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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第2章 事務所 山下忠久さん(4)

 1階の元アトリエ部分に入りたいという探偵は、山下忠久やましたただひさという、三十代前半の男性だった。ポロシャツにジーンズというラフな格好だが、きちんとした印象を受ける。これまで大きな事務所の一員として仕事をしていたが、独立することになったそうだ。
「ここ、前は絵を描く人が使われてたんじゃないですか? アトリエだったのかな」
 部屋を見回しながら、山下が尋ねてくる。
「ええ。そうですけど。何でわかったんですか?」
 すると、山下はほほ笑んだ。
「絵具のにおいがしますよね。それに、カラーボックスの所々に、絵具とおぼしきものが付いている。それで、そう思っただけですよ」
 くんくんとにおいをかいでみるが、絵具の匂いなんてまったくしない。隣を見ると、憲二郎も鼻を動かしていた。
「ついでに言うと、ゴキブリも出そうですね」
 指摘されてドキッとする。ゴキブリの姿が見えなくなった後、ホウ酸ダンゴはすべて片付けておいたはずだが。
「絵具のにおいと一緒に、ホウ酸ダンゴのにおいもするんですよ。僕、鼻がいいんで」
「そうですか。でも、そんなに大した数は出ませんから」
 憲二郎がしれっと答える。虚偽の説明にはならないんだろうか。少し心配になるが、山下はふふっと鼻で笑っただけだった。
 彼はキッチンやユニットバスまで確認した後、壁際で立ってその様子を見ていた私達の元に戻ってきた。
「気に入りました。ぜひ、入らせてください。敷金と礼金は1カ月ずつでいいんですよね?」
「ええ。ただ、保証人か保証会社を付けていただきたいと思うんですが」
 憲二郎が告げると、山下は顎に手をあてて考えるそぶりを見せた。
「保証人って父親でもいいでしょうか。会社員なんですが」
「お勤めなんですね。お父様の承諾を得ていただければ、保証人の点は問題ないですよ。他にもいただきたい書類がありますので、詳細については、うちの店に移動してからということで。重要事項説明もしないといけませんし」
 憲二郎が答える。
「わかりました」
 山下がぺこりと頭を下げて続けた。
「それから、僕、軽自動車を1台持ってるんですが、敷地内に停めてもいいですか?」
「車ですか」
 よくわからず、憲二郎の顔を見る。
「他の入居者さんは、ここから1分くらいのところにある駐車場を使っていただいています。敷地内に停めるとなると、ちょっと問題かもしれませんね」
 憲二郎が言うと、山下は頷いた。
「たしかにそうですね。後でその駐車場の場所を教えてください。契約もしないといけませんし」
「うちで管理している駐車場なので、貸主さんに話をしておきますよ。たしか、まだ何台か空きがあったはずですから。1カ月で5千円だったと思いますけど」
「安いんですね。助かります」
 山下は、憲二郎の言葉に頷いて続けた。
「もし、問題がなければ、明後日くらいには移ってきたいと思ってるんですが、可能ですか?」
 展開の早さに、憲二郎と顔を見合わせる。
「明後日、ですか? 掃除は済んでますので、入っていただく分にはかまいませんけど」
「駐車場も何とかなるとは思いますけど」
 私と憲二郎が口々に答えると、山下はほっとしたように微笑んだ。
「荷物なんて、デスクとソファーベッドと洋ダンスと本くらいなものなんで。軽トラックでも借りれば、すぐに運びこめると思います」
「ああ、そうですか。――え? ソファーベッドにタンス? ここに住まれるおつもりですか?」
 私が尋ねると、山下は当たり前だろうという表情をして頷いた。
「だって、トイレもシャワーもあるじゃないですか。それに、大家さん、ここの2階に住まれてるんだったら、男が1階にいる方が用心にもなりますよ」
「どうして、私がここの2階に住んでいること、ご存じなんですか?」
 憲二郎が伝えたんだろうか。ちらっと彼の方を見ると、小さく首を横に振っている。
「だって、大家さん、サンダル履きじゃないですか。それに、そのダマだらけのトレーナーに穴のあきそうなジーンズ。お化粧だってろくにしていない。その格好でここに来られるとしたら、よっぽどだらしないか、ここに来るまで誰にも会わないかどちらかでしょう。一応、爪にはマニキュアをされているようだし、だらしないというわけでもなさそうだ。となると、ここに来るのに誰にも会わない場所、つまり、ここの2階に住んでいるんだろう、とまあ、こういうわけです」
 山下が、軽やかになぞ解きをする。その横で、愉快そうに笑いをこらえる憲二郎の姿があった。
「こんな名探偵さんが入ってくれたら、今後何があっても安心だな」
 図星をさされてアワアワする私に向かい、憲二郎が言う。私は深呼吸をして心を落ち着かせると、山下探偵に尋ねた。
「探偵さんって、鍵とかも開けられるんですよね?」
 八重子が「野添探偵は鍵開けまでする」とか言っていたのを思い出す。昼間に事務所として使うだけなら問題は無い。でも、同じ建物にそういう技術を持つ男性が住むというのは、何となく不安になる。
「それは、探偵にもよりますね。僕は、開けることはできますけど」
 山下はそう答えると続けた。
「大家さんの部屋の鍵は、開けに行きませんから安心してください」
「お前、夜這いされるとでも思ってるのか?」
 憲二郎は思い切り吹き出すと、山下の方を向く。
「そりゃ、こんなオバサン、タイプじゃありませんよねえ」
「いえ、違うんです。タイプとかタイプじゃないとか、そういう話じゃないんです」
 山下は手を顔の前に上げて、憲二郎の言葉を遮った。
「ポリシーの問題です」
「はあ」
 そのポリシーとやらの中身を聞きたいのだが。
「じゃあ、お店に行きましょうか」
 理解できたのかできないのか、憲二郎が外に置かれた社用車を手で示しながら言った。
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