「好」
「き」
その二文字が言えない。普段の日常的会話の中には沢山の文字が連なっているけど、この二つはどうしても言えないんだ。
毛利蘭、帝丹高校二年。単純に自己紹介しちゃえばこんなもんね。他に言う事と言えば、空手部の女主将って事。男女差別撤廃はどこへやら。何でまだ頭に女が付くのよ?
「本当、女だから何なのよ!」
私は無意識に机をバンッと叩いていた。どうやら心中で思ってた事が口に出ちゃったみたい。皆もたまにそう言う時無い?
「何一人で力説してんだよ、蘭。」
一人の男子が話しかけてきた。私をファーストネームで呼ぶ男子は一人だけ。
「べ、別にっ。ただの独り言よ、そうよ独り言なのよ。」
「あのなぁ、自分が納得して終わらせんなよ。どこに独り言で机叩く奴がいんだよ。」
「そこら辺探せばいるかもじゃない!」
「どうせ誰かに自己紹介してる場面を想像して、空手部の女主将って言ったりして、頭に何でまだ女が付くのか、とか考えてたんだろ?」
うわ、超大当たり。さすが新一、推理力は卓越ね。…いや、今のはただ単の勘の冴え?
彼は幼馴染みの工藤新一。まぁそれなりに名探偵として有名だけど。ファンレターとかたっくさんもらっちゃって。そん中に女の子からのも入ってるのよ!本当ヒヤヒヤしちゃう。
…て、ヒヤヒヤしちゃうのは好きとかじゃなくて!その、つまり…。
ハイ、好きです。大好きです!本人に聞かれないから暴露しちゃうけど、絶対内緒よ!でも学校では
「夫婦仲良く登下校なんて、妬けるわね〜。」
とかしょっちゅう言われるの。その度に反論する私達だけど、新一の反論の仕方が、あまりに迷惑そうだからちょっとそこが痛いんだ。
(そこまで嫌がらなくたって良いじゃない!)
ってね。こ〜んな些細な事にまで過敏に反応しちゃう位、痛いんだ。新一が他の女子に話しかけられただけで猛烈に嫉妬しちゃう位、好きなんだ。苦しい位。
「蘭、帰ろうぜ。」
「あ、うん。」
いつの間にか、辺りは暗くなっていた。時計を見ると18時。
「大変!早く帰ってご飯作んなきゃ!お父さん絶対怒ってる。」
「お前も何かと大変だな…。」
いつもの帰り道。ふと私は思った。
(皆私達の事を
「夫婦」
「夫婦」って言うけど男子も言ってる=、新一の気持ち知ってて言ってるって事?つまり…つまり…新一って私の事…?)
「バッカねぇ、そんな事あるわけ無いわよね〜!新一に限ってそんな事って…絶対あり得ないわよね!」また無意識のうちに口に出ていた。しかも、当の本人の目の前で。
「あっ…。」
慌てて手を口に当てるが、既に遅かった。
「俺が、何?」
新一が問う。
「あ、いや、だからその…。」
口ごもる。冗談半分で聞いたら答えてくれるだろうか。私は意を決した。
「新一って〜、私の事どう思ってるのかな〜とか思って〜!」
わざとらしく語尾を伸ばしてみた。
「え、何いきなり…。」 ふと気付いたのだが、新一の顔が、心無しか赤く見える。バックの夕日のせいだろうか。
「ん〜、泣き虫で強気で訳分かんない女、かな。」新一はわらいながら言った。え、やだちょっと。そんなに笑わないでよ。その笑顔見てると、私まで赤くなっちゃうじゃない。
「どうした蘭?顔、赤いぞ。」
何だ、もう既に赤くなってたのか。…て、納得してとうすんのよ、私!
「ゆ、夕日のせいよ!それより何よ、訳分かんない女って!」
「はは、悪かったって。でもそう言う威勢良い所が結構蘭らしいと思うぜ?」 「え…?」
『私らしい』?言われた途端恥ずかしくなってくる。 「ね、ねぇ新一!もしかして私の威勢良い所好きなの?」
うわ、言っちゃった!でも自分で自分の言葉にブレーキかけられなかった。
「ん〜、まぁ良いとは思うぜ?」
「だ、だったら…」
この後の続きを言って良いのだろうか。もしかしたら今まで通りに話すことが出来なくなるかもしれない。
…でも良いや。少し位前に進まなきゃいけないもんね。
「その台詞、『私の事も好き』って解釈しても良いの!?」
その瞬間、新一が真っ赤になった。
「ばっ、バーロー!んな意味じゃ無ぇよ!」
なぁんだ、と少しがっかりしたが、改めて新一の横顔を見てみると、やっぱり真っ赤。さっきの私みたい。…え?私みたい?さっきは新一の事考えて赤くなってたのよ?つまり新一も私の事考えて赤くなってたの?
「フッ…。」
軽く笑って、心の中でこう問った。
(さっきの返事、本音ですか…?)
と。
例え違ってたとしても、今はそう思わせて下さい。いつか言う
「好」
「き」の二文字を言うための栄養のためにね。
心までも赤く染めた夕日が静かに沈んで行く。 |