挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ツキノセ 作者:
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

31/43

喪失 - 2

ご閲覧ありがとうございます。
 ちいさなひよこには ふしぎなちからがありました。
 であったどうぶつたちのおもいでを見ることができたのです。
 あかちゃんのころから、おかあさんおとうさんとしあわせなせいかつをおくっていたこいぬさん。
 ともだちときょうりょくして、けわしいみちをあゆんできたおおかみさん。
 まわりとかかわらず、しずかなひびをすごしてきたねこさん。
 いろんなどうぶつたちがいました。それぞれのいきかたがあって、みんなたのしそうです。
 でも、いっぴきだけたのしくなさそうなどうぶつがいました。
 だいすきだったともだちをうしなってしまったライオンさん。
 ライオンさんはあまりにかなしくて、まわりのどうぶつたちをきずつけはじめました。
 みんながライオンさんをきらいになりました。
「あいつはひどいやつだ。ともだちがいなくなったのも、じぶんのせいなのに」
 そのとおりです。ライオンさんはじぶんかってなせいでともだちをうしないました。ライオンさんのやっていることはやつあたりです。
 でも、ちいさなひよこにライオンさんをせめることはできませんでした。
 ひよこはしっていたのです。それまでのライオンさんのさみしいせいかつを。
 つよくてちからがあるライオンさん。でも、ほんとうはとてもこころのよわいどうぶつでした。
 みんなはそれをしらずに、ライオンさんをこわがりました。ライオンさんもまわりのどうぶつとなかよくしようとはしませんでした。
 そんなライオンさんとゆいいつなかよくしていたのが、いなくなったともだちでした。
 でも、そのともだちもいなくなってしまいました。
 ずっとひとりぼっちだったライオンさんはやっとともだちができたのに、またひとりぼっちになってしまったのです。
 ひよこはライオンさんをたすけてあげたいとおもいました。
 でも、ライオンさんはもうだれもしんようしていません。ひよこのおはなしをきいてはくれませんでした。
 ひよこはむりょくでした。



