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奥座敷の蜜月

作者: 神楽

 突き抜けるように鮮やかな晴天。賑やかな城下町に何処からか香る甘い匂い。その匂いに釣られ立ち寄るお侍衆、旅の者、奥方達。今日も甘味屋「月見」は大繁盛であった。


「はい、お団子2つ。お待たせしました!」

 元気印の看板娘、お咲の声にも力が入る。

「おっ、ありがとな!やっぱり団子は「月見」だね」

「ありがとね、お咲ちゃん」

「ふふ、こちらこそいつもご贔屓にして頂いてありがとうございます」

「気立てはいいし、べっぴんさんだし……おいらの嫁さんもこんなんじゃなくてお咲ちゃんだったら〜〜つぅうう、痛ってーー!!」

「何言ってんだい、お前さんなんかについてく女はあたしぐらいのもんだよ!でもホント、こんな娘がいたらねぇ……お咲ちゃん、うちの息子の嫁に来ないかい?」

「あ、あはは……考えておきます。あっ、今お茶持ってきますね」


 人気があり過ぎるのも困ったものであった。目の前で繰り広げられる夫婦漫才から脱兎のごとく逃げ出したお咲。とそこへ、

「あ、お咲」

 そそくさと裏へ回るお咲を呼び止めた女が一人。店の女将、お高である。

「お咲、夕方付け届けを頼めるかい?」

「へえ、どちらまで?」

「八楼館、胡蝶の間だよ」

「ああ、華扇姐様ですね」

 高級遊廓の八楼館で花街一との呼び声高い花魁・華扇太夫は、天から授かりし美貌と歌声で数多の男を虜にしてきた「月見」の贔屓客であった。

「渡したら家に帰っていいからね?物騒な場所なんだからあんまり遅くなるんじゃないよ」

「わかりました、女将さん」

 いつものように守られる事の無い約束であったが、お咲は笑顔で頷いたのだった。


「おいでなんし」

 促され中に入れば妖艶な美女が唇を挙げ凛と座っていた。傾国の美女、華扇太夫。

「毎度言ってるけど、あたしは売り子で客や禿じゃ無いの。廓詞で話しかけないで頂戴。」

 お咲はまるで客とは思っていない風にすとんと腰を下ろし、不機嫌そうに華扇を指差した。

「ふふ……そうだったわね。よく来てくれたわ、串使い」

 通り名を呼ばれ目を細めるお咲。先ほどまでの明朗な乙女はどこへやら。今いる娘は闇の雰囲気を纏った完璧な裏の人間であった。


「番傘、今日は二人だけ?」

「ええ、そうよ」

「人形師も煙管も仕立屋もいないなんて珍しいね」

 足を崩し団子を頬張る串使い。

「今日は場所が場所だから姐様方にはご遠慮頂いたの」

番傘と呼ばれた華扇が上座から茶を煎れ差し出した。串使いは団子を食べつくし、高いであろうその茶を遠慮なく飲み干す。

「……場所が場所?」

 嫌な響きだ、とばかりに串使いの片眉が跳ね上がった。

「この中なの。行けばわかるわ」

 世界中の男が振り返りそうな艶やかさで番傘は微笑んだ。


 その後、新造のお仕着せを強制され無限回廊を連れ回された串使い。一杯喰わされたかといよいよ案じ始めた頃、ようやっと辿り着いた場所は日が落ち数刻経ってなお紅い紅い奥座敷であった。

「ここよ」

「ここで何があった?」

 座敷の中央、陽炎のように揺らめく黒き影。この世のものでないそれは障気と呼ばれ、人を害するモノ。串使いは眼を凝らし尋ねた。串使いの眼の良さに舌を巻きながらも番傘は答えた。

「男を殴り殺した女が舌を噛んで自害したわ……」

「……そう」

 串使いはちらりともせず短く応えて頷いた。人の内なる負の感情に寄せ集められる障気。障気は時として人に直接仇なす怨霊を呼んだ。怨霊は人を襲い生気を吸う。幕府が秘密裏に組織した怨霊討伐隊、それが番傘や串使いたちだった。


「来たわ!」

 番傘が鋭く告げ花魁とは思えぬ素早さで奥へ回り込む。障気が割れ、中から美しい振袖を纏ったどす黒い狂骨が現れた。生前女性だったであろうそれは、髑髏から伸びた長い髪を乱し嘲笑うようにカタカタと震えだした。獲物を携えじりじりと睨みあう女達。


「疾っ!」

 一番最初に動いたのは番傘だった。室内での戦いのためいつもの番傘ではなく、小回りのきく舞傘を陰陽術で包み、突剣のように使い飛び出した。

 膨れ上がった番傘の殺気に落ち窪んだ眼窩を向け、するりと避ける怨霊。番傘を支援しようと投げた串使いの銀製串の一つが怨霊の着物を微かにかする。

 ――ウオオオオッ……!

