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ビーナス
作:竹仲法順


「冷たーい。やったなー」
 波間でボクが祐希に水を掛けると、祐希が嬌声(きょうせい)を上げ、水を掛け返す。
 ボクたちはしばらくの間、海岸で焼けた灼熱の砂を踏みしめながら、お互いはしゃぎ合っていた。
 ここは太平洋の赤道直下に浮かぶ常夏の島<グルビール島>。ボクたちは八月のお盆休みを利用して、観光に来ていた。
 ボクは普段、新宿にある商社で営業をやっていて、祐希は同じ会社の経理部にいた。つまり社内恋愛というやつである。
 ほとんど欠かさずに出勤していたボクは有給が相当あって、祐希も十分な休みが取れた。それでささやかな夏休みということで、日本からわざわざ暑い島までやってきたのだ。
 島に着いた日の翌日。
 ボクたちはビーチに繰り出して、波と(たわむ)れた。
 ボクはトランクス一枚で海中へと入る。祐希はTシャツの下にその年流行っているビキニを着ていて、シャツを脱ぎ、パラソルの下に無造作に置いて海に浸かった。
 太陽は高い位置に昇っていて、真夏の光線が一際眩しい。
 ボクは海中で水を掻き分け一泳ぎしながら、ゆっくりとした時間を過ごす。祐希は少しだけ泳いで、暑い日差しで日焼けするのがいやになったらしく、早々とパラソルの下に戻っていた。
 やがて沖の手前でUターンしたボクが、泳いで海岸へと辿り着く。
 祐希はパラソルの下で眠っているらしく、両目を閉じている。
 ボクは持ってきていたリュックから、前日ホテルの冷蔵庫で冷やしていたアイソトニックウオーターの入ったペットボトルを取り出し、キャップを捻って呷り始めた。一口口を付けるごとに喉の渇きが癒されていく。
 中空の天辺に達した太陽が正午を(しら)せる。
「そろそろ食事に行かない?」
 ボクがそう提案すると、祐希が、
「いいわね。シーフードでも食べましょ」
 と言い、掛けていたサングラスを取って、軽く目を(こす)る。
 祐希を引き寄せたボクが、自分の唇を彼女のそれにそっと重ね合わせた。
 ボクたちはしばらく口付け合う。若いからか、互いの口の中にある潤いや、恋人同士にとって一番愛おしい感覚を無我夢中で求める。
 口付けが終わった後、おでことおでこをくっつけ合ったボクたちは、ビーチを離れて近くにあるレストランへと歩き出した。
 ボクはじゃりじゃりとした砂が付いたTシャツを着て、祐希も同じくビキニの上からカラーシャツを着ている。
 南国の時間はゆっくりと過ぎていく。レストランもガラガラで、入るとすぐに席に通してもらえた。
「何が食べたい?」
 ボクが祐希にそう訊ねると、祐希が、
「あたし?あたしはシーフードピザがいいわ」
 と言った。
「じゃあ、俺はシーフードカレーの大盛りを頼もうかな」
 ボクがそう言い、近くにいたウエイトレスに声を掛け、片言の英語でオーダーの品を告げた。
「OK」
 ウエイトレスはそう言って伝票の控えを手元に置き、厨房の方へ小走りで駆けていく。
 食事を待つ間、祐希が、
「ここクーラー入ってるみたいだけど、暑いわね」
 と言い、ウエイトレスが持ってきていた氷水をがぶ飲みした。
 ボクもグラスに入った水を飲む。喉が乾いていたので、グラスの中の水はあっという間になくなった。
 しばらくして、カレーとピザが同時に席に届いた。
 ボクは添えてあったスプーンで、タコやイカなどのシーフードが入ったルーと、南国らしい独特のにおいのするライスを掻き混ぜて食べる。祐希はチーズの糸を引きながら、ゆっくりと口へ運んだ。
 ボクたちは食事しながら、二人二様に外の光景へと目を移す。店から見えるビーチは大勢の観光客で賑わっていて、今日も島は蒸し暑い。
 食後に二人で出されたアイスコーヒーを啜りながら(くつろ)ぐ。
 やがて店を出、午後の時間をビーチで過ごした後、水平線の彼方に日が落ちた。夜の(とばり)が下りて、辺り一帯が暗くなる。
ボクたちはホテルへと帰るため、パラソルの下に置いていた荷物を手に取って、宿泊先に向け歩き出す。
 その夜。
 部屋に戻ったボクたち二人は一緒にシャワーを浴びて、昼間付いた磯の香りを完全に洗い落とした。
 そして互いの裸を曝しながら、ベッド上で抱き合う。
 夕食はすでに一階のレストランで済ませていた。二人でカッティングされた肉や野菜が綺麗にトッピングしてある冷麺を食べた。
 裸の祐希はまるでビーナス、女神のような絶妙な体付きを惜しげもなく曝け出し、ボクに見せる。
 ボクは祐希を抱きながら思った。
“こいつの体は熟れ頃だな。完熟したフルーツみたいだ”
 祐希を抱き、セックスをしたボクは、部屋に備え付けてあった冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プルトップを捻り開けて呷る。
 祐希も同様に冷蔵庫からビールを取り出して、一緒に飲む。寝酒が楽しいのは言うまでもない。
 そしてボクたちは朝までぐっすりと眠った。
 夜が更けていくのは早く、あっという間に朝が訪れる。
 それから三日間、ボクたちはビーチに出て、灼熱の太陽の下で過ごした。
 正味四日間しかない休暇はすぐに終わり、日本に帰る日がやってきた。
 帰る前日にボクたちは今回の旅行を記念して、島の目抜き通りにある土産物屋に寄り、お揃いのペアリングを買った。
 互いのイニシャルを入れてもらい、ボクはチェーンを付けて首から提げ、祐希は左手の薬指に嵌めた。
 日本に無事戻ったボクたちは、そのちょうど一月後の九月中旬に入籍した。
 都内の外れに二人で住めるようなマンションを借り、ボクたち二人は新婚生活を始める。
 祐希は退社して、家庭に入った。
 ボクは毎日、新居から会社に通う日々を送り続ける。
 そして祐希の妊娠が発覚したのは、入籍から二月経った十一月だった。
「おめでたなの」
 祐希がボクにそう告げたとき、ボクは嬉しくなり、思わず祐希を抱き寄せた。
 ボクたちはそれから誰にも干渉されることなく、二人きりの幸せな生活を続けた。
 祐希が元気な男の子を出産したのは、翌年の九月だった。
 夏が終わり、涼しい秋風が吹いている。
 休みの日はボクと祐希が交代で子守をした。
 一児の父となったボクはそれからも仕事に精を出し続け、祐希は丸一日子育てに追われて、家族三人となったボクたちはお互い忙しくなった。
 ただ、子供を寝かせた後、眠る前にベッドの上で交わすお休みのキスだけは欠かさない。
 そして季節が移り変わり、時間だけが容赦なしに流れていく。
                    (了)














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