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ツキノセ 作者:
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真実へ - 2

ご閲覧ありがとうございます。
 市立藤林高等学校・中等部。
 全校児童三百人程度の、周りを林で囲まれたこの学校に、私こと阿實鈴花は通っている。
「おっつー、今日もバイト?」
 放課後、クラスメイトの琴瓜ことうり まいが短い黒髪を揺らしながら、いつも通りの軽い調子で私の席まで来た。
「うん、バイト」
「若い内から大変だぁねぇ」
 わざとらしい老人声。
「楽しくやってるから良いんだよばあちゃん」
 使用人としての仕事なんてほとんどやってないようなものだし、と心の中で補足する。
 私は手早く勉強道具を片付けて席を立った。最近の綴ちゃんは元気がないので心配だ。
「うー、すずと遊べんのはいつになるんだー」
 ぐったりと私の机に突っ伏してしまう我がクラスメイト。
「ごめんねー。でもことちゃんだって最近ネトゲはまっちゃったんでしょ?」
「それとこれとはちがーう」
 今度は私の腰にしがみついてくることちゃん。
 源次さんに言えばきっと休みなんていくらでもくれるのだろうが、綴ちゃんが気になるのでそんな気にはならなかった。ことちゃんには申し訳ないけど、しばらくはネットゲーム世界の住人との交流で我慢してもらおう。いや、きっと私以外のリアル友達もいっぱいいると思うけど。
「よさぬか琴。鈴が困惑しているであろうが」
 そう、この人とか。
「えーすずはこんくらいじゃ怒ったりしないもんねー」
「優しさに胡座をかくでない。ヒモになるぞ」
 古風な口調でことちゃんを咎めるこのクラスメイトは、清洲院せいしゅういん 菖蒲あやめ。腰まで伸びた小紫の長髪をゆらめかせ、腕を組んだ姿勢でことちゃんを見下ろすその様は、私より背が低いとは思えない威厳を放っている。
「鈴、こやつめの相手は私がする。気にせず征くが良い」
「ご、ごめんね清洲院さん」
「菖蒲で良いと言うに。それとな――せいっ」
「ぐえ」
 清洲院さん改め菖蒲ちゃんは私に笑いかけながら、手練れた様子でことちゃんを引き剥がす。
「こやつの味方をする気は皆目無いが、実を言うと私も寂寥感を覚えぬとも言い切れん。鈴にその気があれば、また戯れに興じてくれんか」
「もちろん。今度一緒に遊びに行こうね」
「おいこいつ私と言ってること変わんないぞぉ!」
 菖蒲ちゃんに首を固められたことちゃんが、じたばたとその場で抗議する。
「たわけが、お主のは強引に過ぎる。犬が人間にじゃれついてくるのと変わらん。いや、"待て"が効かぬ分お主の方が始末に負えんな」
 うがー、とことちゃんは尚も吠える。「おお犬がおるぞ」と菖蒲ちゃんが笑い、私も二人が戯れるところを見て思わず笑みが溢れる。
 二人は私が入学してから最初にできた友達だ。見事に色の違う二人だが、いろいろあって、毎日こうして他愛のないことで笑いあっている。
 ここに綴ちゃんと廻ちゃんがいればもっと楽しいんだろうなあ、なんてことを思ってしまうが、きっとそれは出過ぎた想像なのかもしれない。
「じゃあ、また明日ね」
「うむ」
「あー女神がー」
 私は二人に別れを告げ、教室を後にした。





「頑張るよねーすず。メイドさんでしょー」
 鈴花が去った後、琴瓜と菖蒲も間もなく帰路についた。夕日が照らす通学路にて、琴瓜が手をぷらぷらさせながら言う。
「確か月之世の家であったな。相当な富豪だと聞いておるが」
 琴瓜と対照的に、姿勢良く歩く菖蒲が応える。
「金持ちかー。すげーなー。給料百万かなー」
「何をどうしたらそういう発想になる」
「何が?」
 呆けた顔で琴瓜が菖蒲を見る。菖蒲は思わず溜息を吐いた。
「中学生のアルバイトなんぞ、良くても時給八百そこらというところだろうに。いくら資産家の家と言えど、百万はなかろうよ」
「バイトしたことないからわかんね」
 菖蒲はもう一度溜息を吐いた。
「でもさー、よくやるよね。学校行った後バイトなんてやりたくないもん私」
「余程の努力家か、勤務先が余程の待遇でなければ続かぬであろうな」
