金額が少ないため、住宅扶助はそのまま支払われるとのことだった。
 DVに浮気という不法行為のオンパレードで、慰謝料は当然請求できるはずだ。しかし、兄に迷惑をかけたくないという高田の思いが強く、こういう結末になったらしい。部外者としては納得できない話なのだが、本人たちがこれでよいと言うのであれば、致し方ないことなのだろう。
 高田は、私に何度もお礼を言うと、「これからもよろしくお願いします」との言葉を残して、帰宅した。
 本当にこれでよかったんだろうか。
 玄関のドアに鍵をかけつつ自問自答していると、スマホがメロディーを奏で始めた。かつての同僚、須田八重子からのものだった。業務時間中のはずなのに、一体なんなのだろう。不審に思いながら電話に出る。
「ねえ、聞いて聞いて」
 声を潜めているところを見ると、どこかからこっそりかけてきているようだ。
「ついさっき知ったんだけど、椎野課長、離婚したらしいよ」
「えっ、ホントに?」
 既に知っていた話だが、一応驚いて見せる。と、彼女は続けた。
「やっぱり、別居してたんだね。理由は不倫かもしれないし、よくわかんないけどさ」
「そう。何か噂とか流れてないの?」
 それとなく探りを入れる。
「特にはね。只野さんとの仲もどうなのかなって思って見てるけど、別に特別な感じでもないし。あれは私の思い過ごしだったのかも」
「そっか。同じブラウスなんて、どこにでもあるもんね」
「そうなのよ。変なこと言いふらさなくてよかったわ」
 八重子はそう言うと続けた。
「それにしても、不思議なのよねえ」
「何が?」
 私が尋ねると、八重子が答えた。
「普通さ、離婚したら、元気がなくなるっていうか、こう、暗くなりそうなもんじゃない? 特に男の人はさあ。なのに、課長ったら、何だか機嫌がいいのよね。最近、嫌みもあんまり言わなくなって、丸くなったっていうか、何ていうか。今まで奥さんと上手くいってなかったから、私たちに八つ当たりしてたのかもねって、さっきもみんなで話してたんだけどさ」
「だったら、仕事もやりやすくなった感じ?」
 少し驚きながら尋ねる。
「そうなのよ。課長も、嫌みさえ言わなきゃ、クレーマーからの電話も引き受けてくれるし、悪い上司じゃないからね。あ、ひどい目にあった麻奈美に、こんなこと言うのも何だけど」
「ううん、気にしないで。もう過去の話だし」
「そっか。今では、麻奈美も大家さん頑張ってるもんね。ねえ、また来週の金曜日にお休み取ろうと思ってるんだけど、都合はどう?」
 八重子に尋ねられ、カレンダーを見る。予定は何も入っていない。
「もちろん、OKよ。いつもの時間に、いつものとこでいい?」
「うん。じゃあ、楽しみにしてるね」
 電話を切って天井を見上げる。録音の中で只野が言っていたとおり、お互いにつらい結婚生活だったのだろうか。だとすれば、この別れは、それぞれに良いことだったのかもしれない。
 私は、壁にかけたレターラックから、1枚のはがきを取り出した。差出人は只野恵美。一昨日届いたものだ。
 そのはがきを手にしながら、私は只野に会った日のことを思い出していた。
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