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ツキノセ 作者:
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黄昏 - 2

 廻が帰ってきた土曜日の前の日、一人きりの綴を心配した結子は、余計なお世話であることを承知で綴の部屋を訪れていた。
 廻の部屋とは違い、必要最低限のもの以外はあまりなく、本棚には少しの小説と勉強で使う本しか置かれていない。そんな子供らしさをあまり感じさせない部屋の主は、机の上にうつ伏せになってうたた寝をしていた。
 結子は綴をベッドまで運ぼうかと思ったところで、綴が寝る直前まで使っていたであろうノートパソコンの画面に目が行った。検索サイトの入力欄に、『ツキノセ製薬 研究 超能力』と打ってある。
 結子は悪いと思いつつも、過去の検索履歴を表示してみた。そこには、パソコンを使い始めて間もない人間が、あらゆる言葉で月之世家の歴史を探ろうとした形跡があった。閲覧履歴の中から適当なページをクリックしてみる。
『資産○○億円!? 月之世の歴史から学ぶ投資の極意』
『月之世聡氏、○○の筆頭株主に』
『【人体実験?】戦後日本の闇 大手製薬会社の名前も!?これはヤバイ』
 まぁ、こんなものだろうと、結子は予想通りの結果に特に驚きはしなかった。インターネットで大企業の悪行が簡単に探せるようなら、マスコミなどというものは最初から存在していない。
 結子は側で眠る少女を見た。これでも、彼女なりに必死に考えた行動だったのだろう。父親に行き先を示されるだけの人生を送ってきたということを考えれば、よくやっている方だ。
 それでも、所詮は世間を知らない少女が、隔離された世界の中でもがいているだけに過ぎない。綴一人では、聡と同じ土俵に立つことすらできないだろう。この状態の綴に手を貸そうとしても、恐らく良い結果にはならない。
 結子はパソコンの表示を入室した際の状態に戻すと、そのまま踵を返した。綴をベッドまで運びたかったが、翌朝寝ている場所が変わっていることに綴が気付けば、彼女はこう考えるだろう。自分を運んだ人間がパソコンの画面を見て、自分が月之世家に不信感を抱いていることに気付いてしまう――と。そうなれば聡の耳にもそのことが届き、更に身動きが取りづらくなると考えるのではないだろうか。それなら、ここは何もせずに退室するべきだ。
 しかし、世話焼きな性格というのは厄介なもので、結子は退室後、毛布を持って再び綴の部屋を訪れていた。綴のことを思えば、余計な気苦労を掛けない為にそっとしておくべきなのだが、面倒見の良い結子にはそれができなかったのだ。
 机に突っ伏している綴の膝に持ってきた毛布を掛け、結子は自分に呆れつつ綴の部屋を後にした。

「おはよう御座います、綴様。ご朝食の準備が整いました」
「おはよう。……後で向かいます」
 その翌日の綴の様子は、案の定といったところだった。机で居眠りなどしたことがない筈だ。だるそうな目元とぎこちない動きを見れば、良質な睡眠が取れていないことは明白だった。本人はそれを悟られないような素振りを見せているが。
 源次の不在を伝えると、綴は無表情を心掛けていたが、少しだけ落胆したような表情をした後、ほっとしたような表情へと変わった。恐らく、頼れる使用人の不在による不安と、行動の規制がないことへの安堵からだろう。十二歳にして様々な気苦労を抱えるこの少女のことを想うと、結子は胸が痛くなった。