 琴瓜は一度、お小遣い欲しさに新聞配達のアルバイトを受けようとしたことがあったが、「お主、朝四時に起きられるのか」という問い掛けによって、即座にその意思は砕け散った。ちなみに夕刊の配達は、「お主、雨の日でも住宅街をせっせと歩き回るつもりか」という問い掛けによって断念した。
「すずはどっちだと思う?」
「前者、と言いたいところだが、あの様子からすると両方か」
「まー金持ちのとこだもんね」
「いや、あれは……ふむ」
 菖蒲が何かを言い掛けて止める。琴瓜は不思議そうな顔をして横にいる菖蒲を見つめた。
「何さ?」
「いや、ふむ、そうさな。あれだ。お主、入学して間もなく塞ぎ込んだことがあったであろう。今の鈴は、そのときのお主を見ているときのようだと思ってな」
 普段は整然として振る舞う菖蒲がらしくもなく言い淀んだ理由が分かり、琴瓜は悪戯っぽく笑った。口元に手を当てて、わざとらしく「ぷーくすくす」と声に出している。
「なになに、ビブラートに包んでくれちゃって。別に良いんだぞー琴瓜様は心が広いからなぁー」
「……いや、オブラートな。お主はビブラートかもしれんが」
 いつもの仕返しでからかってやろうという琴瓜だったが、見事にカウンターを食らった。間違いを指摘され、琴瓜の顔が赤くなる。
 その様子を見て、今度は菖蒲がにやりと口元を緩めた。
「どした、ビブラートに包んでみんか」
「うっさーい! 今のなーし!」
 猫のように威嚇してくる琴瓜がおかしくて、菖蒲は腹を抱えてくっくと笑う。
「はいもー終わり、ビブラートの話終ーわり! で、すずが私のときと同じ感じだって?」
 琴瓜は顔を赤くしたまま、先程より少し大きい声で話を元に戻す。
「ああ、あれはな、鈴のお人好しが発動しとるときの顔だ」
「ふぅん、何でだろ。お金持ちの家なのに不登校の子でもいんのかな」
「さてな。そこまでは分からぬが、きっと鈴にとって放っておけぬ誰かがおるのだろうよ」
「ふーん」
 そう語る菖蒲の声と顔が妙に憂いを帯びていた為か、琴売は落ち着きを取り戻す。
 そして、少しの沈黙の後、どこか遠くを見ながら琴瓜が苦笑混じりに呟いた。
「お人好しだねー、すずは」
 その声に侮蔑は一切なく、むしろ嬉しそうにも聞こえた。
「うむ、それが阿實鈴花の魅力よな」
 菖蒲も苦笑混じりにそう応えた。



 藤林中最寄りのバス停から、約四十分。
 住宅街を抜け、公道を通り、建物が少なくなり、田舎道をまっすぐに進んだ先の、人通りの少ないバス停でいつも私は降りる。この一連の行動にも慣れてきた。
 バス停の近く、木々に囲まれた道路を歩けば、その大きな洋館は見えてくる。
 初めてここを訪れたとき、まるで別の世界に来たかのような錯覚を覚えたのを記憶している。
 今はもう、見知った友達の家だ。
「お疲れ様です。阿實です」
 インターホンを押してそう伝えると、いつものように源次さんが門を開けにくる。毎度のことで最初は申し訳なく思っていたが、これは彼なりの『従業員の体調チェック』だということに気付いた。その日の使用人の体調を、自分の目で確かめる。彼らしい日課だなと思った。
「今日も宜しくお願いします」
「あ、はい……え、と、須藤さん」
 いつものように源次さんが挨拶をするが、どこか様子がおかしい。何だか、いつもより元気がない気がする。
「はい」
「何かあったんですか?」
「……はい、お話は中で」
 そう言って源次さんは屋敷に向かって歩き出した。声の調子も歩き方も普段と同じでも、やはり覇気がないように見える。それに今、少し驚いた素振りをしたような。
 私でも分かるくらい様子がおかしいなんて、どうしたのだろうか。私は少し不安を抱えながら、源次さんの後に続く。
 学校を出たときは見えていた太陽が、いつの間にか黒い雲に隠れていた。


 「昨日から?」
 「はい。声をお掛けしてもお返事がなく、仕方なくマスターキーを使おうと思い至ったのですが、いざ鍵を開けようとしたところ、『止めて』、と……」
 屋敷の空き部屋で源次さんから聞いた綴ちゃんの様子は、どう考えても異常だった。
 昨夜の夕食時、源次さんが綴ちゃんを呼びに行ったときには既にこうだったらしい。
「原因は分からないんですか」
「……お恥ずかしながら」
「えっと、じゃあ、旦那様は」
「お伝えしたのですが、そんな時期もあるだろう、と」
「そんな……」
