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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第3章 A棟203号室 平本浩太さん(5)

「だから言わんこっちゃない。お前が甘すぎたんだよ」
「そうかなあ。昨日のあの様子だと、本当に反省してるみたいに見えたんだけど」
 私は「メゾン・ド・アマン」と書かれた木札の前で、憲二郎から怒られていた。
「平本さん、携帯の電源も切っちまってるよ、まったく。部屋にもいないし」
 今朝、病院から連絡があり、平本が姿を消したと告げられたのだ。
「ねえ、平本さん、病院の入院費とかも支払ってないみたいなの。私が立て替えなくちゃいけないかな」
「お前、平本さんが入院する時に保証人にでもなったのか?」
 憲二郎が眉間にしわを寄せて尋ねてくる。
「ううん。私はただの付き添いだし、病院側には連絡先を教えただけよ」
「だったら、お前が立て替えてやる義理なんてないだろう。裏切られた上に、入院費まで支払ってやるなんて、人がいいにもほどがある」
 憲二郎があきれ顔でそう言った時、後ろから声をかけられた。
「あれ、お嬢さん、どうしたんだい?」
 振りかえると、A棟103号室の角田が立っていた。手に自転車の鍵を持っているところを見ると、駐輪場に向かうつもりらしい。
「いえ、別に何でもないんです」
「それならいいけど」
 ちらっと憲二郎に視線をくれる。
「たしか、管理会社の人だったよね」
「ええ、植原です。こんにちは」
 憲二郎が頭を下げると、角田も会釈をして私の方を見た。
「そう言えば、平本さん、戻ってきたみたいだね。救急車で運ばれたってB棟の山崎やまざきさんから聞いて、心配してたんだけど……。今朝、バイクに乗って出かけるのを見たよ。何にしても、おおごとにならなくてよかったねえ」
「えっ? それって、何時頃ですか?」
 思わず身を乗り出す。
「老人会のラジオ体操の帰りだから…7時過ぎくらいだったかねえ」
 私は憲二郎と顔を見合わせた。
「もしかしたら、旅行にでも出たのかもしれないよ。大きなリュックサックを背負ってたから」
「ああ、そうですか」
 絶望的な気分で頷く。
「何かあったのかい?」
 角田の心配そうな顔を見て、私は慌ててほほ笑んだ。
「いえ、何でもないんです。――角田さん、またこれですか?」
 囲碁を打つ手振りをすると、角田は右手と左手を平行に動かしながら、かき混ぜるそぶりを見せた。
「今日はこれだよ、マージャン」
 なんと多趣味なことだろう。
「そうですか。楽しんできてくださいね」
「ああ、ありがとう」
 角田は片手をあげると、駐輪場へと向かった。
「大きなリュック背負ってバイク、か」
 憲二郎がため息をつく。
「1万円分のガソリンがあれば、かなり遠くまで逃げられるよなあ」
 まったく、嫌みなヤツだ。
「で、大家的には、これからどうしたらいいわけ?」
 私は憲二郎に尋ねた。
「居場所を突き止めて、家賃を回収するこったな。どうしても見つからない場合は、夜逃げ扱いするしかない」
「夜逃げ扱いってどうするの?」
「法律通りに処理するしかないな。裁判所で手続き取って、強制執行して……。とにかく、時間も金もかかることになる」
「ふうん」
 何だか、ややこしい話だ。
「でも、平本さん、あんな風に涙まで流してたのに、逃げるなんて考えにくいのよね」
「考えにくい、じゃなくて、考えたくないだけだろ?」
 たしかにそうかもしれない。いずれにしても、彼の居場所を突き止めなければ。
「居場所を突き止める……か」
 思いつくことがあり、私は憲二郎を見た。
「うちにいい人がいるじゃない」
「え?」
 怪訝そうにこちらを見る憲二郎に向かい、戸建の方を指さす。
「ああ、山下探偵か。でも、依頼する費用は誰が出すんだ?」
「代わりに家賃をチャラにしてあげるっていうのはどうかしら。探し出せたら来月1ヶ月分、探せなかったら普通に払ってもらうってことで」
 探偵事務所を経営していくのだ。それくらいの気概はほしい。
 私の提案に、憲二郎は大きく目を見開いた。
「お前、人がいいのか悪いのか、よくわからんな」

 ガラス戸から探偵事務所を覗きこむと、山下は何やら作業中だった。
「こんにちは」
 ガラスをたたいてドアを開ける。
「あ、大家さん。植原さんもご一緒ですか」
 心なしか嬉しそうだ。秘密のポリシーに関係しているのかもしれない。
 事務所に入りながら、私はくるっと部屋を見渡した。
 大家とはいえ、人に貸した部屋の中をジロジロ鑑賞するわけにもいかず、いつも通りがけにガラス戸から軽く覗き見る程度だったのだ。1ヶ月前の騒ぎの時にも、じっくり見る余裕はとてもなかったし。
 父の作業台が置かれていた場所には、ノートパソコンの置かれたデスクと椅子が配置されている。残しておいたカラーボックスの上にはプリンターが置かれ、中には色々な資料が入っていた。そして、壁際にはベッドとしても使われるのであろう大きなこげ茶のソファ。その横には、アンティーク風のベージュの洋ダンス。事務所にタンスはどうなのかと思ったが、色合いのせいなのかデザインのせいなのか、それほど違和感はない。
「実はね。お願いしたいことがあるの」
 平本のことをざっと話し、例の家賃の件を伝える。すると、山下はニヤリと笑って一言、「気に入りました」と答えた。
「それで、僕はいつまでに、平本さんを探し出せばいいんですか?」
「どれくらいで探せるんですか?」
 私が尋ねると、山下は少し考えた後、口を開いた。
「砂橋大学に関係している方なんですよね? それなら、1週間もあれば十分ですよ」
「1週間?」
 大した自信だ。
「ええ。手掛かりはすぐ手に入るでしょうからね。1週間で見つけられなかったら、無料でご奉仕いたしますよ」
 山下は、私の方を見てニヤリと唇の端を上げた。
「その代わり、見つけ出せたら来月分の家賃はチャラってことで、いいですよね?」
「わかりました。よろしくお願いします」
 私は頭を下げた。
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