挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

19/91

第2章 事務所 山下忠久さん(2)

「ああ、美味しかった。ほんと、久しぶりにインスタントラーメン以外の昼食を食べたわ」
 勤めていた頃、よくランチをしていたお店で、私は八重子と向かい合っていた。ここの煮込みハンバーグは、本当に絶品だ。
「まったくもう、どんな生活してるのよ」
 ランチの後に出てきたコーヒーを飲みながら、八重子が笑う。そして、カップをテーブルに置くと、真顔になって私の顔を見た。
「この時間になったら、会社の人いないわよね」
 言われて腕時計を見ると、午後1時半を過ぎたところだった。午後の始業時間は午後1時。もう既に会社に戻っているはずだ。
「多分ね。聞かれちゃ困ることでもあるの?」
 手にしていたカップをテーブルに置いて尋ねる。八重子は辺りを見回しながら、小さい声で答えた。
「うん。実は、椎野課長のことなんだけど」
「椎野課長?」
 名前を聞くだけであのイヤな顔つきが頭に浮かび、不快な気持ちになる。
「そう。あの、いやーな椎野課長。――なんかさ、不倫してるみたいなのよ」
「え? 不倫? まさか」
 家庭があるだけでも不思議なのに、さらに愛人がいるなんて、とても信じられない。
「誰が相手にするのよ、あんな男」
 私が眉をひそめるのを見て、八重子が吹き出した。
「アタシもさ、そう思うんだけど。見ちゃったのよね、女の子とふたりで歩いてるとこ」
「女の子とふたりで歩くくらいのこと、あるじゃない? 会社を出たところでばったり会って、駅までしゃべりながら歩くとか」
 それくらいのことで不倫にされたら、たまったもんじゃない。
「違うの。見かけた場所が、場所なのよ」
「どこ?」
 再びカップを持ち上げながら尋ねると、八重子は少し間を開けて答えた。
「池野端」
「え? 池野端?」
 思わずカップを落としそうになる。
「そうよ、あの池野端」
 池野端というのは、この辺りでは有名なホテル街だ。まあ、飲み屋もあるので、そこにいたからと言って必ずしもホテルに入っていたとは限らない。しかし、関係のない男女なら、あえてその場所を歩きたいとは思わないだろう。
 すると、八重子は慌てたように付け加えた。
「ほら、裏のカラオケ屋から駅に行く時、池野端を突っ切ったら近道になるでしょ? それで、女の子達と通ったんだけどね」
 そして、顔を近づけてくる。
「課長の後ろから、若い女の子がうつむき加減でついて行ってて。その女の子の髪が少し乱れててさ、いかにもって感じだったのよね。時間は午後11時頃。終電間近で急いでたから、間違いないわ」
「たしかに怪しいわね」
 私は、コーヒーをひとくちすすって続けた。
「で、女の子の方は知ってる子だったの?」
「ううん」
 首を横に振りながら、八重子もカップを手に取る。
「顔は陰になってて、よくわかんなかったのよ。でも、その女の子が着てたブラウス、どこかで見たことがあるのよね」
「へえ。見たことがあるっていうなら、会社の子じゃないの?」
 思わず身を乗り出す。
「そうかもしれないわね」
 八重子はそう言うと、カップを置いて椅子の背もたれに体を預けた。
「あーあ、こういう時に、名探偵・野添光太郎のぞえこうたろうがいたらなあ」
「野添光太郎? ああ、最近よくワイドショーとかに出てる探偵さん?」
 奥さん相手に、浮気の見極め方を伝授しているコーナーを見たことがある。たしか三十代前半くらいの、何だかにやけた男だ。
「ちょっともう、ワイドショーとか、やめてよ。母親と話してるみたいだわ」
 八重子ががっかりしたような表情を作る。
「仕方ないでしょ、朝方はたいてい家でテレビ見てるんだから」
 花の独身女性をつかまえて、母親扱いはないだろう。
「ま、野添探偵って、たしかにオバサマたちにも、もてはやされてるみたいだけどさ。恋の悩み相談にも答えられるし、浮気調査に壊れた鍵開けまで、何でもやっちゃうイケメン探偵だから」
 ああいうフニャッとした男が八重子のタイプらしい。優しそうだの、実は細マッチョだの、時々ふっと翳る表情がたまらないだの、よくわからないほめ言葉を散々並べた後、彼女はハアッとため息をついた。
「野添探偵が調査してくれたら、決定的な不倫の証拠をつかまえるんだろうなって思ってさ。そしたら、私、それをネタに椎野課長をゆすってやれるのに」
 何だか物騒なことを言っている。
「ゆすったところで、あのお給料じゃ、大した金額はもらえないわよ」
 以前勤めていた会社だ。大体いくらくらい稼いでいるかは見当がつく。
 すると、八重子はにっこりほほ笑んだ。
「私がほしいのはお金じゃないの。ネチネチいたぶって、これまでの仕返しをしてやるのよ。うふふ。――麻奈美もどう?」
「楽しそうだけど……遠慮しとく」
 顔を青くする椎野課長の姿を想像しながら、私はカップをテーブルに置いた。
cont_access.php?citi_cont_id=287044308&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