挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

43/91

第4章 B棟101号室 高田育代さん(7)

 その翌日、山下探偵事務所には、高田、音山、憲二郎が顔をそろえていた。ソファーベッドに高田と音山が、そこに向き合う形で置かれたふたつの一人掛けソファに憲二郎と私が、それぞれ腰を下ろしている。またしても勝手に事務所を会議室にされた山下だが、文句も言わず自分の椅子に腰かけていた。
 初対面であろう高田達に山下を紹介すると、私は本題に入った。
「単刀直入に伺います。高田さんのご本名は、椎野さんじゃありませんか?」
 高田が息を飲む。すると、音山が代わりに口を開いた。
「大家さん、これはどういうことでしょう? このアパートには、匿名で住ませていただくことになっていたはずです。お調べになられたんですか?」
 私は首を横に振って、高田の方を見た。
「先日、このストラップが敷地内に落ちていました。これ、大樹君のものですよね? そこに『しいのだいき』って書いてあったので」
 手のひらに載せたストラップを高田の前に差し出すと、彼女はゆっくりうなずいた。
「何年か前に、私が大樹にプレゼントしたものです。ランドセルに着けていたんですが、落としてしまったんでしょうね。――高田というのは、私の旧姓なんです」
「そうだったんですか」
 私はそのストラップを高田に渡しながら、うなずいた。
「もしかして、ご主人は、タバサ食品にお勤めではないですか?」
 私の質問に、高田の表情が凍り付く。イエスということなのだろう。
「タバサ食品って、お前が前に勤めてたとこか?」
 憲二郎が口を挟んだ。
「そうよ。私は椎野課長―高田さんのご主人の直属の部下だったの」
 私はそう答えて、高田の方を見た。
「こんなことを申し上げるのは何なんですが、私は椎野課長から嫌みを言われ続けて、体のあちこちが悪くなりました。私が会社を辞めた理由のひとつです」
 高田の目が、大きく見開かれるのがわかった。
「もしかして、十二指腸潰瘍とか、メニエールとかですか?」
 逆に尋ね返され、今度は私が大きく目を見開くことになった。
「どうしてそれを?」
 すると、高田は突然立ち上がり、床に正座して頭を下げた。
「申し訳ございません。実は、椎野から前に話を聞かされたことがあって……」
 そう言うと、彼女は顔を伏せたまま続けた。
「昔の女に似ていて気に入らない部下がいたから、辞めさせてやった。十二指腸潰瘍やメニエールにもなったらしいって、本当に得意げに……。椎野に注意できる状況であればよかったんですが、反論すると2倍にも3倍にもなって返ってくるものですから、何も言えなくて。辞められた部下の方には、申し訳ない気持ちでいっぱいだったんです。それがまさか、大家さんだったなんて……」
「あの、高田さんは何も悪いことはされてないんですから、謝らないでください」
 私は慌てて高田の横に行ってしゃがみ込むと、立ち上がるよう促した。
「いえ、本当に申し訳ないことを……」
 高田はもう一度、私に向かって頭を下げた。
「本当にやめてください。私、会社を辞められて、感謝してるくらいなんです。毎日ゆったり生活できていますし」
「俺みたいな、優秀な不動産屋とも付き合うことができたわけだしな」
 憲二郎が余計な口を挟むと、山下が吹き出した。それを機に、高田が顔を上げる。目が合うのを待って、私はそっと微笑んだ。
「どうぞ、ソファに座ってください」
 私の言葉に、ようやく高田が立ち上がる。ソファに座りなおすのを見て、私も自分の席に戻った。
「大樹君があんなに昆虫マンチョコを嫌がられたので、不思議に思ってたんです。でも、そのストラップを見てすべてがつながりました。もし、大樹君が椎野課長の息子さんだったとしたら、そのことが関係しているのかなと思って。社員割引で購入して、お子さんに渡される方もいらっしゃいましたから。売上目標の金額に達しない時には、特にたくさん購入させられることもありましたし」
「ええ。いかにも恩着せがましい態度で、大樹に無理やりお礼を言わせて……。多分、その時の記憶がよみがえったんだと思います」
 高田が申し訳なさそうな表情で言う。
「子供にまでそんな態度をとるとは、筋金入りの嫌な男だな。まあ、岩内みたいなトロい奴に嫌みを言いたくなる気持ちは、わからんでもないが」
 憲二郎が真面目な顔で腕を組む。まったく、一言も二言も余分なやつだ。
「それに、最近、課長がクリーニング屋さんにワイシャツを持って行っているのを見たっていう話を、昔の同僚から聞いて……。奥様である高田さんが家を出られたということであれば、説明がつくなと思って」
 私が言うと、音山が話し始めた。
「実は、先日、大樹君の学校に問い合わせがあったんです。多分、ご主人の関係者の方からだと思うのですが。居場所がわかってしまったとしたら、またどこか探さなければいけないと思いまして……。大家さんには大変申し訳ないんですが」
「そのことなんですけど」
 私は2人の顔を交互に見た。
「大樹君、また転校されることになるんですよね? これからもずっと、そういう生活を送られるおつもりですか?」
 すると、高田が口を開いた。
「実は、私、椎野のパワハラに耐えられなくなって、大樹を連れて衝動的に家を飛び出したんです。実家の両親はもう亡くなっていて頼る相手もおりませんし……。とにかく来た電車に飛び乗ったんですが、その電車の終点が砂橋駅だったんです。とりあえず近くにあった喫茶店に入った時、福祉事務所で女性相談をやっているというポスターを見て、すがる思いで相談に……。ただ、電車で1本のところですから、遅かれ早かれ、夫がたどり着いてしまうのではないかと思うんです」
「つまり、遠いところに行く方が安心だとおっしゃるんですね」
 山下が口を挟む。
「先日、お宅のお坊ちゃんと思しき男の子を、このアパートの前で見かけました。お友達何人かと、楽しそうに遊んでいらっしゃいましたよ。せっかく馴染みつつあるのに、また知らない所に移るなんて、なんだかかわいそうな気がしますけどね」
「だったらどうしろと?」
 音山が気色ばむ。
「しっかり話し合って離婚するとか、そういう方向にはいけないんですか?」
「それは難しいって、俺が説明しただろう」
 私の質問に、憲二郎が眉間にしわを寄せる。すると、高田が話し始めた。
cont_access.php?citi_cont_id=287044308&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