 描きかけの絵本はそこで終わっていた。これは、廻が普段私に見せようとしてくれなかった絵本だ。もともと未完成の状態を見られることは嫌がっていたが、この絵本だけは特別嫌がった。
その理由はなんとなく察しがついた。これは廻にしては珍しい、悲しいお話だ。最後にはハッピーエンドになるのかもしれないが、まだ誰も救われていない。その状態で人には見せたくなかったのだろう。
 「ごめんなさいね、廻」
 そう呟いて私は絵本を棚に戻した。今、廻は夕食の時間を伝えに来ない須藤を探しに行っている。いつもならとっくに来ているのだが、何かあったのか須藤も静城も姿を見せる気配がない。それで心配になった為、廻が様子を見てくると言うので任せることにした。
「……遅いわね」
 廻が出てから十分程経った。部屋には私一人。何だかクローズドサークルのミステリー小説のようだ。
「冗談じゃない。もう誰も……、……?」
 今、私は何を言い掛けたのだろう。それを思い出す前に、部屋の扉の開く音がした。
「あ、廻――」
「初めまして」
 そこに立っていたのは廻ではなかった。
 手入れされていない乱れた黒髪。薄汚れたパーカーを着た、私よりいくつか年上に見える少女がそこにいた。
 どう見ても客人ではない。私は警戒心を引き上げて少女に向き直った。
「どちら様でしょう」
「五和 理己いつわりこっていいまーす。どーぞよろしく」
 五和と名乗った少女はそう言うとだらしなく頭を下げた。どう見ても父が招き入れるような人間の振る舞いではない。
「月之世家長女の綴です。私にどのような御用でしょうか」
「……ふーん。もっと小汚いとかなんだその態度とか言われるかと思ったけど、あんまびっくりしないね」
 五和は目を丸くして私を見る。観察されているようで良い気分ではない。
「まーいいや。用って程でもないんだ。ただ、いっぺんしゃべってみたかったんだよね」
 ぽりぽりと頭を掻きながら、五和はその場に腰を下ろした。
「私のことを以前から存じ上げているかのような口ぶりですね」
「知ってるよー。ずーっと前から」
「そうですか。生憎ですが私は貴女を知りませんしお話をする気にもなりませんが」
「冷てぇー。こっちは父娘揃ってドライかよー」
「何ですって?」
 今、確かに父娘と――
「っと、これ以上はぼろが出る。もうちょっとしゃべってたいけどまた怒られるのも嫌だしなー。じゃーね綴ちゃん」
「待ちなさい。貴女、父を知って――」
 私が言い終わる前に、いきなり目の前が真っ暗になった。
 停電? いや、違う。停電なら備えてある予備電源で小さな灯りが点く。物理的に危害を加えられた感覚もなかったので目隠しをされたわけでもない。
 ということは、"私の目が見えなくなった"のか?
「え、もしかして気付いた!? うっそ状況判断早すぎない!?」
 五和の動揺する声が聞こえた。間違いない。私は今、何かしらの手段で視力を奪われたのだ。須藤や廻が部屋に来ないのも、この少女に妨害を受けたからかもしれない。
 なら、これ以上この少女に好き勝手させるわけにはいかない。ここで私が抑えないと――!
「うわこっち来た!」
 五和が座っていた場所を思い出し、そこを目掛けて突進する。狙い通り人にぶつかったような感覚の後、私はそのまま床へ倒れ込む。
「いって! ちょ、この子強いぞ!」
 五和が私の下敷きになっているようだ。視界を頼りにできない為、どのような姿勢になっているのかは分からないが、五和が起き上がってこないように私は必死に体重を掛けて彼女を抑え込む。
「源次――いえ、誰でも良い! 誰か! 誰か来て!!」
 全力で大声を出す。こんな怪しい格好の人間が、ここまで何の騒ぎも起こさず私の部屋まで辿り着いたということは、既に私以外の人間は視界を奪われ身動きが取れなくなっている可能性がある。それでも、誰か一人でも無事な者がいて、この部屋に駆けつけてくれれば――そう祈り、私は力の限り助けを呼んだ。
「お願い誰か!! 誰か来――!?」
 襟首を捕まれ、強い力で五和から引き剥がされる。そのまま床に抑えつけられ、今度は私が身動きできない状況になってしまった。
「誰!? 離しなさい! 私じゃなくてそこの少女を――!!」
 言い掛けて気付く。私を掴んだ人間は味方ではない。もう一人協力者がいたのだ。
「す、すいません、すぐに」
「やめて!!」
 叫ぶ私の横で五和の動揺する声、そしてその奥から廻の叫び声が聞こえた。よりによって駆けつけたのが廻とは……!
「廻? いるの!? 逃げなさい!!」
 私は叫んだ。少なくとも敵は二人いる。私のような子供でも容赦なく組み伏せる連中だ。廻相手にも乱暴をはたらくに決まっている。早くここから逃さなければ!
「廻!! 早く逃げて!!」
 靴音が聞こえない。廻はまだそこにいるのだ。私が抑えつけられている姿に驚いて固まってしまっているのだろうか。駄目だ、早くここから離れさせないと……!
「め……ぐ、……!」
 おかしい、声が出ない。そういえば、先程から強い力で上から抑え込まれていたのに、今はそれほどの圧迫感がない。それなのに、何故私の体は地に伏したままなのか。
 手に力を込めて起き上がろうとするが、その努力も虚しく床のカーペットを引っ掻くのみだった。こんなことをしている場合ではないのに。早く、早く廻をこの連中から遠ざけないと。
「……め……ぐり……に……」
 意識がはっきりしなくなってきた。睡眠剤でも打たれてしまったのか。駄目だ。次は廻に襲いかかるつもりだ。そんなことさせない。させてはいけないのに、体が動かない。
 意識が遠ざかっていく。もう耳もあまり聞こえていないようだ。ああ、せめて、せめて妹だけは――。







