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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第2章 事務所 山下忠久さん(6)

「お前、本当にいいのか? あの探偵、なんか訳ありっぽいぞ。あんなボロ物件に固執するのも、ちょっと不自然だし」
 山下が丸山と共に席を外すと、憲二郎が話しかけてくる。
 それにしても、人の持ち物を「あんなボロ物件」と言い切るなど、どんな神経をしているんだろう。たしかに事実ではあるが。
「だって、トラブルになった時には憲二郎が何とかしてくれるんでしょ? あんなボロ物件でも」
 そういう時のための管理会社だ。
「たしかに、あんなボロ物件でも管理委託はされてるからな」
 嫌みを込めたつもりだったが、憲二郎には通用しなかったようだ。私は、前に置かれた湯呑を手にした。
「まあ、誰にだって、触れられたくない事情はあるわよ」
「そりゃあ、お前は訳ありかもしれないけど、俺はやましいことなんて何にもないぜ。ま、人徳ってとこかな」
 憲二郎が、へロっと笑って私の肩をたたく。私は急いで湯呑を元に戻すと、たたかれた場所を手で確認した。
「何やってるんだよ」
 憲二郎が、不服そうにこちらを見る。
「いや、何か貼り付けられたんじゃないかと思って」
 この男の行動には、何かと警戒感を抱いてしまう。
「ああ、中学の時の『変態女』の貼り紙か」
 憲二郎の顔に、ヘラヘラとした笑いが浮かんだ。
「すぐに気づくと思ったのに、貼り付けたまま半日も過ごすとは思わなかった。あれは面白かったな」
 面白いなんて、とんでもない。私は勇気を振り絞り、反撃を試みることにした。
「あのねえ。私はドンキでSM用のムチも買わないし、セーラー服も買ったりしないの。変態はそっちでしょ?」
 言ってやった。ついに言ってやった。感激に浸る私の横で、憲二郎は取り乱しながら社員達の様子をうかがっている。武士の情けで声をひそめてやったので、彼らに私の声は聞こえていないはずなのだが。
「お前、誰からそれを?」
 なおも人目を気にしつつ、憲二郎が小声で尋ねてくる。
「企業秘密よ」
「ふわー」
 訳のわからない声をもらすと、憲二郎がテーブルの上に置かれていた湯呑を手にした。
「まったく、もう二度とドンキになんか行かねえぞ。こんな田舎じゃ、誰に何を見られてるかわかりゃしない」
 抑えた声でそう言うと、湯呑に残っていたお茶を一気にあおる。これからは、ホウ酸ダンゴも他のお店で買うことになるのだろう。必死で笑いをこらえる。すると、憲二郎は空になった湯呑をもてあそびながら、私の方を見た。
「あれは、知り合いのお姉ちゃんに頼まれて買っただけなんだ。別に、お姉ちゃんって言ったって、変な関係じゃないぞ。その、飲み屋で知り合って、ちょっとだけ仲よくなって。いや、その、つまりだな、変態なのは俺じゃないってことだ」
 飲み屋で知り合って仲よくなったお姉ちゃんに、頼まれて買った? この男、言い訳をしながら墓穴を掘るタイプのようだ。
「で、それが奥さんにバレたわけ?」
 ここぞとばかりに、尋問する。江戸の敵は長崎ってやつだ。
「ああ。財布に入ってたレシートを見られてな。っていうか、勝手に人の財布を見る方も見る方だろ? いや、まあ、もう、その前から上手くいってなかったからアレだけど……。って、おい、何でこんな話までしなくちゃいけないんだ」
 泣きそうな顔になっている憲二郎を見て、堪え切れずに吹き出した。この取り乱しようなら、これから先も脅しの材料になりそうだ。ほくそ笑みながら、私も悪くなったもんだと少し反省する。
 憲二郎は、手にしていた湯呑をテーブルに置くと、ウン、と1回咳払いしてこちらを見た。
「こんなバカな話をしている場合じゃないんだ。ADの話をしないとな」
 まだ若干、声が上ずっている。
「AD? ADって何?」
 よくわからずに尋ねる。
「うちは管理会社として、客を付けた。そうだな?」
 憲二郎の声が急に大きくなる。私は黙って頷いた。
「だから、お前は俺に、その手数料を支払うべきだ。そうだろ?」
「ちょっと待って」
 私は憲二郎の顔を見返した。
「探偵さんからも仲介手数料とるんでしょ、家賃の1カ月分。契約書か何かに書いてあったわよね?」
「ああ、あれは借主からもらう手数料だよ。貸主からは、AD、つまり広告料をもらうのが、この業界の通例だ。この辺りの不動産屋は、大体礼金をADとして受け取ってる。今回は家賃2カ月分だな」
 憲二郎が説明する。
「家賃2カ月分って9万円ってこと? それは取り過ぎなんじゃないの? こちらは月々2%の管理料を支払ってるんだし」
「そんなもんじゃ、案内したガソリン代だけで消えちまうよ。礼金と同じ額なら、手出しはないんだからいいだろう」
 たしかにそうだが、納得できない。私は交渉を続けた。
「たしかに、もとは2カ月の礼金で募集してたわよ。でも、それじゃあ無理とか言って、一旦は1カ月に下げたわけでしょ? でも、私が探偵さんと話をする中で、やっぱり2カ月払いますってことになったんじゃない。憲二郎が仲介しただけだったら、礼金1カ月だったんだから、1カ月までしか支払えないわね」
 筋が通っているのかいないのか、自分でもよくわからない理屈を並べてみる。
「わかったよ、じゃあ1カ月分でいいよ。そしたら、手元に4万5千円残るんだから、文句はないだろう」
 憲二郎が額に青筋を立てて言う。こんなにすんなり通るとは思わなかった。先ほどの「脅し」が、少しは効いているのかもしれない。
「まったく、店子には優しいのに、俺にはやけに厳しいじゃないか。さっきのドンキの話といい……。俺に何か恨みでもあるのか」
 恨みなら骨髄に達するほどあるが、ここで語り始めたら明日の朝までかかっても終わらないだろう。それにしても、私に対してあれだけの悪事を働きながら、全く自覚がないとは恐れ入る。
「とにかく、ありがとう」
 ぼやく憲二郎に向かい、私はニッコリほほ笑んだ。
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