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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第1章 A棟103号室 角田昭光さん(2)

 翌日、駅で洋子と落ち合うと、パンケーキの美味しいカフェに入った。休みの日には長蛇の列ができるのだが、平日の昼間とあって、すぐに席に着けた。
「やっぱり都会はいいよねえ。こんなに洒落たお店があるんだもんね。どれも美味しそうで決められないよお」
 メニューを見ながら、洋子が嬉しそうにはしゃぐ。
「私のオススメは、この生クリームとベリーソースがのってるやつかな。それと、カフェラテ。私はもっぱら、その組み合わせだけど」
 私の言葉に、洋子が頷く。
「じゃあ、それにする」
 注文を済ませると、洋子が改めて私の顔を見た。
「で、お仕事辞めたって、どういうこと?」
「まあ、話せば長いんだけどね」
 私は、お水を飲んで喉を湿らせた。
「実は、今年度に入って課長が替わってね」
 そこから、色々と大変な思いをしたこと、十二指腸潰瘍になり、メニエールになり、もう全身ボロボロになったこと。洋子は、私の話を、青くなったり赤くなったりしながら聞いてくれた。途中、パンケーキとカフェラテが到着したが、手つかずのまま放置されている。父との別れやその後の悲惨な状況を話す前に、パンケーキを食べるよう促した。しばしの休憩。
「美味しいねえ、これ。ベリーソースの酸味がいいわ」
 洋子が唇の端に生クリームを付けて、嬉しそうにほほ笑む。その様子に、私もつられてほほ笑んだ。
「うふふ、今日初めて麻奈美の笑顔を見た」
 洋子に言われて、自分がどれだけ追い詰められていたか気づく。友とは実にありがたいものだ。
「さあ、続きを聞かせて」
 パンケーキのお皿が空になったところで、洋子が促した。店員さんがお皿を下げるのを待って、カフェラテのカップを手前にずらす。その取っ手を触りながら、私は口を開いた。

「まったく、何でまたお兄さんの話に乗っちゃうかなあ」
 すべての話を聞き終わり、洋子が呆れたように椅子の背にもたれかかる。
「追い詰められてたのよ。仕事が辞められると思ったら、もう、それしかなくなっちゃって」
 私は、すっかり冷めてしまったカフェラテをすすった。
「それにしてもねえ。売るって言ったって、それまでの間は家賃もらったり、色々しなくちゃいけないんでしょう? 不動産屋さんとか、知り合いはいるの?」
 洋子が空になったカップを弄びながら尋ねてくる。
「いないわよ。それも困ってるとこ」
「そうかあ」
 洋子はカップを置くと、私の顔を見た。
「ねえ、植原憲二郎うえはらけんじろうって覚えてる? ほら、中学の時、ラグビー部の主将やってた子」
 覚えているなんてもんじゃない。私にとっては天敵だ。
「もちろん。あの子がどうかしたの?」
 私の表情が面白かったのだろう。洋子はカラカラと笑った。
「そう言えば、憲二郎には色々えらい目にあったんだったわね」
「うん。私が岩内で、あの子が植原でしょ? 名簿順で並ぶと、いつも私の後ろの席になるのよね。ほんとに迷惑だったわ」
「あの、中1の時のブーブークッション事件は、傑作だったわよね」
「傑作? 何が傑作よ。もうホントに恥ずかしかったんだから」
 あれは英語の授業中。私は先生に指名され、立ちあがって教科書を読んでいた。その間に、ヤツは私の椅子の上にブーブークッションを置きやがったのだ。読み終わって椅子に座った私を待ち受けていたものは……。消してしまいたい記憶ほど、鮮明に頭に残り続けるのはなぜだろう。
「麻奈美、背中に紙、貼られてたこともあったよね? 中2の時だったっけ? 廊下で麻奈美を見かけて、慌ててはがしてあげたのよね」
 洋子とは中1では同じクラスだったが、2年の時には違うクラスになっていた。
「朝イチから、お昼休みに洋子に会うまで、ずっと背中に貼られてたのよ」
 そう、「私は変態女です」と大きく書かれたA4サイズの紙をねっ! ああ、今思い出しただけでも忌々しい。そして、そんなヤツと私は、中学3年間、ずっと同じクラスだったのだ。
 洋子は涙を流して大笑いすると、大きく深呼吸して私の方を見た。
「あの憲二郎が、今、親の不動産屋さん継いで、社長になってるのよ。結構やり手だっていうから、相談してみたらどうかと思って」
「イヤよ。どうしてあんなヤツに相談しなきゃいけないのよ。中学卒業して一番嬉しかったのは、もう二度と憲二郎と会わなくて済むってことだったんだから」
 私のしかめっ面を見て、洋子はまた爆笑する。
「でもさあ、他に不動産屋さん知ってるの? 憲二郎、インターネットなんかも使って、賃貸住宅アドバイザーとかやってるみたいだし。その道では、かなり有名らしいわよ」
 目元をぬぐいながら、洋子が続ける。
「そうそう、憲二郎ね、3年くらい前、奥さんと離婚したのよ」
「そう」
 そりゃ離婚もするだろう。そもそも、結婚相手がいたという時点でビックリだ。
「私、憲二郎がドンキでSM用のムチを買ってるのを見たのよ。それから、セーラー服のパジャマみたいなのも」
「え? 何それ? どういうこと?」
 意味がわからず、聞き返す。すると、洋子が顔を近づけて、声をひそめる。
「奥さんに、おかしなプレーを強要してたんじゃないかな。それで、奥さん、出て行っちゃったんじゃないかって、私は思ってるんだけど」
 なんだ、変態は自分の方じゃないか。よくもまあ、人を変態扱いしてくれたもんだ。
「でも、不動産屋としては、ピカイチらしいわよ。地元誌にもよく取り上げられてるし。うちの父親とも付き合いがあるから、麻奈美のこと伝えておくわよ」
「いいわよ。他を当たるから」
 洋子の申し出をきっぱりと断る。
「まあ、そう言わず、とにかく相談してみなって。ホームページがあるから、住所とか調べて尋ねてみなさいよ。どっちにしても、このまま宙ぶらりんってわけにはいかないでしょ? 店子さんだっているんだから」
 痛いところを突かれて、口をつぐむ。
「売ってくれちゃえば、それで関係も終わりなんだから。ここはビジネスと決め込んで、行ってみなさいよ。何か言われたら、『変態男は黙ってろ』って言い返してやればいいのよ、社員達の前でね」
 洋子はそう言うと、また楽しそうに笑った。
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