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ツキノセ 作者:
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私の妹 - 5


「では、何か御座いましたら、いつでもお呼びください」

 失礼致します、と一言添え、須藤は部屋を出て行った。廻と父が出発した後、様子のおかしかった私を案じて、メイドが須藤に報告をしていたらしい。気分を落ち着かせる効果のあるハーブティーを用意して、私の部屋まで様子を見に来てくれた。まだ冷静さを欠いていた私は、廻が連れて行かれたことを父の悪意によるものだということを全面的に押し出して話してしまったが、須藤はそれについて咎めるようなことはしなかった。私は須藤を信頼しているが、彼の中では父は絶対的な存在なのだろうと勝手に認識していたので、黙って私の愚痴を聴いてくれたことは少し意外だった。そのお陰で私も少し落ち着きを取り戻し、私の話を聴いてくれたことと、ハーブティーのお礼を言って、須藤には仕事に戻ってもらった。正直、今すぐにでも廻を連れ戻す手助けをして欲しいと懇願したい思いだったが、彼は月之世家に仕える執事であって、私個人の召使ではない。当主である父の意志に反する行動を取ることは不可能だろう。だから私は先程の須藤の言葉を、「執事としてできることがあれば」という意味で捉えることにした。

「廻……」
 机の上に置いてある写真立てを手に取る。写っているのは、照れくさそうに笑う廻と、その姉である私。廻はいつもこんな風に笑っていた。私のよく知る廻の笑顔だ。だが、私が最後に見た廻の顔は、この笑顔とは正反対の辛そうな顔だった。――お姉ちゃんは私のことを理解してくれないの?――そう言いたげな、悲しみに満ちた表情。そんな顔を向けられていたのが姉である自分だとは、認めたくなかった。
「お姉ちゃんは優しいから、か」
 廻は、自分の絵や行動を褒められるのは、私が優しいからだと言った。当然、私は情けで廻を褒めたことなど一度も無い。純粋に廻の絵が好きだったし、彼女の気配りにはいつも助けられていたからだ。そんな思いやりの心を持っている妹を、私は誇りに思っているのだ。
 だが、廻にその思いは伝わっていなかった。自分は月之世綴の妹だと胸を張って言えない、自分の才能は姉の情けで褒められるようなもので、他人に自慢できるようなものではないと、廻本人の口からそう告げられた。あの廻の真っ直ぐな瞳から、本人の意志からその言葉は紡がれているのだと理解できた。だがそれと同時に、私の廻への思いが理解されていなかったことを知ったとき、私の胸は張り裂けそうになった。長年過ごしてきた姉妹の時間にひびがが入り、音を立てて崩れていく感覚。それを実感したくなくて、廻にあんなことを言ってしまった。
「結局、私たちはお互いのことを何も分かっていなかったの……?」
 私は写真を見ながら呟いた。勉強の様子も、胸に抱いていた廻の思いにも、私は気付いていなかった。本当は、妹のことなど私は何一つ分かっていないのかもしれない。信頼しあっているというのは私の独り善がりで、廻は私のことを信頼なんてしていなかったのかもしれない……。
 負の感情が混ぜ合わさり、出口の無い闇を形成していく。私はこれからどうすれば良いのだろう。廻が離れてしまったことにより、月之世綴という人間の根本が大きく揺らいでいる。勉強を頑張っても、廻がお疲れ様、とお茶を淹れてくれることは無い。休日に新しく描いた絵を見せてくれることも無い。人形遊びをする相手もいない――。
「……ああ」
 そうか。そうだったのか。
 私は、ようやくある事実に辿り着いた。私は廻のことが大好きだったし、廻の優しさも、可愛らしい絵も、紅茶の淹れ方も……廻の全てが好きだった。そこに偽りは無い。だが、その行動を取っている廻自身の気持ちを考えたことはあっただろうか。いや、考えてはいたのかもしれない。しかし、私は勝手に、「廻は自分の好きなことだけをやっていれば幸せだ」と、無意識のうちに決め付けていた気がする。だから、廻の思いに気付けなかった。姉と並べるような存在になりたいという望みに気付いてあげられなかった。そして、その望みはもう叶っているという言葉も掛けてあげることもできなかった。
 つまり、私は――

