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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第3章 A棟203号室 平本浩太さん(3)

「いくら急いでたからって、お前自身が、財布も持たずに救急車に乗り込むことはないだろう」
「だから、ごめんって言ってるでしょ」
 運転席でハンドルを握る憲二郎から悪態をつかれ、私は助手席で逆切れ気味に謝っていた。
 病院で平本が一命を取り留めたのを確認し、さあ帰ろうと思った時、スマホ以外、何も持ってきていないことに気付いた。歩いて帰れるような距離でもないし、病院でお金を借りるのも恥ずかしい。仕方なく、私は憲二郎に電話をかけ、迎えに来てくれるようお願いしたのだ。
「救急車が出発するまでには、色々手続きがあるんだ。その間に、家に戻って財布を持ってくるくらいのことはできただろう」
「救急車に乗るの、初めてだったんだから、仕方ないでしょ」
 以前なら、「だから、ごめんって」と繰り返していたところだろうが、私もだいぶん言い返せるようになっていた。
「で、平本さんは大丈夫なんだな?」
 憲二郎が尋ねてくる。
「うん。意識はまだ戻らないみたいだけど、命に別条はないって」
「そうか。よかったな。自殺で死なれたら、色々と厄介だからな」
「厄介ってどういうこと?」
 よくわからず聞き返す。
「あの部屋が事故物件になるってことだよ。次に入る人にも告知しなくちゃいけないし、家賃だって下がる。嫌がって、出て行ってしまう店子もいる。賃貸経営に支障が出るだろ?」
「賃貸経営って……」
 人の死が関わると言うのに、何だかビジネスライクな話だ。頭ではわかるが、どこか納得できない気がする。
「まあ、お前も大家業を続けて行けば、わかるようになるさ」
 気がつくと、あと二つ先の角を曲がったら、アパートが見える場所まで来ていた。
「警察の方は、事件性はなさそうだって言ってた。平本さんの意識が戻れば、念のため話は聞きに行くだろうけどな」
 憲二郎が言う。
「そう。で、留守電ごしの脅迫の方は何て? 録音、聞いてもらった?」
「あれはただ、貸した金を返せって言ってるだけだからな。『殺す』とか『死ね』とかいう言葉でも入ってないと、脅迫にはならないってさ」
 あの口調は、十分脅しに当たると思うんだけど。
「だったら、警察に連絡する必要なんかなかったじゃない。何の役にも立たないわね、警察なんて」
 何だか腹が立つ。
「まあ、後で事件性があったなんてことになったら厄介だからな。早いうちに警察に入ってもらって、事件じゃありませんってことにしといた方がいいんだよ」
 賃貸経営の上でってことだろうか。
「でもって、保証人の方だけど」
 ハンドルを回しながら、憲二郎が続ける。
「死んでた」
「え?」
「だから、死んでたんだよ、1か月くらい前に。電話してみたら、保証人の息子ってヤツが出てさ。相続放棄したから、うちには関係ありません、ガチャン、だよ」
 憲二郎が肩をすくめる。
「何それ? 保証人って、平本さんの叔母さんだったわよね? その息子なら、平本さんにとっては従兄弟でしょ?」
「そら、いくら従兄弟だって言ったって、付き合いがあったとは限らないからな。面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだって気持ちの方が、大きいんだろうよ」
 たしかにそうかもしれない。私はため息をつきながら尋ねた。
「そう。で、他に身内は?」
「わかんないけど、あの調子じゃ、いないかもしれないな」
 憲二郎が吐き捨てるように言う。平本は、これからどうなるんだろう。
 窓の外を眺めながら、何となく憂鬱な気持ちになった。
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