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ツキノセ 作者:
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喪失 - 1

ご閲覧ありがとうございます。
 大きな物音が電話越しに聞こえ、通話はそこで途絶えた。向こうの電話が壊れたのだろう。
 源次は黙したまま結子の部屋を出た。
「白百合さん。お待たせしました」
 部屋の前で待機していた白百合に声を掛ける。彼女は不安そうな顔で源次の様子を伺い、どこか落ち着きがない。
 その原因は、つい先程、結子から白百合に届いた一通のメールだ。本文は短く「これを見たら源次に電話を渡して」とだけ表示されており、その直後に結子からの着信があった。ただならぬ様子を感じ取った白百合は慌てて源次のもとへ赴き、現在に至る。
「あ、いえ、それで、ゆい――静城さん、どうしたんですか」
 縋るような目でこちらを見つめる白百合に、源次は表情を変えずに告げる。
「退職の申し出でした。よって、次のメイド長が就任するまでは私が皆さんの総括となります」
「退――ええ!?」
 白百合が驚きを露わにする。彼女の反応は当然だ。そのような素振りなど微塵も見せていない結子の、あまりに唐突な退職。不出来な嘘だが、結子がもう戻らないであろうことを悟った源次はそう告げるしかなかった。
「退職って、どうしてですか。そもそも須藤さんに直接掛けなかった理由が分かりません」
 白百合は源次に食って掛かった。納得できないであろうことは源次も察していたが、どのような理由を持ってしても今この場で彼女を説得することは難しい。
「旦那様の携帯電話が不調とのことで、私の携帯電話は現在旦那様がお持ちです。退職の理由はプライバシーの為、今は説明できません。後ほど使用人たちを集め、改めて説明します」
「……分かり、ました」
 明らかに納得していない顔だが、一先ず白百合は落ち着きを取り戻したようだ。後ほど個人的に精神面のケアを図る必要があるだろう――源次はそのことを念頭におき、その場を後にした。

 源次は再度結子の自室へ入ると、近くの椅子に腰を下ろす。無意識のうちに、テーブルの上で組んだ手に力が篭っていた。
「……結子さん」
 声が震える。水面下とはいえ主と敵対するうえであらゆることは覚悟していたつもりだが、あまりに早すぎる旧友との別れに源次は動揺を隠しきれなかった。
 激しい物音、数回の銃声、まとわりつくような殺意のある聡の声。その直後に音声が途切れたことから、着信先を見られないように結子が携帯電話を壊したと思われる。
 故に、結子の正確な生死については分からない。だが、聡と対立した以上結子はここへは戻らないだろう。そう推測した源次は、白百合に結子は退職したと伝えた。
 何故、結子の行動が怪しまれたのか。盗聴器が設置されている可能性のある部屋での不必要な会話は避けた。聡への態度もこれまでと同じように従順な執事を貫いていた。今日の外出も、いつもと同じように買い出しだと告げていた。
 考えられるのは、数日前に阿實鈴花という少女を雇ったこと。自分に黙ってアルバイトを採用したことを不審に思い、行動を探られていた可能性はある。
 しかし、源次たちが怪しい行動を取らないよう心掛けていたと同時に、聡にも不審な行動を見受けられなかった。ここ数日は黙々と仕事をこなし、源次や結子に対する関心はそれほどなかったように思える。
 この状況は非常に危険である。聡はこちらの不審な行動に気付いたが、その理由が分からない。いわばマジックミラーでこちら側だけが覗かれているようなものだ。
 とはいえ、幸い疑われていたのは結子だけで、源次が協力していたことには気付いていないということもある。その可能性に賭けるのは危険だが、ここで退いても状況は好転しないと判断した源次は次の行動に移る。
 源次は通話音声を録音していたレコーダーを取り出した。何しろ急な状況だった為、聴き逃している重大な情報があるかもしれない。レコーダーにイヤホンを装着し、再生する。
 聡と結子の会話が流れる中、気になる点がいくつか見つかった。
『ああ、彼女は私の研究の協力者だよ。以前話したと思うが、廻と近い脳波を持つ被験者が彼女だ。厄介な放浪癖があってね。たまにこうして迎えに行ってやらないといけない』
 聡の発言の中に出てくる『彼女』。廻と近い脳波を持つということから、恐らく先に発現した超能力者だ。この後に出てくる『五和』という名前が彼女のものだろう。ということは、月之世家の人間の記憶を書き換えているのがこの『五和』という人間である可能性は大いにある。
『……その、おんなの、ひとは、しぬん、ですか』
 結子が撃たれたであろう直後に聞こえた幼い声。聡がこの子供を指して「潮時か」と発言していることから、実験の犠牲者であると予想される。この子供の存在と、聡の「結子を有効に使う」という発言によって、聡が人体実験を行っている可能性は極めて高くなった。