 だが、薄々そんな気はしていた。以前見掛けた、月之世聡と綴ちゃんの口論。あのときの印象から考えれば、娘の様子がおかしくても関与しない、という選択も取るのだろうと思う。
 ただ、表面上は心配する様子を見せるのかとは思ったけど。
「じゃあ、今日は行かないほうが良いんでしょうか」
「いえ、鈴花さんには、普段通りに振る舞って頂きたいのです。綴お嬢様の、ご友人として」
「それって――」
「……本当に情けないことですが、我々使用人の声はもう、綴お嬢様のお耳には届いていないのかもしれません」
 源次さんの声と表情は重い。どんなときも冷静で、誰よりも頼りになる使用人のリーダー的存在の彼が、今はとても弱々しく見える。きっと門のところでは、何とかそう見えないように振る舞っていたのだろう。
 綴ちゃんの様子は、私の想像を遥かに超えて深刻なのかもしれない。
「……鈴花さん、綴お嬢様のご友人として、そのお力を我々にお貸しください。どうか、お願い致します」
 そう言って源次さんは深々と頭を下げた。
「えっ、ちょ、頭を上げてください! それに、お力って……」
 突然ことで私は戸惑ってしまうが、源次さんの姿勢は変わらない。
 源次さんはきっと、綴ちゃんのことを、彼女が生まれたときから知っている。誰よりも長く綴ちゃんの成長を見守ってきた使用人なのだと思う。もしかしたら、実の父親よりも綴ちゃんのことを理解しているかもしれない。
 そんな彼が、ここに来て間もない子供の私に、頭を下げている。
 自分の声が届かなかったことを、綴ちゃんに拒絶されたことを、きっと誰よりも悔しく思っているはずなのに。
「私で、良いんですか」
 私の問い掛けに、源次さんは顔を上げる。
「本来ならばこれは、私共だけで解決すべき問題です。ですが私は……今の綴お嬢様に声をお届けできるのは、唯一人のご友人である鈴花さんのみだと確信しております。不甲斐ない執事だと罵って頂いて構いません。ですからどうか、綴様とお話をして頂けませんか」
 子供の私でも、今の源次さんの言葉がどういう思いから出てきたものかは、何となく分かる。いや、それ以前に源次さんが私を綴ちゃんの友達として認めてくれているのだ。これ以上に光栄なことはない。なら私は、その思いに応えるだけ。たとえ、"お力"なんて言われる程のものが私になかったとしても。
「分かりました。綴様、いえ、綴ちゃんに会ってきます」
 私は源次さんの目をしっかりと見て、そう返事をした。


 綴様の部屋の前に着き、私は改めて深呼吸をする。
 初めてこの部屋の前に来たときも緊張したが、そのときとは別の意味で気が引き締まる。
 ここへ来るまでに何人かのメイドさんたちとすれ違ったが、皆表情は暗く、それだけで綴ちゃんの様子がより深刻であることが分かった。
 私は心を落ち着けて、目の前の扉をノックする。
「綴ちゃん、鈴花です。入っても良いかな」
 私は普段通りの声で扉の向こうに話し掛けた。
 扉の向こうで、僅かに人が動いたような気配がする。
「……鈴花? ああ、そう、もうそんな時間」
 驚くほど覇気のない、弱々しい少女の声がした。
 これまでに聞いた覚えがないくらい、消え入りそうなか細い声だ。
「ごめんなさい。しばらくは来なくて良いから」
 続いて来たのは、拒絶の意思。弱々しい声とは裏腹に、その言葉の選び方から、彼女が作った心の壁が生半可なものではないことを理解する。
「理由、訊いても良い?」
 ……返事はない。事情は話したくないが、誰にも会いたくない、ということらしい。
「私のこと、嫌いになっちゃった?」
「…………違う。悪いんだけど、しばらくそっとしておいて。ごめんなさい」
 再び綴ちゃんは拒絶の意思を示す。きっと源次さんも同じことを言われたのだろう。確かにこの様子では、メイドさんたちは引き下がるしかない。
 まだ二言三言しか交わしていないが、私はこの状況に納得しつつある自分がいることに気付いた。
 月之世家の次期当主として、そして廻ちゃんの姉として、彼女は常に強くあろうとしていた。でも、初めて話をしたときから綴ちゃんはどこか危うくて、あまり強い印象を受けなかった。本当はとても脆い人なのではないだろうかとすら思った。
 私の家に泊まって、主従ではなく友達として接して、一ヶ月にも満たない時間しか共にしていないが、私は彼女がこうなるに至った原因が何となく分かる気がする。
