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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第1章 A棟103号室 角田昭光さん(3)

 結局来てしまった。植原不動産。しかし、なかなかドアを開ける決心がつかない。
 広告が所狭しと張られているガラスを通じて店の中を見るが、憲二郎がいるかどうかはよくわからない。
「変態男は黙ってろ」――昨日、一晩中練習してきた言葉だ。中学の時には、両手のこぶしを震わせながら怒りをこらえることしかできなかったが、今日は絶対に言い返してやる。
「何か御用ですか?」
 自動ドアが開き、若い男性が顔を出す。首からは社員証を下げている。
「あ、あの、私、岩内と申しますが、植原く…あ、社長、かな? えっと、いらっしゃいますか?」
 しどろもどろで答えると、男性はほほ笑んで店内を手で示した。
「ただ今、打ち合わせをしておりますので、中でお待ちいただけますか?」
「あ、はい。わかりました。失礼します」
 恐る恐る店の内に入る。カウンターの奥の方に、ちょっとした応接セットがあった。そこに座って待つよう指示される。
 落ち着かない思いでソファに腰を下ろすと、事務員と思しき女性が、お茶を持ってきてくれた。少しして、カウンターの向こう側のドアが開く。そして、そこから見覚えのある顔が出てきた。――まぎれもない、私の天敵、植原憲二郎だ。中学の頃より、かなり貫禄は出ているが、あのいたずらっ子そのものの顔つきは全然変わっていない。そこに、先ほど対応してくれた若い男性が話しかけるのが見えた。驚きの表情と共に、ヤツがこちらを見る。
 私が立ち上がって会釈をしようとした、まさにその時。
「よお、変態女! 老けたなあ!」
 というでかい声が店内に響きわたった。仕事をしていた社員達が、手を止めて一斉にこちらを見る。中には、明らかに笑いを堪えている人もいた。私はただただ、両手のこぶしを震わせながら、怒りをこらえることしかできなかった。

「メゾン・ド・アマン? ああ、西砂橋の2棟建ってるアパートだな。――おい、丸山まるやま、確か資料があったはずだ。ちょっと持ってきてくれ」
 私から話を聞いた憲二郎は、社員に向かって声をかけた。さっき対応してくれたお兄さん――彼が丸山さんなんだろう――が、それに応える。
「資料って?」
 私が尋ねると、憲二郎はこちらを向いた。
「空室があるんで、お客さんをつけてくださいよっていう資料を、大家さんが各不動産屋に配ってるんだよ。たいていはどこかの不動産屋が、大家から頼まれて物件の管理をしてる。で、そこが資料を作って配るんだけどな。たしか、メゾン・ド・アマンは自主管理だったはずだ。珍しく手作りの資料だったから、よく覚えてるよ」
「自主管理って?」
「大家が自ら管理する方法だよ。管理料を支払わなくてもいい分、大家の取り分は多くなる。ただし、修繕とか入居者とのトラブルとか、全部自分で対応しなくちゃいけなくなって、精神的な負担は増える」
 憲二郎が説明していると、丸山が資料を持ってきた。なるほど、イラストでアパートが描かれ、部屋の間取り図が添えてある。
「この広告、なかなかオシャレだろ? 目を引くものがあって、いいと思うんだけどな。いかんせん、場所もいまひとつだし、間取りも古いし……。そうか、この連絡先になってる岩内って、お前の親父さんだったのか。ふうん」
 憲二郎が顎に手をやって黙り込む。
「あのね、売れるとしたら、どれくらいで売れる?」
 私はもどかしくなって尋ねた。
「どれくらいって、金額か? それとも期間か?」
 憲二郎が顔を上げた。
「どっちもよ」
 私の答えに、憲二郎は手元の資料に視線を戻した。
「そうだなあ。どうだろうな。潰すにしても金がかかるだろうし。ああ、そういやあ、この建物の前の道路、車1台がギリギリ通れるくらいの道幅しかなかったよな? 一方通行だったはずだし」
「ああ、たしかにかなり細いわね」
 先日建物を確認しに行った時、歩いている私の横スレスレを、車がゆっくり通り抜けて行った覚えがある。
「道路付けが悪いとなると、再建築不可かもしれないな。じゃあ、潰せないか。うーん、建物の耐用年数も思いっきり超えてるし……。融資も難しそうだ」
 よくわからない言葉が並び、頭の中をクエスチョンマークが飛びまわる。
「要するに、どういうこと?」
 尋ねる私に、絶望的な答えが返ってきた。
「まず売れないだろうな」
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