 大事な一張羅を傷つけられ怨霊が雄叫びをあげた。ボッという音とともに目に青白い炎を宿らせ、ぐるんと首を回し憎々しげに串使いを睨む。

 追いかけてくる怨霊を視界に入れ串使いは怨霊を引き付けようと走りだし――

 ずべしゃあっ!

 ……盛大に転んだ。


「ちょっ……何やってるのよ!お馬鹿さん!――破っ!」

 ごうっ!どがしゃ!

 急ぎ駆け寄った番傘が、串使いと右腕を大きく振り上げる怨霊の間に割り込み傘を開いた。事前に乗せてあった陰陽術が反応し爆風が起こる。防御の構えをとっていなかった怨霊が吹き飛ばされた。


「ご、ごめ……こんなの着たことなかったから裾踏んじゃって」

 むくりと起き上がり頭を振れば悔しげに眉を下げる串使い。町娘の串使いにとって新造の着物は重く動きにくいものだった。

「煙管姐様がいらしたら怒鳴られていたところよ。しっかり挽回しなさいね。……今ので骨の一本や二本折れててくれると嬉しいのだけど……」

 もくもくと埃を立てる怨霊の着地点から全く視線を動かすことなく、それでも番傘はくすりと微笑み余裕を見せた。


 ――ゆらり。

「あらら。やっぱり舞傘は威力がないわね」 再び現れた人影に傘を閉じ、顔をしかめて立ち上がる番傘。

 ――ウォアアアアッッ!!

 吠え、一瞬で距離を詰める怨霊。

 ぶんっ!がきんっ!

 狂骨の左足が繰り出す回し蹴りを番傘が舞傘で受け止め弾き飛ばす。

 ばっ!ずさっ!ずさっずさっ!

 番傘から剥がれた怨霊に前へ出た串使いが串を撃ち込んだ。堪らず一歩下がる怨霊。

 ……狙い通りだった。

「悪いけどそこはあたしの領域だから……」

 串使いは手元に残った串の一本を畳に突き刺す。串使いが刺すと同時に畳に刺さっていた他の五本の串が淡く光りだした。その中には先ほど怨霊の振袖を掠めたものもあった。

『ひふみよいむ』

 ――ウガガガガガアァ……

 捕縛された怨霊は髑髏を抱え不協和音を奏でる。

『祓霊の陣』

 力ある言葉に呼応して六本の串を頂点とした六芒星が描かれる。閉じ込められた怨霊が出ようと暴れるが溢れる光に邪魔された。一度結ばれた祓霊の陣からは決して逃れられない。

「……もう逝け……」

 ぱりん。何かが割れる音がして崩れ落ちた怨霊は輝く灰となった。一陣の風が何処からともなく吹き入り、灰となった怨霊をさらさらと飛ばした。

(ありがと……姐さ……)

 鈴の音のように小さな声は風に霞み消えていった。


「……ここにいたのはね、私の新造だったんだよ」

 怨霊が祓われ、宵に包まれた部屋で番傘が口を開いた。静けさが戻った空間にぽつりぽつり紡がれる声が響く。

「つまらない男に春を散らされて……死んじまってさ」

 番傘は表情を変えずに淡々と続ける。

「ありがとね、串使い」

 華扇太夫の顔に戻った番傘が潤う唇に美女の微笑みを浮かべた。

「ふん、あたしは貰ってる分の働きをしただけだよ」

 退屈そうに頭をかく串使いだったが、髪から覗く耳は仄かに赤く染まっていた。

「ああ、そういえば足は大丈夫?何も無い場所で転ぶなんて……ふふ、可愛いんだから」

「う、うるさい!これが重くて動きにくいのが悪いんだから」

 真っ赤になって喚く串使いは年相応の乙女に戻っていて、何だか楽しくなった華扇はついついからかってしまうのだった。

「だって、お咲ちゃん……こんな場所を咎められずに歩き回るためには、貴女にこの格好してもらうしか無かったのだもの。仕方ないでしょう?」

「ぐっ……早く胡蝶の間に戻るわよ!……ああもう……脱ぐまでその名前で呼ばないで!」

「はいはい。どうせ泊まっていくのだからゆっくりでいいのに」


 今日お咲らが暴れた座敷は改装され、何事も無かったかのように新たな女を迎えるのだろう。そこではまた永久の地獄に泣く女と一夜の天国を買う男が愛を囁きあい、守られるかどうかもわからぬ約束を交わす。終わる事の無い蜜月に彼らは何を思うのだろうか。


「こんな高そうなの着てたら肩が凝るの……」

 お咲きはぶつくさと呟き、流れるような所作で立ち去った華扇に続いて、振り返ることなく、座敷をあとにした。


《fin》

独特な言い回しなので補足です。


・廓詞=花魁言葉

・禿=花魁の雑用をする少女

・煙管=キセル

・新造=花魁の妹分

・狂骨=スケルトン

・髑髏=しゃれこうべ



閲覧ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 企画のタグから流れて来ました~。 バトルシーンカッコイイです。
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