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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第2章 事務所 山下忠久さん(1)

 私が、父の残した賃貸アパート「メゾン・ド・アマン」の大家になって、2週間が過ぎた。あと1週間ほどしたら、初めての「家賃回収」の日がやってくる。
 父は、店子さんから、手渡しで家賃を受け取っていた。月末までに、翌月の家賃を支払ってもらうのだ。しかし、父は入院する前、7人いる店子さん全員に事情を説明した手紙を出し、銀行口座に振り込むようお願いしたらしい。銀行口座には、それから4カ月の間、全員から、期日までにきっちり家賃が振り込まれていた。
 1DKの部屋の家賃は3万円から3万5千円、2DKの部屋の家賃は4万円から4万5千円。入った時期によってばらつきがあるのだが、全員分をまとめると、1か月で26万円になる。それが4カ月分なので、104万円が通帳に入っていた。兄から聞いた「月額家賃60万円」からは程遠いが、贅沢しなければ生きていける金額ではある。これから店子さんが増えれば、もう少し楽な生活も可能だろう…と、前向きに考えるしかない。
 父の口座を引き続き使うことができなかったため、私も新たに家賃用の銀行口座を作った。そして、そこに振り込むようお願いしたのだが、できれば手渡ししたいという要望が、多くの店子さんから出されたらしい。
「みんな、振込手数料を払うのがイヤなんだよ」
 と、中学の同級生で天敵の植原憲二郎は、したり顔でそう言った。
 うちのアパートは、彼が社長をしている植原不動産が管理してくれている。大家である私が賃貸アパートと同じ土地に住んでいるのだから、自主管理すればよいのだが、大家の仕事なんて全くわからない。軌道に乗るまでと自分に言い聞かせて、管理契約を結ぶことにしたのだ。
 というわけで、店子さんたちに配られた「大家が替わりました」というプリントに記された連絡先は、植原不動産になっている。そこで、「手渡しにしたい」という要望が、植原不動産に寄せられたというわけだ。
 私としては、どんな形であれ、家賃さえ無事にいただければ問題はない。ということで、何日か後には、店子さんたちと「面接」することになってしまった。父の残した家賃回収ノート――私も引き続き使わせてもらうつもりだが――によると、滞納者はひとりもいない。まあ、何とかなるだろう。
「あら、もうこんな時間」
 時計を見ると午前10時を過ぎている。
 今日は、前の勤め先・タバサ食品で隣の席だった須田八重子と、ランチをすることになっているのだ。
「金曜日、午後から有給とるけど、会えない?」
 と、八重子から電話があったのが一昨日の夜。彼女は、以前から金曜日の午後に「息抜き」と称して有給休暇を取ることがあった。明日は金曜日。八重子にとっては、大事な息抜きの日なのだろう。そんな時に私を誘ってくれたことを嬉しく思う。
 八重子に会うのは、何だか久しぶりな気がする。会社を辞めてから1ヶ月ほどしか経っていないが、ずっと働き続けてきたこれまでと比べると、時間の流れが遅いのだ。
「これでよし、と」
 久しぶりに外出着に着替え、姿見で細部をチェックすると、玄関に向かう。靴箱から、これまた久しぶりに履くパンプスを取り出す。ふと靴箱の陰に置かれたホウ酸ダンゴが目に入り、思い出し笑いが出た。
 憲二郎とこの家を確認しに来たあの日。私が父の描いた絵を見て感涙にむせんでいる時、憲二郎が大量のホウ酸ダンゴを手にこの部屋に飛び込んできた。
「下で爺さんが碁盤に碁石を並べてるけど、一体誰なんだ!」
 とか叫びながら。
 それから1週間後、私はこの部屋に引っ越してきた。建物の壁に入っているヒビは表面的なもので、中の方まで亀裂が入っているわけではないらしい。階段も、すぐにすぐ崩れる恐れはないそうだ。土台もある程度はきちんとしているらしく、このまま住んでも大丈夫だろうと憲二郎は言っていた。
 憲二郎が狂ったようにまき散らかしたホウ酸ダンゴのお陰で、ゴキブリはパッタリと姿を消した。蜘蛛は相変わらずあちこちに巣を張っているし、アリもヤモリもちょろちょろしているが、気持ち悪いということを除けば害はない。私もかなり寛容になったものだと、自分で自分をほめる毎日だ。
 駅まではスクーターで15分。そこから、八重子と待ち合わせしている駅まで、電車で1時間半はかかる。
「のんびりしてる場合じゃないわ」
 私は慌ててパンプスを引っ掛けると、かかとを入れながらドアを開けた。
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