「綴の様子はどうだったかな。気丈に振る舞ってはいるが、相当寂しい思いをしていたのではないかと思うのだが」
 廻が帰宅した直後、聡は結子にそんなことを言ってきた。自分の不在中に何か変化がなかったか探りを入れる為だろう。
「はい、お二人が離れ離れになるのは初めてのことですから。久々の再会に私も安堵しております」
「可哀想なことだが、いずれは二人とも別々の道を歩むだろう。研究の為とは言ったが、一人の状況に慣れてもらう為にも我慢してもらおう。これからも綴のケアをしてあげて欲しい」
 声の調子を落としているが、果たしてどこまでが本心なのかは分からない。少なくとも結子は聡のエゴで廻を使っていると考えているので、娘を気遣うような言葉は全て偽りだと判断している。
 「仕方のないことだが、最近の綴は私に対してあまり心を開いていない。良ければ話相手になってあげて欲しい。たまに綴の様子を教えてくれ」
 要約すると、娘が何か不審な行動を取らないか見張り、随時報告をしろということだ。
 聡は尻尾を掴ませないよう振る舞うのは得意だが、何年も側で見ていると、嘘はあまり得意でないことが分かる。心の篭っていない言葉は、長年生きてきた人間には通用しない。それでも本当の目的や研究所の場所の手掛かりを掴ませない辺り、投資家として成功してきた月之世家を支えているだけはあるのだろう。
 聡の研究が非人道的なものだと証明する根拠はない。それでも結子と源次がそう確信しているのには理由がある。
 屋敷で起きている不可解な出来事。源次の記憶の矛盾。放置気味だった廻への突然の干渉。『過去』を徹底的に排除している屋敷内。
 些細なことだが、これらの事柄は聡への不信感に繋がるには十分だった。

 ここ数日の出来事を思い返しながら、結子は屋敷内を歩いている。窓の外の景色は既に赤く染まり始め、木々の間に沈んでいく夕日はどこか物悲しい雰囲気を漂わせていた。
 綴の部屋の前を通り過ぎ、廻の部屋まで移動する。二人が一緒のときは、大体は廻の部屋に集まっていることが多い。結子の予想通り、中からは二人が談笑する声が聞こえてきていた。


「失礼致します」
 廻と談笑をしていると、メイド長の静城が訪ねてきた。
「お話し中に申し訳御座いません。須藤への報告が無事に済みましたことをお伝えしたく参りました」
 そう言って静城はにやりと笑った。私達を部屋に送ってからこれまでの時間を考えると、なるほど、静城に任せて正解だったのかもしれない。
「ご苦労様。お陰で平穏な時間を過ごせています」
「源次さん何か言ってた?」
「それはもう。ああ見えて心配性で御座いますから」
 そのときの須藤の様子を思い出したのか。結子はくすくすと笑いだした。
「……静城、貴女、何か変わったことでも? 雰囲気がいつもと違うような」
「変わったこと……ああ、そうでした」
 私の一言で何かを思い出したのか、静城は廻の机に置かれている一枚の写真を見た。二年前に私と廻が撮った写真だ。
「前から少し気になっていたのですが、そちらのお写真、お二人ともとても素敵な笑顔で写っていらっしゃいますね。撮られたのはお父様でしょうか」
「ああ、そうね、静城が来る前だったのね、あれを撮ったのは。いいえ、あれはお父様ではなくて、……えっと」
 そこまで言い掛けたところで、私は言い淀んでしまう。あのときは確か、須藤は側にいなかったはずだから、他の誰かだったはずだ。そのとき側にいたのは誰だったか。
「いえ、無理に思い出してくださらなくても。幼い頃の記憶とは朧気になるものですから。お気遣いありがとうございます」
「おかしいわね。幼いと言っても二年前なのだから、そんなに薄れる記憶でもないと思うんだけど」
「……二年前?」
 有り得ない、とでも言いたげな声で、静城は少し驚いた顔になる。
「こちらは二年前に撮ったものなのですか?」
「え、ええ、それがどうかしたの?」
 静城は明らかに二年前という言葉に疑問を持っている。その理由が私には皆目見当もつかず、彼女の様子に戸惑ってしまう。一体どうしたと言うのだろう。
「……お二人の可愛らしさは二年前の時点でここまで磨かれていたのですね。私、感動致しました」
「え?」
「それならば、尚更お二人にここまで自然体な笑顔を引き出した撮影者というのが気になってしまいます。もし、使用人の中の誰かであるなら、時期メイド長はその人物に任せるのもやぶさかではありませんね……」
 静城は頬に手を当てて黙り込んでしまった。急に目の色を変えたと思ったら、単にそんなこと、……そんなことというのも申し訳ないが、もっと深刻な問題があるものかと思って身構えてしまった。
「石住井さんじゃないかな」
 静城の態度に私が戸惑っていると、ぽつりと廻が口を開いた。
「え、何?」
「その写真、確か石住井さんが撮ってくれたんだよ」
「……左様で御座いましたか。では、時期メイド長候補にはできませんね。残念です」
 石住井は数年前まで月之世家にいた使用人だ。結婚して家庭に入る為に使用人を辞めてしまったが、とても気の利く女性だった。
 その石住井がこの写真を撮ったのだと廻は言う。しかし、それを聞いても私の記憶は朧気なままだった。廻が言うのだから本当のことだとは思うのだが。
「お時間を取らせて申し訳御座いません。それでは失礼致します」
 疑問が解決されたからか、撮影者が判明すると静城はそそくさと部屋を出て行った。なんだか、私の知らない静城の一面を見た気がする。
「結子さん、クールに見えて結構面白い人なんだねぇ」
 私が抱いていた感想を朗らかな顔で廻が言った。よく考えてみれば、あの須藤をたしなめられる人物なのだから、ただの冷静沈着な女性ではないのだろう。今度は、こちらから世間話を振ってみるのも良いかもしれない――。


