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ツキノセ 作者:
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新しい風 - 1

「あなた、誰?」
 薄く赤色を帯びた瞳に、同じく薄い赤を帯びた透き通るような白髪。目鼻立ちの整った顔に少女の幼さはあまり感じられず、その唇から発せられた声も、落ち着いた女性のそれを感じさせた。
「あ、え、えと」
 私は思わずたじろいだ。だって、まさか部屋に人がいるとは思っていなかったから。あの執事さん、部屋に人がいるなら一言言ってくれれば良かったのに。愚痴をこぼしたいところではあったが、私は一先ず自分に投げかけられた問いに答えることを優先した。
「今日からここでメイドをすることになっ……たのかな、多分。はい!メイドをすることになりました、阿實(あざね) 鈴花(すずか)と申します!」
 何だかぎこちない自己紹介になってしまった。多分とか言っちゃったし。そんなぎこちなさを誤魔化すように、取り敢えず名前は元気よく名乗ってみた。
「新しい使用人? それにしては随分若いようですが……誰かの妹さんかしら」
 私の自己紹介を聞いて、それまで暗い表情だった彼女の顔が引き締まった。先程私が見た、あの寂しそうな顔はまるで見間違いだったのではと思う程の凛々しい表情に、少しばかり萎縮してしまう。
「あ、えっと、そうじゃなくて、アルバイトの広告を見て応募したんです」
「アルバイト? 月之世家は使用人のアルバイトを募集していない筈だけど……」
「えっ!?」
 やっぱり間違えた!? 彼女が怪訝そうに私を見詰めてくる。でも、それならこんなにあっさり家の中に入れて貰えない筈だし、というか執事さんは私が応募してきたことを分かってくれたような反応だったのに――
「あ、ああえぇえと、えっとですね」
「まぁ良いでしょう、怪しい方には見えませんし。月之世家当主、月之世聡の娘の綴です。宜しくお願いしますね、阿實さん」
「へっ?」
 私の混乱する思考を、穏やかな彼女の声が遮った。今なんて――当主の娘? ということは、この家のご主人様の娘さんということだから――お嬢様!?
「よ、よろしくお願いしますッ! 綴お嬢様ッ!」
 自分の予想を遥かに上回る大声が出てしまった。しかも思いっきり九十度のお辞儀。これでは体育会系の挨拶だ。何やってるんだろう私。さっきからメイドらしさの欠片も無い行動ばかり取っている気がする。体を九十度に曲げてしまっているので、綴さんの顔が見えない。ああ、きっと『何この暑苦しい新入りメイド超引くんですけどー』みたいな顔をしているに違いない。私はドン引き顔の綴さんを心に受け止める覚悟を決めて、恐る恐る顔を上げた。
「ふっ……く、くく、よ、宜しくねっ……」
 すごい笑ってる!
 ドン引き顔よりは遥かに精神的ダメージの少ない顔だったけど、これはこれで先程の自分の行動が如何に滑稽だったかを思い知らされてとても恥ずかしい。なんということだ。何もかもが私の予想していたメイド生活のスタート地点から離れている。私の予想ではもっとこう、「あらあら、かわいい新入りさんね」なんて言葉を掛けられて、私は少し照れながらも「勿体無いお言葉で御座います」とか返しちゃったりする筈だったのに――ぽかんと口を開けて佇んでいると、ようやく笑いの収まった綴さんが口を開いた。
「ご、ごめんなさい。こんなに元気の良い挨拶をしてくれた新人さんは今までいなかったものだから」
「あ、あう……」
 やっぱり変だったんだ。恥ずかしさで自分の顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。この先私は、バイト初日に暑苦しい挨拶をした体育会系メイドとしてネタにされ続けるのだろうか。
「そんなに落ち込まないで。正直、最初は採ったこともないアルバイトと聞いて警戒してしまったけど、先程からの貴女の反応を見れば、悪い人間でないことくらいは分かります」
「え?」
 たじろぐ私に、綴さんはゆっくりと近付いてきて――
「とても素敵な挨拶でしたよ。これから宜しくお願いしますね」
 私に手を差し伸べて、ふわりと微笑んだ。
「……は、はいっ! 私頑張ります! よろしくお願いしますっ!」
 私は嬉しさのあまり、思わず綴さんの小さな手を両手でがっしりと握り締め、またも暑苦しい返事をした。彼女のこちらを優しく包み込むような笑顔に、先程の恥ずかしさなどはどこかへ消えてしまった。何だか無礼なことをしているような気がするけど、この人なら許してくれるんじゃないかという気分になってしまい、私はしばらく彼女の手を握りしめたままだった。


「須藤がここに? 一体どういうつもりなのかしら……」
 自分が受け入れられた喜びをひとしきり体で表現し終えた私は、ようやく落ち着きを取り戻し、綴さんの部屋の椅子を借りて腰を下ろしていた。そして、私がこの部屋に案内されるに至った経緯を彼女に説明している。
「特に何も説明されずにここに案内されましたけど、綴お嬢様もアルバイト募集のことは知らなかったんですよね?」
「ええ。先程も言いましたが、月之世家はアルバイトは雇わないのです。専門学校や高校、大学に求人を送って、それに応募してきた人間の中から、雇用する者を選出していますからね」
