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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第3章 A棟203号室 平本浩太さん(6)

 山下から連絡があったのは、それから3日後だった。
 ガラス戸をノックすると、中で山下が立ち上がるのが見えた。会釈して戸を開け、ゆっくり中に入る。一人掛けのソファのひとつには、既に憲二郎が腰かけていた。
「おはよう」
 その向かい側のソファに座りつつ、あいさつする。
「平本さんですけど、見つかりましたよ」
 デスクの前に置かれた椅子をこちらに向けて座りながら、山下がこともなげに言った。
「え?」
 私と憲二郎は顔を見合わせた。
「工事現場で働いてました。ここから少し距離があるので通えなかったらしく、簡易宿泊所の大部屋で寝泊まりしているようです」
「じゃあ、このアパートは引き払うつもりなんですか?」
 憲二郎が尋ねると、山下は首を横に振った。
「臨時雇いで、あと1週間で現場での作業が終わるそうです。そしたら、戻ってきたいとおっしゃってました。最低でも、滞納している家賃と踏み倒した入院費は稼いで帰る予定だとのことでした」
 そして、私の方を見ると、にっこりほほ笑んだ。
「これで、来月分の家賃はタダでOKですよね」
 仕方がない。私は頷くと続けた。
「で、平本さん、体の方はもう大丈夫なのかしら」
 退院の許可が出る前に姿を消したはずだ。無理をしていなければいいのだが。
 私の言葉に、山下は頭をかきながら頷いた。
「もう何ともないそうですよ。大家さん、優しい方ですね」
「ただのお人よしの大バカ者なんですよ」
 憲二郎はそう言うと続けた。
「工事現場で働くってことは、定職には就いてないってことか。まだ学生さんなんですかね」
「オーバードクターだそうです」
「オーバードクター?」
 私が尋ねると、山下は頷いた。
「昨年末、博士号を取ったそうなんです。でも、大学のポストには空きがなかった。それで、学生でもない、教員でもないという宙ぶらりんな状況になっているようです」
「普段の生活は、どうされてたんですか?」
 これまで、家賃はきっちり払ってくれていたはずだ。
「家庭教師をしたり、予備校で臨時の講師をしたり、教授の代役で市民講座の講師をしたりして、生活費を稼いでいたみたいですね。今も、工事現場が終わると家庭教師に行っているようですよ」
 山下が答える。
「普通に生活している分にはそれで何とかなるだろうけど、借金まであるとなったらなあ」
 憲二郎がため息をつく。
「そろそろ、厳しい取り立ても始まりそうですからね。昨日も、男性が2人、平本さんの部屋のチャイムを何度も押してましたから」
 山下が言う。全然気付かなかった。
「あまり筋の良くないところから借りているみたいですね。まあ、安定した収入がない人がお金を借りようと思ったら、そういうことになるんでしょうけどね」
「ねえ、借金の理由、段ボールがどうとか言ってなかった? あれ、何なのかしら」
 憲二郎に話しかける。
「さあな。段ボールには『ギラリン生活』とか書かれてたけど」
「マルチですよ。健康食品とパワーストーンとカウンセリングを組み合わせたようなやつです」
 山下は、デスクの引き出しを開けながらそう言った。中からパンフレットを取り出すと、私に手渡した。憲二郎が覗きこむ。
「『ガンが治った』『幸せになった』って、何だ、これ?」
 見るからに怪しい体験談が並んでいる。
「パワーストーンを身につけながら、健康食品を飲むってこと? で、週に1回、カウンセリングを受ける。その結果、ガンが治り、幸せになれる、と」
 パンフレットの内容を要約すると、そんな感じだ。
「パワーストーンは身につけるだけではないようですよ。トイレにはこの石、お風呂にはこの石、枕元にはこの石って、それぞれ決まりがあるみたいですね。1セット買うだけで、50万円はします」
「ええ? 石に50万円?」
 驚いて声が上ずる。
「それから、健康食品のスターターセットが30万円と、カウンセリングが半年分で30万円。これらをセットで買うと、110万円が100万円にまけてもらえるそうです」
 山下が続ける。
「で、自分が誰かを勧誘して、その人がこのセットを買ってくれると報酬として10万円、その勧誘した人がまた誰かを勧誘して、このセットを買ってくれると、また10万円が入る。その勧誘した人がまた…という感じで、どんどんお金が入ってくる状況が生まれるって仕組みなんです。で、勧誘した人が健康食品を買い足すとか、他に売ってる商品――浄水器とかを買えば、その1割が報酬としてもらえるらしくて」
「つまり、ひとり勧誘したら、ずっとお金が入り続けるってこと?」
 私が尋ねると、山下はため息をついた。
「一応、そういうことにはなってるんですが、それには条件があるんです」
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