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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第2章 事務所 山下忠久さん(7)

 探偵事務所に山下が入って数日になる。今日はいよいよ、家賃回収の期限日だ。
 この家に越してきた時、キッチンと寝室の境には、引き戸を取り付けた。ドアを開けた途端、プライベートルームが丸見えというのは、何となく抵抗があったのだ。そのお陰で、玄関先で安心してお金を受け取れる。
「こんにちは」
 ピンポンと音がしてドアを開けると、A棟103号室の角田が手にお札を持って立っていた。
「はい、家賃。3万5千円」
「ありがとうございます」
 手渡されたお札を押し戴くと、数を数える。1万円札が3枚と千円札が5枚。
「3万5千円、たしかに受け取りました」
 そう言いながら、靴箱の上に置いておいた領収書に、名前と金額を書き込み、印鑑を押す。複写になっているページをちぎり取ると、角田に渡した。
「やっぱり、家賃は手渡しがいいねえ。なんか、支払ったって感じがするもんねえ」
 角田はそう言うと、にたっと笑った。
「そうそう、ここの1階、探偵さんが入られたんだね」
「ええ。そうですけど。よくご存じですね」
 まだ看板も何もかけられていないはずだ。
「この間、1階から出てきた男性とばったり会ってね。挨拶したら、ここで探偵事務所をやるって話をされたんだよ。住みこみとか言ってたけど。たまに囲碁の相手でもしてくれると嬉しいなあ」
 角田は楽しそうに笑った後、急に真面目な顔をして黙り込んだ。
「何か気になることでも?」
 不審に思い、尋ねる。
「実はねえ。今朝方から、この前の道路を黒い車が何度も通ってるんだよ。それも、かなりスピードを落としてね。そもそも、車どおりなんて滅多にない道だろう? おまけに、ナンバーがこの辺りの車のものじゃなかったから、ちょっと気になっちまって。いらん心配だったら、ごめんよ」
 角田が告げたナンバーは、東京都内のものだった。
「わかりました。私も気を付けるようにしますね。教えていただいて、ありがとうございます」
 私がお礼を言うと、角田は照れくさそうに微笑んだ。

 全員分の家賃を受け取り終わると、私はほっと息を吐いた。来る店子さん、来る店子さんから、父は本当にいい大家だったという話をされ続け、「私も頑張りますので、よろしくお願いします」と言いながら、ペコペコ頭を下げるしかなかった。さぞかし頼りない大家だと思われたことだろう。
「もう8時か」
 仕事帰りの作業着のまま、家賃を持ってきてくれた人もいた。来月の回収日も、一日空けておく必要がありそうだ。
 その時、下の階から、何かが倒れる音が聞こえてきた。内容はよくわからないが、怒っているような男性の声もしている。山下が、依頼者とトラブルでも起こしたのだろうか。
 胸騒ぎを覚えた私は、スマホを片手に階段を下りた。アパートと一軒家の間に、黒い車が停まっているのが見える。角田が見たという車かもしれない。
 1階まで下りると、車のナンバーを確認した。東京都内のナンバーだ。やはり、角田が言っていた車なのだろう。
 私は、探偵事務所のガラス戸の前まで行くと、そっと中を覗き込んだ。華奢な男性が立っているが、こちらに背を向けているため顔は見えない。その足元に、しゃがみ込む山下の姿が見えた。床に散らばった書類を集めているようだ。
 どうしようか迷ったが、思い切ってガラス戸を叩いてみた。背を向けていた男性が、ギョッとしたように振り返る。
 それは、あのイケメン探偵、野添光太郎だった。驚きのあまり、口が開く。すると、山下が、書類を手にして立ちあがった。こちらに向かって歩いてくると、ガラス戸を開ける。
「何かご用ですか?」
 中にいる野添の姿を体で隠すようにしながら、こわばった顔で尋ねてきた。唇の端から血が出ている。おそらく、殴られたのだろう。さっきの音は、倒れこんだ時のものに違いない。
「何か大きな音がしたから、様子を見に来たんですけど」
「そうですか。ご心配をおかけしてすみません。ちょっとぶつかって椅子が倒れただけですので、大丈夫です」
「そう。それならいいんですけど」
 介入しないでくれと、彼の目が語っている。私は大人しく引き下がることにした。
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