12、四月参 「うまれる」《完結》
「でも、どうして私に……」
こんな夜に、しかも必ず居るとも限らない相手に、わざわざこのような贈り物を届けにきたのだ。しかも彼女に散々酷い言葉を投げつけたにも関わらず。
そりゃそう思うよな、と日向にも納得がいく。だから彼は言った。この気持ちをどう説明すればよいか分からないが、この場にふさわしいもので、そして自分の本心でもある言葉を。
「……お疲れ様」
「え?」
千景はぽかんと口を開いた。
「役員、一年間。夕真や陽太も世話になったし。なのに、酷い事言ったから」
彼のその言葉に嘘はなかった。何の得にもならないボランティアでの仕事を、あの唾を吐いていたような厳しい老人たち相手に千景が頑張っていたのは事実で、それは素直にすごいと思えた。そういうところに、彼は惹かれたのだから。
「あ、ありがとう……」
あれだけ公民館を否定していた日向の変化に、千景は戸惑っているようだったが、素直に受け取ることにしたらしい。嬉しそうに彼女は微笑み、少しだけ彼女らしい笑顔が戻ってきたことに彼はほっとした。
しかし千景は何かに気付いたように真面目な顔になると、チューリップをじっと見つめ始めた。そしてこんなことを尋ねてきたのであった。
「……チューリップの花言葉って、知ってる?」
「? よく知らねえけど……『博愛』、とかって聞いたことあるけど」
夕真に教えられ、彼女にぴったりだと皮肉も込めて思っていた。日向の答えを聞いた千景は彼をちらっと見た後、再びチューリップに視線を落とした。
「そっか……」
何か言いたげにしながらも、言葉を濁す彼女。慰労会の途中であったし、酔っているのだろうか。何とも形容しがたい笑顔を浮かべると、不思議そうに彼女を見る日向に謎掛けのように呟いた。
「花言葉って、ひとつじゃないんだよ。色によっても、違うし」
この年上の女が何を言わんとしているのか、彼にはよく分からなかった。が、とりあえず酷い事をした自分を軽蔑しておらず、許してくれそうな様子であることには安堵している。
「じゃあ、何の意味があるんだよ」
含みを持った言い方に日向が尋ね返すと、
「なんで赤とピンク、なの?」
今度は唇に皺を寄せた複雑な表情で、千景が尋ね返してくる。
「あ? なんか、女……つうか、あんたが好きそうだったから」
「……」
そこで千景は絶句すると、日向をまじまじと上目遣いで見た。彼もまた、自分が一歩踏み出したことで、これまでに見たことのない表情がこれほど表れるものかと、彼女を凝視してしまう。
「じゃあ、」 そこで千景はまた笑った。今度はいつもの百合などの花に似たしとやかで落ち着いたものではなく、あどけないチューリップのような照れたような笑みだった。
「一本、あげる」
そこで花束から赤いチューリップの花を一本引き抜くと、千景は日向に手渡した。彼は驚いたものの、思わずそれを受け取った。
「私も、日向くんに色々してもらったし……ありがとうね」
そう言った後、日向が「そんなことない」と反論する前に、彼女はぶつぶつと言い訳をする。
「ああ、でもね、植えた時は意味なんて知らなかったし、チューリップなんてよくある花だし、深い意味もなく贈り物に普通に使われてるし」
やや早口にまくし立てる千景を、日向は尚も黙って不思議そうに見ているが、やはり色々な表情が次々に見られるのは面白いと思っていた。彼がそうして黙っているからこそ、彼女は余計に心配になり口数が増えるのだが。
「だ、だから――深い意味は、ないから」
千景はそう言うと、受け取ったチューリップの花束をぎゅっと抱き締めた。
しかしそこまで言われれば、朴念仁の少年でも多少は察することが出来る。
――って……もしかして。
違うかもしれないがそうならば……と顔が気恥ずかしさに赤らんでくる。花言葉など調べねば分からないが、それでもあのハーブの花束に意味を込めて贈ってきた相手が、チューリップの花言葉の意味をやけに気にすることと、この一本の花に込められた意味を考えると。
赤いチューリップの影に隠れた千景の表情は見えない。だがそれは、もう誰にでも等しく注いでいた笑顔ではないのではないか。
それが彼には途轍もなく嬉しかった。あれほど彼女に苛立っていたくせに、心が浮き足立つ。
笑顔以外の表情が欲しいとずっと望んでいた。博愛という等しい愛情の注がれ方では、少年の渇きを癒すには到底足りなかった。彼が欲しかったもの、それはきっと、こういうことではないだろうか。
誰かと感情を共有出来ること。少しずつ解り合って近づいていけること。それが彼の求めていた「救い」の形ではないだろうか。
「チューリップの花言葉の意味……、教えてもらって、いい?」
そこで鎌を掛けるように、日向は千景に問い掛けた。