 綴さんは言い終わると、それと、と付け加え、
「『綴お嬢様』は少し堅苦しいわ。歳も近そうですし、名前だけで構いませんよ」
 そう言って軽く微笑んだ。
「そ、そうですか? じゃあ、綴様で……」
 そして、私も綴さんの真似をして、それなら、と付け加え、
「私のことも名前で呼び捨てにしてください。あ、それと敬語も大丈夫です。なんか、その方がメイドっぽいかなーって」
「そう? じゃあ折角だし、そうさせてもらうわね、鈴花」
 少し馴れ馴れし過ぎたかなと思ったが、綴さんは快く承諾してくれた。こっちの方がお互いの距離が縮まって、早く親しめるかなと思い切って提案してみたが、綴さんが良い反応をしてくれたのでほっとする。何だか、前に読んだ漫画に似たような関係の主人公がいたな、なんてことを思い出し、ちょっぴり嬉しくなる。
「それで、鈴花はどこでアルバイト募集の広告を見つけたの?」
「えっと、うちの中学校って一部のバイトならおっけーなので、校庭に広告掲示板があるんです」
 その『一部』を私は詳しく知らないが、基本的にその掲示板に掲載されているバイトなら応募しても良いらしい。と言ってもその数は少なく、新聞配達やチラシ配り、郵便物の仕分けなどが大半を占めている。
「私、アルバイトには興味無かったんですけど、数日前にここの広告がいつの間にか貼られているのを見つけて応募してみたんです。実は、ちょっとメイドさんとかに憧れてて」
そう、私は一度メイドさんというものを体験してみたかったのだ。少年漫画などでは敵組織から主人を守る為に戦い、日常物ではきりっとして気の強いお嬢様の唯一の理解者だったり――勿論、現実ではそんなロマンティックな体験など出来ないことは分かっている。それでも、一度だけで良いからメイドさんの気分を味わってみたかったのだ。
「ふぅん、メイドに憧れるって変わってるのね。毎日洗濯や掃除に追われているのを見ているから、尊敬はしても、なりたいと思ったことは無かったわ」
「あはは、確かに綴様みたいにお嬢様だと、洗濯とかお掃除ってあんまり馴染みが無さそうですよね」
 あんまりというか、そもそもしたことが無いんじゃないだろうか。
「む、私だって洗濯くらいしたことあるわ。……一回だけ」
「えっ、そうなんですか?」
 どうやら違ったらしい。綴様はぼそりと呟くと、少しだけ頬を膨らませた。その仕草があまりに少女らしかったので、内心驚いてしまった。初めて彼女を見たとき、歳は私と変わらなさそうなのに、成人した女性のような雰囲気を纏っていたからだ。その風格に少々戸惑っていたのだが、年相応な反応もすることが分かったので、少し安心した。
「でも、私が自分の分を干している間に、メイドが残りの洗濯物を全部干してくれて……なんだか恥ずかしくなって、それ以来、出過ぎたことはしないようにしたわ」
 苦笑しながらそう付け足した綴さんの顔は、僅かに赤くなっていた。そのときのことを思い出して、恥ずかしくなってしまったようだ。
「ふふっ、綴様って、結構可愛らしいところあるんですね」
「なっ――」
 思わず口をついて出た私の言葉に、綴さんの顔色がますます赤くなった。
「あっ、ご、ごめんなさい。こんな風に言われるの嫌でしたか?」
「う、ううん。ただ、貴女みたいに年齢の近い人にそういう言葉を掛けられたことが無かったものだから、慣れなくて」
 そう言った綴さんの顔は、照れているのか困っているのかよく分からない表情をしている。もしかしたらこの人、本当は凄く表情豊かな人なのかもしれない。
「そういえば、私達くらいの年齢の子って他に見当たらないですよね。綴様って一人っ子なんですか?」
「――」
 綴さんの表情が、強張った。その反応を見て、私は触れてはいけない話題に触れてしまったのかと思い、たじろいでしまう。
「あ、あの……すみません。私、もしかして訊いちゃいけないこと……」
「ううん、大丈夫。戸惑わせてしまってごめんなさい」
 私の心配そうな視線に気付いたのか、綴さんは僅かに苦笑して私を気遣ってくれる。だがその表情は、私がこの部屋に入ったときに目にした、寂しそうな少女の顔だった。
「……妹がね、一人いるの。今は訳あって、家にはいないけれど」
 そう話す彼女の声はか細く、歯切れが悪い。亡くなっていたわけではないことが分かり、少しほっとするが、綴さんの様子からして、何か深い事情があって妹さんが不在になっていることが分かる。そのことはとても訊く気にはならず、私は言葉に詰まってしまう。
「綴様……」
「ごめんなさい、妹のことはそのうち話すわ。それより、鈴花のことを教えてくれない? 私は学校というものに通ったことがないから、どんなところなのか興味があるの」
 ぽん、と手を叩いてそう提案した綴さんの顔は、元の穏やかな表情に戻っていた。私も綴さんが話したくないことを無理に訊こうとは思わなかったし、彼女からの丁度良い提案に乗ることにした。
「うーん、私のことですか? もしかしたらそんなに面白くないかもしれないですけど……」
「面白くなくても良いわ。聴かせて?」
 ずい、と綴さんが身を乗り出してくる。正直自分の話をするのはあまり気が進まなかったが、彼女のあの寂しそうな顔を見るよりはずっと良い。私はこほん、と咳払いをして、今日までの自分について話し始めた――。
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