コインロッカーベイビー
とある若い女性が、途方もない大きな夢を持って、遠い故郷から都内の駅にやってきた。
女性は、画家になりたかった。
だが、画家の夢はあまりにも遠く、大きすぎた。今日も実は持ち込みに来たのだが、結局いつものように空振りに終わった。疲れ果てた彼女は、使い古した画材と一緒に駅のコインロッカーにその夢を預けることにした。
「ごめん…ごめんね」
ロッカーの前で、彼女は何度も諦めることになったその夢に謝った。自分で描いた夢のくせに、途中で投げ出してしまうことが、彼女には許せなかった。
それから数年間、その女性はその駅のロッカーを避けて過ごしていた。数年の間に、彼女は都内で仕事を探し、何とか生活できるようにまでなった。そのうち、彼女はそのロッカーのことを忘れてしまった。
そしてある日、彼女はどうしてもそのロッカーの前を通らなければならない用事ができた。
もうすでにすっかり夢のことなど忘れてしまった彼女だったが、ロッカーの前を通り過ぎようとすると、そこで一人の女の子が泣いていた。
(これは、迷子にでもなったのかな…?)
女性も放っておくわけにもいかず、泣いている女の子に話しかけた。
「大丈夫?どうして泣いてるの?」
しかし、女の子は大声で泣くばかりだった。
「名前はなあに?迷子になったの?」
彼女は女の子の背中をさすった。それでも女の子は泣き止まない。
「お母さんはどこに行ったのかな?」
そう優しく尋ねても、女の子から返事はなかった。
途方に暮れた彼女は、ふとロッカーの前の壁に飾ってある、拙い虹の絵を見つけた。それを指差して、女の子に笑いかけた。
「ほら、見て。綺麗な虹。ね?貴方も泣き止んだら、あんなに綺麗な虹が見れるんだよ?」
「ほんと…?」
女の子が泣き止んで彼女を見上げた。彼女はホッとして、女の子の手を引いて拙い虹の絵の前に二人で歩み寄った。
「ほんとだよ。だからね、泣いたら必ず、泣き止まなきゃいけないの。私との約束だよ」
「うん…っ!」
そう言って、女の子は大きく頷いた。やっと笑ってくれた。彼女は女の子の顔を見て、ちょっと泣きそうになった。彼女は女の子を泣き止ませてくれた、虹の絵に感謝した。その絵は、お世辞にも上手いとは言えなかったが、彼女にはとても心強く見えた。
(それにしても、素敵な絵。一体どんな人が描いたんだろう…?)
すると、女の子が彼女を見上げてこう言った。
「お前だ!!」
気がつくと女性は、扉の開いたコインロッカーの前にいた。長旅のせいか、疲れて夢でも見ていたのかもしれない。彼女は視線を落とした。足元の床には預けるはずの画材道具と、虹のような夢が散らばっていた。
(これは、迷子にでもなったのかな…?)
彼女は滲んだ景色の中で、自分との約束を思い出し、再び画材道具を拾い集め出した。