英雄の時代 第一章 (2)
「なぁクルト・・・」
「ん?」
「俺、どうしたらいいんだろーな・・・」
「・・・どうしようもないんじゃない?」
「おいおい薄情過ぎるだろ・・・俺達ゃ大の親友だろ?もうちょっとこう真剣にさ―――」
「キミが真剣にやってりゃ、こんなことにはならずに済んだんだけどね」
「・・・すまねぇ」
結局、図書館を追い出された今に至っても全く宿題は終わらず終いだ。
※
「ねぇイクセル。こうなったら素直にルスラン先生に正直に言うしかないんじゃない?」
実に明快な回答である。だが明快過ぎるのである。
呆れた様な顔でイクセルはクルトを見据えた。
「お前は成績優秀児だから知らないかもしれないけどなクルト、ルスランのじーさまはな、アレ課題忘れるとお前、それこそ火がついたような、こぉんな鬼みてぇな面に――――」
「鬼みたいな顔で悪かったな、イクセル?」
「ああ悪い悪い。あの顔は凶悪そのものだ―――ってぁぁぁぁ!!?」
いつのまにかイクセルの真後ろに長身の老人が立っている。アウスガルド国立学校史学・政治学科教師――――ルスラン・クラフツォフである。
ルスランは長い顎鬚をけったいそうに撫で付けると、イクセルの髪を掴んだ。
「いだだっ!?や、やめ、やめて下さい!!ルスラン先生!!」
イクセルは自分の真っ赤な髪を必死でルスランの手から引き剥がそうと努力するが、ルスランは逃す気はないらしい。
「いいか、イクセル。何度も言うようだが、お前は思慮に欠けている。このように課題を何時までもやらずにそのままにしておくのがいい例だ」
「げっ!?き、聞いてたんですか先生・・・」
「当たり前だこの愚か者。私が普段から云っておるだろう。できることは出来る限り早くやれ、とな」
「いや、でも――いだだっ!!」
「でもも何もあるか。貴様の脳味噌には学習能力が備わっておらんのか全く」
ルスランは愚痴を零しつつイクセルの頭を離すと、今度はクルトに向き直った。
突然自分に矛先が向かったため、クルトはビックリして肩をすくめた。
「クルト。お前にも何度も云っておるだろう、コイツの面倒を確り見ておいてくれと」
「は、はぁ。すいません」
「まぁ―――クルトに愚痴を言っても仕方がないのだが。全てはこ奴に原因があるというのは間違いないのだからな」
そう言うと、ルスランは再びイクセルの方に向き直った。
イクセルは第二ラウンドが来るのかと思い慌てて頭を抑えた。
が、予想に反して老教師は深い溜息を吐くと、静かに告げるのみだった。
「それに今はカールブルク側の奇襲が何時くるかも分からん。あまり子供二人でこのような時間にうろつくのではない。分かったな」
「カールブルクの?」クルトは思わず呟いた。
「返事は?」
「は、はいぃっ!!!」
ルスランの凄みに釣られて二人はほぼ同時に返事した。
「―――宜しい。それでは速やかに家に帰ることだ。ではな」
そういうと、怒れる老教師は足早に夕闇の中へと消えていった。
「ちくしょー・・・なんなんだよどっから出て来たんだよあのオッサン・・・」
イクセルが捨て台詞を愚痴りながら旧市街の方を注意深く眺めた。
「ねぇ、イクセル?」
「ん?」
「実際の所、どうなの?カールブルクとの様子は?」
「んんー・・・オヤジの話だと、かなりヤバイみたいだな。どうやらリメルタやポルセスも中立に立っちまったみたいだしなぁ・・」
「そっかぁ・・」
イクセルの父はアウスガルド軍の伍長である。従って、その息子であるイクセルにも自国の情勢が流れるわけなのである。
ここでシレオン暦800年頃のアウスガルドの様子を少し見てみよう。
※
今まで数々の山々や大森林に守られ、尚且つアルメク大陸中央部から離れているからこそ平和を謳歌してきたアウスガルドだったが、最近はそうでもない。
かつてアルメク大陸一の大国であったモガリッド帝国が内乱戦争によって分裂して以来、アルメク大陸には大小様々な国家が生まれた。その際、いち早く大国にのしあがったのがカールブルクである。
アルメク中部やや東に位置するカールブルクは海産資源にもに於いても恵まれており、軍事・文化共に非常に秀でた国として他国との歴然とした差を常々見せ付けていた。特に近年は野心的な王であるクリスト六世の侵略行為に因って様々な小国がその餌食になっている。
アウスガルドもまた、例外ではない。
元々、アウスガルドという国はモガリッド帝国の内乱を逃れたアウレア民族がアグリア山脈を逃れ、辺境の地に建国した国家である。いままで他国との交流といえば、山脈を隔てたリメルタ大公国やポーレ神聖国との付き合いが細々とある位だった。しかし、最近は航海技術も少しずつ発展しており、アルメク大陸中枢の国々との付き合いも僅かながら始まっている。
それだけなら良いのだが、問題はカールブルクの野心的侵略にもそれが通じる、ということである。
つい先月もカールブルクの船がアウスガルド近海をうろついていたとの報告がある。
生憎、今までアウスガルドは海からの攻撃などが皆無に等しかったため、海軍力は極めて乏しい。
ルスランの言葉を借りれば、何時カールブルクの襲撃が来るとも分からない、正に一種即発状態にこの国は置かれている、というわけだ。
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