「――」
彼女は黙った。そしてそれから、高い声で小さく叫ぶ。
「それくらい、自分でしらべなさい!」
そして日向の我慢もそれが限界だった。
子どものように怒った彼女の声に――、彼は遂に、笑い出したのであった。
珍しく、何年かぶりに声を出して。
それをびっくりといった表情で見ていた千景であったが、やがて彼女もまた笑った。恥ずかしそうではあるが、今度こそ花が咲いたような笑顔で。
彼の望んでいた、彼だから見せるそれで。
**********
千景は千景で、日向に詰られてからずっと考えていたのだった。
『どうして、俺に優しくするの?』――その答えを。
母親が居ないために、小さな弟たちの世話を一生懸命している優しい少年が「可哀想」だと同情するのは失礼だと思っていた。
地区の子どもは皆可愛いし、大切だ。その思いは最初から千景の中で変わらない。
あの彼もまだ子どもの部類なのだから、思い切り笑えばいいのに――。思い切り笑って欲しい、どんな顔して笑うのかな。と、強い眼差しを持ち行動と言動に筋が通っている少年のことが、ずっと気になっていた。
それに育った環境からか、彼は考え方も物腰も同世代の子どもより大人っぽく、中学校を卒業する頃には肉体的にも大人に近づいていた。一人っ子の千景には、むしろ自分よりも年上に見えることもあるほどだ。そんな彼にどう接してよいか、いつも声だけは掛け続けていたが、本当は分からなかった。
しかし彼の態度から、自分は彼に嫌われていると千景は思っていた。いつも彼を怒らせてしまい、よかれと思ってしてきたことも詰られた。そして、
『どうして、俺に優しくするの?』
地区の子どもたちには等しく優しくしてきた筈なのに、その問いには答えられない。
――それが何より恥ずかしくて、悔しくて情けなかった。
笑って欲しかったのも、詰られて哀しかったのも、自分にだけ優しくして欲しかったと言われて、どきりとしてしまったのも――、明らかに子どもたちに等しく注いでる以外の、何か別の感情があったから。
しかしそれは大人としても地区の役員としても抱いてはいけないもので、千景の中で誰にも言えない小さな秘密となった。
地域の皆に世話になっているからと、父親の代わりに役員を引き受けた。自分がそうしてもらったように、子どもたちを可愛がろうと決めた。そのためには等しく愛情を注がなくてはいけないのに、その理念に反してしまった。
彼に複雑な感情をぶつけられた後、一年間の全てが虚しく感じられた彼女は、自分を恥じ、悔し泣きした。これで終わりにしようと思った。
しかしその矢先に、彼から一本の電話が掛かってきたのだった。
そして今、渡された赤とピンクのチューリップ。「愛の告白」や「真実の愛」などというものを花言葉に持つそれを、タッジーマッジーの花束を渡したいと思った相手から受け取ってしまい、彼女の心はまた揺れる。理性とは別に。
こんな汚い罪深い感情は、絶対に人には――彼本人にも、内緒にしなくてはいけない。
彼女の胸の内に咲いた花には、他人から見えないようそっと蓋がされた。しかしいくら隠そうとも咲き誇る花の力強い鼓動は、彼女の内側でも熱く鳴り響いていたのであった。
**********
チューリップの花を手にしてひとしきり笑った後、二人は再び顔を見合わせた。
互いの心の中で犯している小さな罪が、許されるはずもない。だからその全てを相手に曝け出することも出来ない。
それでも相手が少しだけ自分に歩み寄ってくれたこと、自分に何か「特別」な感情を抱いてくれているかもしれないことが、単純に嬉しかった。
理想と現実が噛み合わず矛盾していても、健気に前に進んでいく二人の生き方。いつかまたこの醜い欲望が募って膨らみ、爆発する日が来てしまうかもしれないが、少しずつ想いを重ねて歩んでいけたなら。
そして謝罪を終えた少年が、始まったばかりの淡い恋心を伝える代わりに、今宵告げた言葉は、一年間皆のことを考えて頑張ってきた千景にとって、何よりの贈り物であった。
「でも……貧乏クジでしかねえけど、俺も役員――、回ってきたら、引き受けますよ」
「うん。そのときは、一緒にやれたらいいね」
捻くれ者の少年のその言葉に、千景は嬉しそうに微笑んだ。
当人は無力だと思っていても、彼女のその笑顔が人を救うのだ。孤独な心にそっと添えられた一輪の花のように。
――そして、十年後。
この地区出身のある若い夫婦がこの土地に住み着き、夫の方が歴代最年少で公民館長職を引き受けさせられることとなって、再び地区内に花を植えていくのだが――それはまた別の話のこと。
~END~
まずは拙作をここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございました!