 廻の部屋を出た後、結子はなるべくいつもの足取りを心掛けて、同じ二階の給湯室を訪れた。周りに人がいないのを確認して、深い溜め息を吐く。
「はぁぁぁぁ……まさかの石住井さんかい。というか二年前って、都合の良いように上書きされてるの? それなら廻ちゃんが嘘を……駄目だ、ちょっと整理しないと」
 結子が二人を訪ねた本当の目的は、源次に話をつけた報告ではない。それとなく例の写真のことを話題に出すことだった。あの写真を撮ったのが祈なら、本人も自覚していない書き換えられた記憶を引き出すことができるかもしれないと思ったのだ。結果、廻から『石住井が撮った』という証言を得たが、結子にはそれが真実とは思えない。それに、綴の言った『二年前』というのも気になっていた。
「源次に見せそびれたけど、もしかして皆二年目の写真だと……なら、どうして廻ちゃんだけ? やっぱりあの子――」
 結子にはひとつ疑問があった。それは、ここ最近で急激に大人びた廻の存在だ。結子が初めて廻と会ったとき、彼女からは引っ込み思案の内気な少女、という印象を受けた。今でこそ「結子さん」と慕ってくれているが、初めのうちは打ち解けるのに少々の時間を要した。
 ここ最近の廻に、以前のような内気な少女という印象は受けない。二年という月日が彼女を成長させたのかもしれないとも考えたが、本当にここ最近までは内気な少女だったのだ。変化があったのは、ここ数週間のように思える。それは少し不自然ではないだろうか。
 結子の疑問を更に強くしたのが、今朝の様子だった。綴と廻を乗せて屋敷へ戻る途中、路上にいた鹿を見つけて廻は声を上げた。一見、結子を気遣っての行動に見えるが、鹿との距離は十分にあったし、あのような状況はこの土地で生活していれば何度もあることだ。何故、あのときに限って廻は注意を促したのか。
 それは、結子の話そうとした内容を遮る為だ。あのとき、結子は源次のことを『昔から知っている』と話した。それに疑問を抱いた綴がその内容を深く掘り下げようとしていたのだが、廻の注意によって会話は中断された。
 結子には、源次以外には話していない秘密がある。特に隠そうとは思っていないのだが、触れてはいけないこととでも思っているのか誰も追求してこない為、結果的に源次以外は知らないのである。
 それは、ある出来事が切っ掛けで成長の止まった自分の身体だ。結子の外見は若い女性の姿をしているが、実際は源次と同い年であり、故に『源次を昔から知っている』と発言した。この内容に触れようとしたとき、廻は咄嗟に鹿を見つけて話を遮ってきたのだ。つまり、廻はそのことを知っていて、敢えて綴には知られないようにした可能性がある。
 結子はこれを下らない妄想だとも思ったが、先程の廻の発言でその考えは捨てた。先程の廻は、撮影者の話題を早めに終わらせたがっていたように見えた。彼女は石住井が撮ったと言ったが、同じ体験をした綴が全く思い出せない状況で、そこまではっきりと覚えているものだろうか。もし、廻が意図的に撮影者を偽って伝えたのだとしたら、これで彼女の不可解な行動は二つ目になる。結子はこれを素通りして良い問題だとは思えなかった。
「……まずは本人に確かめるか」
