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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第4章 B棟101号室 高田育代さん(9)

「それにしても、よくこうもまあサクサクと、ミッションを成功させられますねえ」
 憲二郎が、引き伸ばされた写真を片手に、山下の顔を見る。
「奥さんもいなくなられたことですし、自宅に女性を呼ぶんじゃないかと思いましてね。前で張り込んでいたら、ビンゴですよ」
 山下が愉快そうに笑う。写真には、自宅に出入りする椎野課長と、事務員の只野恵美ただのえみの姿が写し出されていた。
「まあ、自分でも、こんな短期間で結果が出せるとは、正直思ってなかったんですけどね」
 私が山下に椎野課長の浮気調査を依頼してから、まだ1週間も経っていなかった。
「それから、これを聞いてください」
 彼はデスクから、四角い機械のようなものを取り出した。
「高田さんから鍵をお借りして、家の中に録音機を仕掛けておいたんです。ご主人と女性との会話が、しっかり録れています」
 憲二郎がちらっと私の方を見ると、口を開いた。
「それ、俺らが聞いちゃっていいんですか? その……」
「高田さんから、お2人に聞かせてもよいとの承諾は得ています。それに、きわどい部分はありませんので、ご安心ください」
「ああ、そうですか」
 憲二郎がほっとしたように答える。
「じゃあ、行きますよ」
 山下の言葉とともに、音声が流れ始めた。ドアの音などから察するに、2人で居間に入ってきたところのようだ。ガサガサという音に続き、何かがどこかに置かれるような音がした。そして、いただきますという声。何か食べているのだろうか。少しして、ようやく会話が始まった。
『ねえ、課長、奥さんの居場所、わかったんですか?』
『いや、近辺の小学校に片っ端から電話してみたが、個人情報とやらで何も教えてもらえなかった。探偵でも雇おうかと思ってるところだ』
『居場所を知って、どうするんですか? 戻ってきてもらうつもり?』
『そうだな、結婚を条件に、アイツの兄貴の借金を肩代わりしてやったんだからな。戻らないって言うなら、耳をそろえて返してもらわないと』
『息子さんは? 別れるとなったら、親権とか』
『息子はまったく俺になついてない。親権なんて、喜んでくれてやる』
『大切に思ってなかったんですか? 奥さんとか息子さんのこと』
『それはおあいこってやつだろう。アイツの方だって、兄貴の借金がなければ、俺と結婚する気なんてなかったんだからな。…俺が悪いんじゃない、勝手に周りが俺を嫌うんだ』
『それは、課長が嫌みなことばっかり言うからじゃないですか』
『嫌みなこと? それは相手の態度が悪いからだ。みんな、俺の敵なんだよ』
『でも、私は課長の敵じゃありませんよ。1年前にこういう関係になってから、ずっと課長のこと大好きです。どん底にいた私を救ってくれて。本当に感謝してるんです』
『嘘つけ。俺に弱みを握られて、イヤイヤ相手をしてるんだろう。お前の本心なんて、わかってるんだぞ』
『そんなこと……。課長、私と再婚してくださいよ。奥さんと別れて。これが私の本心です』
『……お前、自分の言ってること、わかってるのか』
『わかってます。奥さんのお兄さんの借金なんて、どうでもいいじゃないですか。本当は、奥さんのこと、手放したくなくて……』
『そんなんじゃない。俺はアイツを金で買ったんだ、専属の家政婦としてな。まだその分を取り返せてないって、それだけのことだ』
『専属の家政婦って……。それじゃあ、奥さんが出ていかれるのも当然ですよ。そんな結婚生活、お互いにつらいだけじゃないですか』
『うるさい。俺の人生なんて、今までつらいことしかなかったさ。全部親から押し付けられて……。学校も仕事も…妻までも、だ。金で買ったとでも思わないと、やってられないだろう。――さっさと弁当食って、シャワーを浴びてこい』
『すみません、今日はちょっと体調が悪くて。無理なんです』
『何だよ、それは。――じゃあ、それ食い終わったら、とっとと帰れよ』
 そこで、音声が切れた。
「弱くて哀しい人……」
 思わずつぶやいた私の隣で、憲二郎が吐き捨てるように言う。
「この男、最低だな」
「まあ、この会話のお陰で、高田さんのことを家政婦のように扱っていたことや、息子さんに愛情がないこと、この女性との関係が1年前、つまり同居中から始まっていたことがわかりましたけどね」
 山下の言葉に、私はうなずいた。
「この音声、離婚に有利になるかしら?」
「離婚問題が得意な弁護士でもいれば、うまくやってくれるとは思いますけどね。部下との不倫が会社にばれるのも、よろしくないでしょうし」
「おい、お前のとこの弁護士、どうなんだ。この間、平本さんの件を解決してくれた」
 憲二郎が私の腕をつつく。
「駒田弁護士のこと? あの人の得意分野は消費者問題だから……。離婚に強い弁護士さんを紹介してもらえないか、聞いてみようか?」
「おう、そうしてくれよ。――あ、電話だ。ちょっと失礼」
 憲二郎は、上着の内ポケットからスマホを取り出すと、私たちに背を向けるように応答する。
「わかった。すぐ帰る」
 憲二郎はそう言うと、スマホを切って立ち上がった。
「すまん。ちょっと会社に戻るから。とにかく、まだ高田さんたちの居場所が、ばれてないってことがわかってよかったな。じゃあ、弁護士の件、頼んだぞ」
 憲二郎があわただしく事務所を去っていく。
「私も帰ります。本当にどうもありがとうございました。とりあえず、2か月分の家賃はチャラってことで」
 そう言って立ち上がろうとする私を、山下は手で制した。
「大家さん、この録音を聞いて、少しおかしいと思いませんでしたか?」
 彼は私の目を見つめながら、続けた。
「こちらが欲しかった情報が、全部会話の中に入ってるんですよ。それも、女性の方からの質問っていう形で。まるで、盗聴されていることがわかっていたかのようですよね。――僕が録音機を仕掛けることを知っていたのは、家の鍵を貸してくださった高田さんの他には、僕の雇い主である大家さん、あなただけです」
「そうですか。まあ、偶然っていうこともあるんじゃないですか?」
「偶然、ですか」
 張り詰めたような沈黙が流れる。
「じゃあ、私はこれで」
 その重さに耐えられなくなって立ち上がる。山下は何も言わず、小さく息を吐いた。
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