企画作品としては良作ぞろいの中で、この漫画ちっくでむずかゆくて地味な設定のブツは非常にお恥ずかしいところですが、自分的には前から書きたかったネタなので楽しんで書くことが出来ました。お世話になった主催者様や関係者の皆様には、この場にて心より感謝申し上げます。
花そして花言葉を中心に、というのが企画様の趣旨でしたが、自分的に前から書きたかった花関連のネタがあったのでそれを採用しました。
1つ目が第3話にあったタッジーマッジーの話(ことば企画でも書こうとしてたけどボツりました)、2つ目が第4話にあった下ネタの話(笑)、3つ目が第8話にあった花壇の手入れが防犯云々の話です(これは本当に取り組まれている地域(市)があるそうです)。
過去作品「Under〜」でもちらっと触れてますが、公民館ネタはなんかもういつか長編連載したいほどでして(博愛でも他に色々ありそうなのにね;ちなみにほんと県とか市とか地区によって組織もやってることも全然違うですよー)、更にこれまた前から書きたかったみんなに優しいおねーさん&三兄弟ネタを引っ張ってきて、花言葉と合わせてこうなりました。
ちなみに花言葉企画参加作品と言うことで、作中で使用した花と花言葉を以下に書き残します。
チューリップ:「博愛」「思いやり」「名声」「恋の宣言」「まじめな愛」
(赤)「愛の告白」、(ピンク)「真実の愛」
あとタッジーマッジーに使ったハーブでは、
タイム:「勇気」「行動力」
カモミール:「逆境の中のエネルギー」
ローズマリー:「あなたが私を蘇らせる」
セージ:「家族愛」「家庭的」
フェンネル:「精神の強さ」
フェンネル以外は企画サイトさんの「花言葉一覧」のコンテンツから拝借、またそこよりリンクされている「花言葉辞典」http://www.hanakotoba.name/様も参考にさせていただきました。
タッジーマッジーについてはこちらが分かりやすいかも→http://www.sbfoods.co.jp/herbs/back/0206/lesson/episode.html
さて実はこのお話ではまだまだ書きたいことがありまして、ここからは企画は関係なく、作者の好みで公民館活動を舞台とした主役2人のほのぼのぴゅあらぶ続編「ハルハナノミ。」を連載し始めました。
恋愛というには華々しい設定でもなく、漫画的な明るいキャラが増えてこのお話とは雰囲気がいくらか異なります。さらには続編単体でも読んでいただけるように本編のエピソードと重複したり削ったりしております。それでもいいよ、と仰ってくださる方は目次に続編へのリンクがありますので、読んでいただけましたら幸いです…。一応、2人の仲は進展する予定です。
また最終話(花を渡したシーン)のすぐ後のエピソードも、個人サイトの方でアンケートお礼SSとしてUPしました。こちらも興味を持っていただけましたら、目次ほか各ページにサイトへのリンクがありますので、遊びにきてやってくださいませ(アンケートへの回答(未記入送信可)が必要となりますがご了承ください。日向と千景を描いてくださったいただきものの美麗イラストへのリンクもあります)。
長いあとがきになりましたが、最後までお付き合いくださり本当に本当にありがとうございました。
◇拍手&簡易メッセ◇
個人サイト(※R15)>「碧落の砂時計」TOPへ
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。