 電話越しの結子はいつにも増して饒舌だった。聡から言葉を引き出してこちらに少しでも多くの情報を伝えようとしていたのだと思われる。
『私のさじ加減一つで君達の命などどうとでもなるのだから』
 疑いようのない、聡の敵意。これで聡が敵対するべき相手だということが明確になった。聡の使用人に対する良心が、毛先ほどでも残っていることを望んでいた源次を容赦なく叩き伏せる。
 そして最後に、通話が終了する直前、気になる物音が入っていた。源次は音量を上げ、聞き逃さないようにその箇所をリピートする。
 一定の感覚を置いて、とんとんと何かを小突くような音。それがモールス信号であると気付くのに時間は要さなかった。頭の中で信号を言葉に変換する用意をして、もう一度その箇所を繰り返す。
「――これは」
 どのような根拠があって結子がこのメッセージを残したのか。それは源次には分からなかったが、信頼する友の言葉に、彼は希望を抱かずにはいられない。
「……信用しますよ、結子さん」

 源次は屋敷の資料室に赴いていた。五和という人間と聡が接触した時期を調べる為だ。
 屋敷の使用人の記憶が曖昧になり始めたのは六年前。その記憶の操作が祈の失踪を隠蔽する為のものだとしたら、聡が五和と知り合ったのはそれより前ということになる。
 生憎月之世家で起きた過去の出来事を確認できる資料などは残っていないが、『月之世聡という投資家』が過去に行ったビジネス、数多の企業との関わりは仕事の資料として残っている。源次はそこから興味深い記録を見つけた。
 聡は八年前、ある養護施設への支援を行っている。その前後の出来事からはまったく結びつかない、唐突な慈善活動。
 これに違和感を覚えた源次は、すぐにこの養護施設への連絡を試みた。通話履歴が残らないよう、屋敷にいくつかしか残っていない旧式の電話を使う。
『はい、若葉園で御座います』
 源次は八年前にこちらが支援を行ったことと、過去に五和という児童が入所していなかったを尋ねた。電話相手は少々お待ちください、と言い残して、責任者と思われる人間へと電話を引き継いだ。
『あー、あの兄妹ね、丁度月之世さんから援助の話を頂いた直後に里親になりたいって方がいらっしゃって。それ以来連絡は取っていないんですよ。あ、申し訳ありませんが里親さんの連絡先はお教えできませんから、ご了承くださいね』
 施設長らしき男は軽い調子でそう言った。小さな違和感から予想外の収穫である。五和という人物は、聡が支援した養護施設の出身だった。
「失礼ですが、今、兄妹と」
『ええ、理世(りせい君と理己(りこ)さん。人見知りの理己さんをいつもお兄ちゃんの理世君が守ってあげていて、まぁ仲睦まじい兄妹でしてねぇ。出ていくとなったときは寂しい思いをしたもんですが――』
 相槌を打つ間もなく施設長は続ける。どうやらこの男は話したがりなようで、源次が訊いてもいないことを次々と語り出した。お陰で新しい情報が次々と手に入る。
 兄の理世は妹ばかり気にかけていて周りと馴染めていなかったこと。妹の理己が声を発しているのを見たことがないということ。他にも雑多な情報が息をつく隙もなく出てくるが、その間、五和兄妹と聡が関わったという話は出てこなかった。
「そうですか。では、旦那様がそちらへ赴いたときは、妹さんの方はさぞ警戒なさったでしょう。見知らぬスーツ姿の男性というものは、幼い子にとってあまり馴染みのない存在だったのではないですか」
 さり気なく話題に聡のことを絡めてみた。が――
『いやいや、月之世さんはそれはもう人当たりの良い紳士なお方で、子供たちもそりゃ――ええっと、あれ、うーん……』
「どうかなさいましたか」
『いえね、ちょーっと当時のことが曖昧で、はは、年は取りたくないものですなぁ……えーっと、まぁ、私も突然の出来事で戸惑っていたってことでしょうかねえ』
 施設長の返答は曖昧だった。今の今まで当時の思い出話を喜々として語っていた男が、聡が来たときの子供たちの反応だけを忘れるとは考えにくい。
 となれば、この男も月之世家の住人と同じ状態であると考えるべきだろう。
『っとと、すいません。私と来たらご用件も伺わず長々と語ってしまいまして。それで、どのような?』
「いえ、旦那様が五和さんご兄妹のことをお気になさっていたものですから。里親が見つかったことをお聞きになれば、旦那様も喜ばれることでしょう。お忙しい中ありがとうございました」
『そうでしたか、いやぁ、私の記憶力が至らず申し訳ない。月之世さんにはお陰様で子供たちが健やかに過ごせていますと、宜しくお伝えください』
 二言三言挨拶を交わし、受話器を置く。
 五和という人物が兄妹だったことに源次は驚いたが、それと同じく、養護施設の人間にまで記憶操作の手が及んでいるであろうことに驚きを隠せなかった。
