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おねえさん大家の人情派日記 ~こんなアパート、いかがでしょう?~ 作者:みづき
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第1章 A棟103号室 角田昭光さん(1)

 私は就職情報誌をめくり、次の仕事を探していた。2人の兄の口車に乗って、うっかり職場を辞めてしまってから早や3日。今住んでいるアパートも、あと1か月弱で解約になってしまう。
 もはや、父から受け継いだ一軒家に住む気も、アパートの大家になるつもりも無くなっていた。一刻も早く、あの「メゾン・ド・アマン」なる厄介な建物を売りはらって、新しい生活を始めなければ。
 今朝、駒田弁護士から宅配便で届いたアパート関係の書類も、手つかずのまま部屋の片隅に置かれている。
 正社員の募集は、やはり34歳までが多い。35歳を超えると転職は難しいという話を聞いたことがあったが、本当だ。さっきから、ため息しか出ない状態が続いている。
 と、その時、スマホがメロディを奏で始めた。画面には「村西洋子むらにしようこ」という文字が出ている。小・中学校の時の同級生。今でも付き合いのある、数少ない幼馴染みのひとりだ。
「もしもし」
 電話に出ると、明るい声が耳に飛び込んできた。
「やっほー、麻奈美、元気?」
「うん、元気。洋子は?」
「元気。ありがと」
 少し間があって、洋子が話を切り出す。
「ねえ、お父さん、大変だったね。一昨日、新聞に社葬の案内が出てたから……。ほんとはすぐにでも電話したかったんだけど、お葬式とかいろいろあるかなと思って」
 洋子は地元の大学を出て薬剤師になり、両親が営む薬局を手伝っている。気にしてわざわざ電話をくれたのか。不謹慎だけど、なんだか嬉しい。
「ありがとう。お葬式は身内だけで済ませたの。私は社葬には出ないから、それでお別れね。なんか、まだ実感は無いんだけど」
「そう」
 洋子はそう言うと、続けた。
「ねえ、麻奈美。昨日の夕方の5時頃、西砂橋駅にいなかった?」
 西砂橋駅は、「メゾン・ド・アマン」からの最寄り駅だ。最寄りと言っても、車で15分ほどかかるのだが。5時頃だったら、あのボロ物件を視察した帰りだろう。
「いたよ。ちょっと用事があってね。何で知ってるの?」
 私が尋ねると、洋子が答えた。
野崎喜美代のざききみよちゃんって覚えてる? 中学校の時体操部だった子だけど」
 たしか色白で手足の長いきれいな子だ。
「覚えてるよ。喜美代ちゃんが、どうかしたの?」
「うん、昨日の夜、彼女から電話があってね。麻奈美のことを見たっていうのよ、西砂橋駅のホームで。喜美代ちゃんは、麻奈美と反対側のホームにいたみたいなんだけど。その……麻奈美が、かなり思いつめた表情してたから、電車に飛び込むんじゃないかと思ってハラハラしたって。麻奈美の実家って、隣の砂橋駅の近くでしょ? どうして西砂橋駅なんかにいたのか、それも気になったみたいで。私が麻奈美と仲いいこと知ってて、教えてくれたの」
 昨日の帰りといえば、真実を知って絶望的な気分になっていた時だ。傍から見たら、そんな表情に見えたかもしれない。どう答えようか迷っていると、洋子が続けた。
「ねえ、何かあった? お父さんが亡くなられて、相続とか……。お兄さん達に、またいじめられたりしたんじゃないの?」
 洋子には、子供の頃から何でも打ち明けてきた。その度に、一緒に怒ったり泣いたりしてくれた、本当に大切な友達だ。最近では、お互いに仕事があって、1年に1回くらいしか会っていないが、関係は昔と全然変わっていない。何だか泣きそうになるのを抑えて、口を開いた。
「うん……ちょっとね。でも、まあ、私も悪かった話だから」
「ねえ、麻奈美。急で悪いけど、明日空いてる? 私、一度そっちに行きたいと思ってて。なんせ、仕事もプライベートも両親と一緒でしょ? 息が詰まっちゃってさあ。たまには都会に出てみたくなっちゃって」
「うん」
「お仕事、何時頃終わるかな? それに合わせるけど」
 洋子が、有無を言わさぬ口調で尋ねてくる。
「ありがとう。私、今無職だから、洋子の都合のいい時間に来てくれたらいいよ」
 私の言葉に、洋子が息を飲むのがわかった。
「無職って…お仕事辞めたの? どうして? まあ、いいか。明日、ゆっくり話聞かせてよ。じゃあ、お昼過ぎにこっちを出るから。2時頃には着くと思うけど、いい?」
「いいよ。駅まで迎えに行くから、電車の時間がわかったら教えて」
「わかった。じゃあ、また明日ね」
「うん。楽しみにしてる」
 そう言って、私はスマホを切った。
 絶望感の中に、少しだけ光がさしたような気がする。洋子は息抜きのようなことを言っていたが、本当は私のことを心配して、様子を見に来てくれるつもりなのだろう。こんなにいい友達がいて、私は幸せだ。――今まで堪えていたはずの涙が、あふれて止まらなかった。
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