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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第4章 B棟101号室 高田育代さん(1)

 私は植原不動産の前に立っていた。うちのアパート「メゾン・ド・アマン」の募集状況を確認するためだ。中学の同級生で天敵の植原憲二郎が社長をしている植原不動産に管理を任せてから、5カ月近く経っていた。その間、入居を決めてくれたのは、事務所ただ1室。アパートの7つの空室は、まだひとつも埋まっていなかった。そろそろ決めてくれないと、こちらも死活問題になってくる。
「いらっしゃいませ」
 入口のガラス戸を開けると、社員達の元気な声が耳に飛び込んできた。
「こんにちは。憲二郎…、あ、えっと、社長さんいらっしゃいます?」
 店舗を見回しながら尋ねると、社員の丸山が立ちあがり、こちらに向かって歩いてくる。
「さっき、岩内オーナーのお宅にお邪魔すると言って、出て行ったところなんですが……」
 岩内オーナーとは私のことだ。この不動産会社では、家主のことを「○○オーナー」と呼んでいる。初めのうちはくすぐったかったが、最近では少し慣れてきた。
「じゃあ、入れ違っちゃったかもしれませんね。憲二郎も、出る前に電話くれればいいのにねえ」
 私がそう言った時、スマホが鳴り出した。画面には憲二郎の名前が表示されている。
「噂をすれば……」
 その画面を丸山に見せてから、応答する。
「もしもし」
「おう、俺だけど。今、どこにいるんだ?」
「植原不動産だけど」
「は? なんでお前がそこにいるんだよ」
 社長がオーナーを「お前」と呼ぶなんて、わざわざ「オーナー、オーナー」と持ち上げてくれる社員達の努力が水の泡だ。心の中でため息をつきながら答える。
「募集状況を確認しようと思って……」
「募集状況? そんなもん、電話で確認すれば済むことだろうが。ちょっと話があるから、すぐに戻ってこいよ」
 管理会社にとって、家主である私は顧客のはずだ。にもかかわらず、「戻ってこい」などと命令するのはいかがなものか。
「そっちがこっちに戻ってきたら?」
 中学生の頃のやられっぱなしの私ではない。反撃を試みる。
「ああ? お前より俺の方が忙しいんだから、手間かけさせるなよ。1階の探偵事務所で待ってるから、すぐに来いよ」
 憲二郎はそう言うと、一方的に電話を切った。プツン、とむなしい音が耳に響く。
「すぐに戻って来いって言われちゃいました」
 苦笑いしながら丸山にそう伝えると、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「実は、メゾン・ド・アマンに入居していただけそうなお客さんがいるんですよ。それがちょっとワケありでして。込み入った話になりそうなので、社長自身がオーナーのお宅に向かったんだと思います」
 よくできた社員だ。あんな訳のわからない社長なのに、こんなにしっかりフォローしてあげるとは。憲二郎ごときが社長でいられるのは、周りに恵まれているからだろう。
「そう。そういうことなら、すぐに戻った方がよさそうですね」
 スマホをバッグに入れながら言うと、丸山がほっとしたように微笑む。
「お気をつけてお帰りください。今後ともよろしくお願いします」
 重ね重ねよくできた社員だ。私はお礼を言って、店舗を後にした。

 スクーターをアパートの敷地内にある駐輪場に停めると、憲二郎が待つ山下探偵事務所に向かった。私が住む戸建ての1階だ。入口のガラス戸から中を覗くと、一人掛けのソファに憲二郎が座っていた。山下はデスクの椅子に腰かけ、楽しそうに話をしている。邪魔してよいものか迷いながらも、ガラス戸をノックした。憲二郎がこちらに視線を向けたのを見て、戸を開ける。
「大家さん、こんにちは」
 山下が立ち上がって会釈をしてくる。
「こんにちは。ごめんなさいね、勝手に待ち合わせ場所にしちゃって」
「いえ、うちは全然かまいませんよ」
 山下がそう言うと、憲二郎が立ち上がった。いつになく真面目な顔つきをしている。
「ちょっと複雑な話だから、お前のうちに行ってもいいか」
「いいわよ。インスタントコーヒーくらいしかないけど」
 もっといいものがあったとしても、憲二郎に出してやるつもりはさらさらない。
「ま、貧乏人はそんなもんだろうな」
 それが顧客に対して言うことか。こぶしを固める私の前を、憲二郎はしれっと通り抜けていった。
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