 月之世綴という少女は、他人への甘え方を知らない。"どんなときも自分が何とかしなければならない"。常日頃から綴ちゃんはそう考えながら振る舞っていたように見える。
 綴ちゃんがこんなにも塞ぎ込んだ経緯はまったく分からないが、きっと彼女は何かの問題に突き当たり、誰にも相談できずに身動きが取れなくなっているのではないだろうか。
 ……と、偉そうに考察を立ててみたり。実は全然見当違いで、私が想像もつかないことで悩んでいるのかもしれない。所詮私は一般市民で、綴ちゃんは大きな使命を背負った資産家の娘だ。全然立場が違う。
 でも、大事な友達であることに変わりはない。
 私は一度、ゆっくりと深呼吸をした。
「えー、阿實鈴花は今から独り言にふけりまーす。これは独り言なので、誰かに聞こえてても私は知りませーん」
 そして扉に背を付けて、その場に座り込む。
「私は何の変哲もないどこにでもいるような女の子です。ちょっとドジです。そんなドジな私が、ちょーお金持ちのお家でメイドさんのバイトをすることになりました。わぁ無謀。なんという身の程知らず」
 わざとらしいくらいの明るい口調で、私は続ける。
「いざバイトに行ってみると、なんと与えられたお仕事はお嬢様の話相手になることでした。阿實鈴花はそれはもうおっかなびっくりです。失礼なことを言ったらどうしよう、クビになったらどうしよう。胃に穴が空くのでは?」
 ああ、なんかもう既に恥ずかしくなってきた。ぷーくすくすーと笑われた方がまだマシだ。でも構わない。
「でも、お嬢様はとても優しい女の子でした。優しくて凛々しい女の子でした。妹さん思いで、頑張り屋さんで、頭が良くて、礼儀正しくて、私なんかよりずっとすごい人だなぁと思いました。……でも」
 僅かに、扉の向こうの気配が動く。
「ちょっとだけ、寂しそうに見えました。もしかしたら、悩みを抱えてて、誰かに助けて欲しいのかな、なんて、出過ぎたことを考えてしまいました。立場をわきまえない不出来なドジっ子メイドは、この人の助けになる為にこの仕事を与えられたのかも、なんて、更に失礼なことを考えました」
 自分で言ってて可笑しくなり、少し苦笑する。
「そこから何日か一緒に過ごして、私はその女の子の新しい一面を知りました。実は負けず嫌いなこと。想像より面白い人だったこと。ゲームのキャラに辛辣なこと。そんでやっぱり、たまーに寂しそうな顔をすること」
 私の脳裏に、様々な綴ちゃんの姿が蘇る。
 対戦ゲームでむきになってた綴ちゃん。
 私をからかうときに楽しそうな顔をしていた綴ちゃん。
 廻ちゃんのことを話すときに、少しだけ自嘲気味になる綴ちゃん。
「お泊りをして、一緒にご飯を食べて、遊んで、お風呂にも入って、いっぱいお話して、友達だって言ってくれて。私はどんどんその女の子のことが好きになっていきました。この人が困っていたら、絶対助けてあげたいなって思うようになりました」
 私は姿勢を変えて、扉の前で正座をする形になった。
「その女の子は、今とっても落ち込んでいます。どうしてかは分かりません。私なんかにはどうしようもできない悩みがあるのかもしれません。でも、私はその人を助けたい。悩みを共有して、一緒に解決策を探したい。だって、お友達だから」
 下手くそだったかもしれない。全然まとまっていなかったかもしれない。それでも私は、この扉の向こうで誰にも言えない悩みを抱えているかもしれない女の子への想いを紡いだ。拒絶されても、嫌われても良いから、この想いを伝えたかった。
 私はもう一度深呼吸をして、扉の向こうの少女に声を掛ける。
「綴ちゃん、鈴花です。入っても良いかな」
「…………ない」
「え?」
「……分からない。もう何も分からない。どうして良いか分からない。分からないの……だから、開けられない」
「……そっか」
 私は思わず微笑んでしまった。
 綴ちゃんはもう、拒絶してこなかった。
 来ないで、そっとしておいてとは言わなかった。
 ならやることは一つだ。
「じゃあ、私が開けるね」
「――え?」
 私はマスターキーを使って、扉に掛かっている鍵を解除した。
「ちょ――」
 そして、いつもそうしているように、私は目の前の扉を開けた。



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