――自分の中の「月之世廻」という人物像を、妹に押し付けていたのだ。




「えー……っと、ここ、だよね」
 私は、とある洋館の門の前に立っていた。学校の授業が終わり、中学校からバスに乗って約四十分、バス停で降り、そこから更に田舎道を歩いて五分程の場所――周りには木々が生い茂り、他の住宅は一切立っていない。その所為か、この館の周辺だけ、現世とは隔離された世界にあるのではないかという錯覚さえ覚えた。
「って、そんなわけないのにね」
 頭に浮かんだおかしな妄想を否定して、私は改めてその洋館を見上げた。ヨーロッパにでもありそうな、とても大きくてお洒落な建物。門の隙間から見える庭は、ここからでもよく手入れされているのが分かる。きっと、メイドさんか執事の人、はたまた専属の庭師さんがいて、毎日綺麗に手入れしているに違いない。今からこの洋館にメイドとして足を踏み入れることになるのかもしれないと思うと、少し怖気づいてしまう。
「いやいや、折角ここまで来たんだし」
 私は意を決して、門の横にあるインターフォンを押した。ピンポーンというどこにでもありそうな音がした後、少ししてから女の人の澄んだ声がインターフォンから聞こえてきた。
『はい、どちら様でしょうか』
「あ、えっと、阿實あざねと申します! アルバイト募集の広告を見て来ました!」
 緊張していた所為で、声が不自然に大きくなってしまった。落ち着きのある相手の人の声と対照的になってしまって、少し恥ずかしくなる。
『……アルバイト、ですか?』
「えっ、あ、はい」
 女の人の声が少し怪訝そうな色を含んだ。もしかして来る場所間違えた!? 私は咄嗟に、制服のポケットからスマホを取り出して、写真に撮っておいたアルバイト募集の広告を表示させたが、住所はここで間違いない。それなら、やっぱり電話で連絡も無しにいきなり来たのがまずかった? でも、電話番号なんて書いてなかったし――私は余計に混乱して、一人で慌てふためいていると、再度女の人の落ち着いた声が聞こえてきた。
『失礼致しました。今執事がそちらに向かっておりますので、そのままでお待ちください』
「うええっ? あ、はい……」
 さっきからえーとかうーしか言えてないな、と自分に突っ込みを入れつつ、私は胸を撫で下ろした。もしかして、今の女の人はアルバイト募集の広告のことを知らなかったのだろうか。それとも、こんな町から離れた場所に応募者が来るとは思ってなかったとか――? どちらにしても、私が間違っていたわけではないことが分かって安心した。そんなことを考えているうちに、門が音を立てて開き、そこに一人の男の人が立っていた。
「わっ! あ、え、えっと」
「お待たせ致しました。どうぞこちらへ」
「あ――」
 男の人は私の姿を見つけると、館の方を指して早々に歩き出してしまった。私は遅れてしまわないよう、男の人の後ろに着いて行く。この人が、さっきインターフォン越しに女の人が言っていた執事さんだろうか。六十歳後半くらいに見えるけど、歩き方はしっかりしていて、体格も鍛えてあるのが服装の上からでも分かった。もしかして、執事の仕事って物凄く大変……?
「お入りください」
「はっ、はい。お邪魔します」
 考え事をしていると、あっという間に館の扉の前だった。執事さんに案内され、私は館の中へ足を踏み入れる。

「うわぁ……」
 思わず感嘆の声が出た。館の中は、外から見たイメージそのままだった。エントランスの中央から伸びる、大きな階段。そして、真ん中から二手に分かれて、二階へと続いているのが分かる。天井には――シャンデリアというやつだろうか――きらきらとした照明が飾られており、エントランスを華々しく照らしている。まるで、お話の中に出てくる家みたいだ。思わず見惚れていると、執事さんは私の前を通り過ぎて歩き出した。
「更衣室へご案内致します。こちらへどうぞ」
 そうだった。アルバイトに応募したのだから、まずは面接をする為に更衣室に――って、
「……はい?」



「……どういうことなの」
 私です、何故かメイド服を着て、ある部屋の前に立っています。と、心の中で生中継の実況のようなことをしてしまう程度には、頭の中が混乱している。
 更衣室に案内された私は、執事さんからメイド服を手渡されると、訳の分からないままそれに着替え、訳の分からないままこの部屋の前へと案内された。この部屋へ来る途中、何人かすれ違ったメイドさんに「頑張ってね」と声を掛けられ、執事さんも私を案内した後は「では、よろしくお願いします」と言い残して去ってしまった。
「ご、合格したってことで良いのかなあ」
 そんなこんなで、私はとある一室の前に立っている。そもそも、何をしたら良いのか。この部屋を掃除すれば良いのか、それともこの部屋の前でずっと立ち尽くしていれば良いのか――取り敢えず後者は無いなと判断して、私は部屋に入ることを決意した。
「うう……」
 心臓の音が意識しなくても分かる程大きくなっている。一体、この部屋に何があるのだろう。わざわざ真っ先にここへ案内したということは、きっとそれなりの理由がある筈なんだ。まさかとんでもなく汚い部屋だったり――
(ううん、考えててもしょうがない!)
 私は頭を振って余計な考えを排除した。もうここまで来たんだから、今更怖気づいてどうする。自分にそう言い聞かせ、私はドアノブに手を掛た。そして、ゆっくりと扉を開いた先には――

「あなた、誰?」

私と同じくらいの年の女の子が、寂しそうな顔でこちらを見つめていた。
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