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第5話
「――って、なんでこんなことになってるんですか?」

 翌日、私達は昨夜の話し合いの通りに、お城を訪ねて来ていた。
 私の隣で、バルドが苦渋の表情を浮かべている。その髪には、一枚の葉が絡みついていた。

「なんか付いてるわよ」
「ああ、さっき木に登った時のですね」

 私の指摘に苦笑しながら、それを払う。
 私達は今、お城の中の生け垣に身を潜めていた。バルドと小声で囁きあいながらも、注意深く周囲を見渡す。

「これでは、お城を訪ねると言うよりも忍び込むという表現のほうがぴったりですって」
「だって、しょうがないじゃない。他に方法がないんだもの。まさか門前で追い払われるなんて、想定外だわ!」

 動きやすい服装をしていた私達は、知り合いに会いに来たと訴えても、門番の兵士に信じてすらもらえなかった。服装を整えて出直すという選択肢もあるにはあったけど、それを面倒に感じた私は、手っ取り早く裏手から忍び込むことを選択したのだった。

「見つかったらどうするんです?」
「こんにちは、お届け物です! って言うわよ。ノックしても誰も出なかったのでとか何とか」
「何を届けるつもりですか。ノックにしたって無理がありますし、しかもそれでは、どっちみち不法侵入ですよ」

 苦笑しつつも、律儀にいちいち細かく突っ込んでくる相棒に、私は唇に指一本立てて見せ、問答無用で黙らせた。
 ここで見つかってしまったら、それこそ冗談じゃなく何とか言い逃れをしなければいけなくなってしまうもの!
 私の真剣な目に、バルドは渋々といった様子で肩を小さく竦めた。

 人目を避けて、そっと移動する。
 お城の中は、外から見た時も感じたように、かなり広かった。私達が追い返されてしまった正面の門から中央の建物までの間には、徒歩で移動するには時間の相当かかりそうな、整えられた庭園が広がっている。
 ずっと見上げていると首が痛くなりそうな巨大な建物は、まるで雨に打たれたこともないかのように真っ白で、オレンジ色の屋根が遥か彼方に感じた。街もそうだけれど、物語の中に出てくるような、本当に綺麗なお城だった。

 いくつもの扉を用心深く潜り、誰かの足音がすればすぐに頭を引っ込めて、息を殺して城内を彷徨う。
 数えきれないほどの角を曲がり、数えきれないほどの部屋をこっそり覗く。

 ああ、こんなことなら、シャーロッテに城内の見取り図といつもいる部屋の場所を教えておいてもらえば良かった!

 私が、そんなことを後悔し始めた時。

「――!」

 薄く開いた扉の先に、人影が見えた。
 そこは、温室のようだった。透明なガラスに覆われた、柔らかい日差しが降り注ぐ広い部屋。あちこちに観賞用の草花が並べられ、その中央には、円形の噴水までが備え付けられている。

 私達は、そこに佇む人物を確認しようと、息を殺して扉の隙間に額を押し付けていた。刹那、バルドが声に出さずに、目で注意を促す。私は、全神経を背後に集中させる。

 そう、背後。

 ゆっくりと、手を腰に下ろす。
 長いスカートに隠すようにして、それを握り締める。
 そこでやっとで、固い靴が石の床を踏む音が聞こえた。注意していなければ、気付かないほど微かな音だった。

 私は一気に屈めていた身を起こし、銃をホルスターから抜いた。背後に迫っていた相手も慌てて腰に携えた銃に手を伸ばす。

 でも、もう遅い。

 相手の指がグリップに掛かる前に、私は銃口をその額に定めていた。まるでそれから逃れようとでもするかのように一歩後方に引いた相手は、大きくバランスを崩す。

「か弱い乙女を背後から襲うつもり? 卑怯ね!」

 尻もちをついた格好で私を見上げている男は、よく見ればまだ少年とも言える年齢のようだった。
 パサパサの茶色い髪に、丸みを帯びた輪郭。髪と同じく茶色い目を大きく見開いて、ぽかんと口を開けたまま固まっている。

「お、女?」

 私の銃と顔を何度も見比べ、心底驚いたように呟く。
 突然の騒々しい物音に、扉が大きく開かれた。そこに立っていたのは、見覚えのある姿だった。

「エディさん!?」

 腕に白い百合の花束を抱えたシャーロッテが、驚きに声を上げる。

「エディ?」

 それに、銃口を向けられたままの少年が、訝しげに眉を顰める。

「シャーロッテ? 良かった、会えたわ! 私の名前はエデルトリダだってば! それから泥棒よ、泥棒を捕まえた!」
「ちょ、待て、俺はそんなんじゃないって! そっちこそ、陰にこそこそ隠れてたりしててなんか怪しいもんだから……!」

 私の「泥棒」という言葉に、少年は大慌てで両腕を大きく振った。それまで静かに様子を見守っていたバルドが、銃を握った私の手を上からそっと押さえる。

「エデルトリダ、大丈夫です。彼からは、今はもう何も感じません」
「あらそう? バルドがそう言うなら問題ないわね」

 私は起こしていた撃鉄ハンマーを戻し、銃をホルスターに納める。その一連の動作を見開いた目で追った後、少年は、大袈裟に溜息を吐いた。

「あの、なぜ、ここに?」

 動揺を隠しきれないまま、シャーロッテは私達を順に見やり、訊ねる。
 私とバルドは一瞬顔を見合わせて、それからすぐに揃って、服の埃を払っている少年に注目した。こうしてよく見ると、背も私よりも若干低いことに改めて気付く。
 私達の視線を一身に浴びた少年は、訝しげに顔を引き攣らせた。

「な、なんだよ?」
「お先にどうぞ」

 対して私は、にこやかに促す。

「お、俺は、知り合いに会いに来ただけだよ!」
「知り合い? どなたですか? 私が案内を」
「や、いい!」

 シャーロッテの言葉を最後まで聞かず、少年は声を張り上げて否定する。

 ――焦っている。目に見えて、焦っている。

 私達が疑わしい目を向け無言でいると、更に慌てた様子で付け加える。

「って言うか、もういいんだ。ちょっと元気かなーって思って会いに来たんだけど、忙しいみたいだったし! うん、だから俺、もう帰るとこだったから!」

 隣でバルドが呟く。

「嘘が下手ですね」
「うっ……嘘じゃないっての! 信じろよ!!」
「じゃあ、なぜそんなに焦ってるの? シャーロッテに案内してもらえば、相手が忙しくても、少しくらいは会えるかもしれないじゃない」

 再び私達三人に注目され、少年は困ったように視線を彷徨わせた。たっぷり数秒逡巡してから、観念したかのように、大きく肩を落とす。

「その、全部は言えないんだけどさ。俺、ここにいるある人から、人探しを頼まれてんだ。だから、その途中経過の報告をしに来た」
「人探しって、もしかして王子」

 そこまで言ってしまって、私は自分が失敗したことに気付いた。咄嗟に口を押えるけれど、今更では意味がない。

 けれど。

「マジで!? 俺もだ……って、あ! いけね、言うなって言われてたのに!!」

 思わず叫んだ少年も、慌てて口を押える。
 お互いにお互いをそろりと見やり、私達は、気まずい視線を交わした。

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