 情報の整理が終わった結子は、次にやるべきことを考えた。それは、新しい情報の真偽の確認だ。撮影者が石住井だと言うのなら、本人に直接会って確かめれば良い。今は月之世の使用人ではないが、連絡先くらいは誰かが覚えているはずだ。
「何を確かめるんですか?」
 そう思ったところで、後ろから声を掛けられた。結子は驚愕の声を上げそうになったが、すんでのところでそれを抑えた。
「ああ、ちょっと調べ物。白百合しらゆりさんは休憩?」
「はい、お掃除が一段落したので」
「そう、お疲れ様。コーヒー飲む?」
「あっ、いえいえ、自分で淹れますから」
 そういえば自分は上司だったな、と思い、結子はその場からずれた。
 白百合と呼ばれた彼女は一年前に入ってきた使用人だ。どうやら親のつてらしく、高卒で入ってきた為、年齢はまだ二十歳である。分からないことばかりで不安そうにしていた彼女に「私も一年目だから似たもの同士だよ」と結子が声を掛け、それ以来二人は上司と部下でありながら、友人のように親しくなった。
「最近、何かと忙しそうですよね。大丈夫ですか?」
 結子のいた場所へ移動した白百合が、慣れた手つきでコーヒーを入れながら訊いてきた。肩で切り揃えられた茶色の髪から、ふわりと良い香りがする。
「まぁ、メイド長だといろいろねぇ」
「凄いですよね、お若いのに。えっと、おいくつでしたっけ」
「二十二と五百五十二ヶ月」
「あはは、何ですかそれ。そっかぁ、私と二つしか違わないのかぁ。年上の部下から反発されたりとかないんですか?」
「源次のお墨付きってことでそうでもないけど、まぁ、空気的なものは感じるかな」
 実際には全員が年下である。
「そうなんですかー。……よし、じゃあ自称一番の仲良しな私がいっぱいお仕事できるようになって、二十代前半組やるじゃんって思わせてやります」
「お、頼もしいねぇ。あと自称じゃないから安心していいよ」
「あっ、え、えと、えへへ」
 隣で照れくさそうにする部下兼友人を見て、結子はおかしそうに笑う。堅物な幼馴染をからかうのも悪くないが、こうして自分を慕ってくれる同性の友達も良いものだ、と嬉しくなった。
「仕事はどう? もう慣れた?」
「はい。というか、そもそも住んでる人数が少ないし、お嬢様方は身の回りのことをご自分でやられているしで、こんな楽をしちゃって良いのかなぁ、なんて」
「良いの良いの。やるべきことをきちんとやっていれば。若い人は仕事よりも自分の夢とか趣味にもっと労力を割くべきだからね」
「結子さんも若いじゃないですかぁ」
「そうでもないんだなぁ、これが」
 結子の冗談でもない冗談を聞いて、白百合はツッコミを入れながら笑っている。こうして白百合と休憩室や給湯室で下らない話をするのも、結子の楽しみのひとつであった。この二年間、月之世家と聡のことを休むことなく調べてきたが、こうしたひとときの癒しが結子の支えにもなっているのだ。
「じゃあ、そろそろ戻ります。調べ物、頑張ってください。あ、でもあんまり根詰めないでくださいね」
「うん、ありがとね」
 十五分程雑談した後、白百合は再び屋敷の廊下へ戻っていった。なんだか自分が孫に心配されている年寄りのようで、結子は思わず苦笑するのであった。

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