「……よし、もう良いだろう」
 動かなくなった綴をじっと見ていた聡が、ゆっくりと視線を理己達へ戻す。その表情から何を考えているのかは読み取れない。
「どうして、ここまで……」
 部屋の入口に立っていた廻が、今にも泣き出しそうな顔でこの状況を見ていた。胸の前で手を握り締め、地に伏せる姉を心配するように見詰めている。
「これが一番後腐れなく別れる方法だ。残念だが、綴は廻に未練がありすぎる。どのように言葉を並べても納得はしてくれなかっただろう」
「い、いやぁ、そこは自分の我儘のせいっす……ごめん廻ちゃん」
「お前はもう口を開くな。研究所に戻るまでだ」
 聡に咎められ、理己はばつの悪そうな顔で口を噤んだ。
「綴と話してみたいと言うから少しだけ時間をやったが、私のことを話し掛けた挙句、抵抗を許すとはな。兄の劣化どころか凡人にも劣る始末だ。やはり人格の複写などできていないように見える」
「お父様」
 容赦なく吐き出した理己への批判を、廻は静かに制止する。未だに泣き出しそうな顔をしているが、僅かに怒りを含んだ表情にも見えた。
「……済まない。娘の前で取るべき態度ではなかったね」
「私がいなくてもです。理己さん、こんなに頑張っているのに……」
「厳しいと思うかもしれないが、結果が出せなければ評価には値しない。そのことは廻、お前が一番良く分かっている筈だよ」
 聡は優しい声で廻を諭す。確かに、廻は勉学において姉より優秀な成績を修めたことはなかった。そのことで自分は一度も褒められたことがなかったことを廻は思い出す。状況は違えど、聡は全ての人間に平等な評価を下しているに過ぎない。
「でも、理世さんの咄嗟の判断と理己さんがいなかったら、理世さんが亡くなった時点でお父様の研究は終わっていました」
「彼らは私の研究を助けるという条件のもと生活を保証されている。妹を守る為、そして私の研究を続ける為に彼が取った行動は謂わば必然だ。そこに感謝や情けといったものは必要ないんだよ」
 綴を抱き起こし、ベッドまで運びながら聡は優しい口調のままそう言った。理己が何か言いたそうにそわそわしているが、発言を禁じられた為か表情をころころ変えることしかできない。
「さて、研究所へ戻ろう」
 綴をベッドに寝かせ、掛け布団を被せてやると、聡は穏やかな表情で戻ってきた。何を言っても無駄だろうと諦めた廻は、黙って聡の後に続く。
 その後ろで座っていた理己も慌てて立ち上がろうとするが、立ちくらみを起こしたのか転びそうになってしまう。
「うわ――と」
 前のめりに倒れそうになったところで、廻が理己の体を受け止めた。
「あ、さ、さんきゅーっす、廻ちゃん」
「……あんまり無理しないでください」
「だいじょぶだいじょぶ。つーか無理しないと捨てられちゃうかんねー」
 手を頭の後ろで組み、理己はへらへらと笑う。廻は言い掛けた言葉を飲み込み、再び聡の後を追いかけ始めた。
「あー、待って待ってー」
 今度は転ばずに、理己が聡と廻の後をついてくる。聡は廻が隣に来るように歩む速度を落とし、視線を前に向けたまま口を開いた。
「静城のことは済まなかった。自衛の為とはいえ彼女に銃弾を浴びせ、自害させることになってしまうとは」
 神妙な顔でそう言った聡に対し、廻は何も言わなかった。ただ悲しい表情をしたまま、聡の隣を歩く。
「彼女の犠牲は無駄にはしない。絶対に研究を成功させ、また家族みんなで幸せに暮らせるように全力を尽くすつもりだ」
 隣でそう意気込む聡の顔を、廻は見ようとは思わなかった。そんなことをしなくとも、父がどんな顔で自分を見つめているのかを、理解してしまったから。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