 だが、五和と聡がお互いにどう関わったか、という記憶が消されているということは、逆に言えば、彼らはそこで確実に関係を持っていたということになる。そして、その際に施設長の記憶が書き換えられたのであれば、五和兄妹の仕業であることもほぼ確実だ。霧がかっていた敵の正体が、僅かだが浮き彫りになってくる。
 そうなると、五和兄妹を引き取った里親というのも怪しい。彼らは今、聡と行動を共にしている。ならば、八年前に聡が二人を引き取り、その際に『里親が見つかった』という偽りの記憶を植え付けたと考えてもおかしくはない。
「一体、何人の人間が――」
「記憶を書き換えられているのか、か? そこに至るまでに随分と時間を費やしたな」
 首元に刃物を当てられたような感覚――源次が後ろを振り返ると、よく見知った男が、いつもの優雅さをかき消すような冷たい表情をして立っていた。
「簡単なことだ。この部屋に入る前にお前の認識から私を外し、今それを解除した。記憶の書き換えもオンオフのようなものでね。祈の失踪した時期、養護施設での出来事、それらは全て記憶操作というスイッチをオンの状態にしているに過ぎない」
 聡は源次の抱えていた疑問を次々と言い当て、何でもないことのように解説し始める。
「記憶操作を五和妹に任せるようになったときはどうなることかと思ったが、何ということはない。私がこうして動き出すまで何の情報も得られない無能ばかり。杞憂だったというわけだ」
 情報の雪崩とでも表現したくなるような聡の言葉を、源次は頭の中で急速に整理する。聡の姿を視認したと同時にレコーダーも起動させておいた。
「五和兄妹はどちらも超能力者であったと? しかし、発言者は一人の筈では」
「それは別の人間だ。お前も聴いていただろう。あの舌っ足らずな失敗作がそれだ」
 聡の声には軽蔑の色を含んでいた。失敗作とは、銃声の後に聡の車から降りてきたあの少女のことだろう。
「何故、私が聴いていたことを……」
「不出来な使用人にもそれくらいの頭はあるだろうと踏んだだけだ。そもそもお前達は警戒が過ぎるのだよ。休憩室の盗聴器には気付いていたのだろう、あまりに会話が少なすぎる。企てを悟られぬよう振る舞うばかりで、"自然体"、"いつも通り"という言葉に囚われすぎだ。もっと隙を見せるべきだったな」
 源次は言葉を失った。盲点だった。『盗聴されても良い会話』を意識し過ぎたのが仇になり、そこを疑われていたとは。
「まぁそんなことはどうでも良い。それより、お前に訊きたいことがあってな」
 背筋が凍りつく。聡が何を訊こうとしているのか、源次は一瞬で察しがついた。結子とのやり取りの中で彼が口にした疑問――それに対する答えを。
「静城結子は何者だ」
 源次は逃すまいとする聡の眼光。それを真っ直ぐに見つめ返し、落ち着きのある、力強い声で源次は答える。
「彼女は静城結子。この屋敷のメイド長であり、信頼できる私の仕事仲間です」
「そうか」
 それに何の興味もないとでも言いたげな声で聡は返す。それと同時に、すっと右手を上げた。
「見せてやれ、五和」
 聡の足元が歪む。絵の具が溶け込むように絨毯の模様が混ざり合い、その上に段々とあるものが浮かび上がってくる。それが何か気付いたとき、源次は心臓を握りしめられたような感覚に陥った。
「残念だが、その仕事仲間とやらはこの有様だ」
 そこにいたのは、結子だった。四肢を貫かれ、首元は自らの血で赤黒く染まり、生気の感じられない姿で車椅子に座らせられていた。彼女の姿を認識した途端、死臭が漂い始め、より一層彼女の死を突きつけられている気分になる。
「貴方様は……何ということを……!」
「そういうわけでもうお前は仕事仲間の素性を隠す必要もなくなった。さて、教えてもらうぞ。こいつの正体を」
 源次は変わり果てた結子の姿に絶句していたが、依然として聡の敵意は向いたままである。源次は必死に冷静さを取り戻そうと自分に言い聞かせ、再度聡に向き直る。
「申し上げた通りで御座います。彼女はこの屋敷のメイド長、静城結子。それ以外の何者でも御座いません――!」
 忠犬は静かに吠える。彼女との約束を守り通す為に。彼女の友である誇りを捨てまいと主張するように。
 だが、その想いは月之世聡という人間の前では毛ほどの価値もない。
「五和」
 聡が左手を上げると同時に、源次の視界は黒に染まる。超能力によるものだと理解しても、どのように抗えば良いのか彼には分からない。
「このままお前達と知恵比べをしても良いが、現状では何の面白味もない。愉悦やスリルのない勝負事ほど退屈なものはないのでな。これからは研究に専念するとしよう。次に会うときはいつも通りの日常に戻っている。また従順な執事として働いてもらうぞ、源次」
 暗闇の中で聡の声が響く。その声も段々と遠ざかっていき、源次は自分の大切な何かが頭の中から抜け落ちていく感覚に襲われた。意識をしっかりと保とうとしても、体に力が入らない。
 必死の抵抗も虚しく、源次はそのままあっさりと意識を失った。


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