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ツキノセ 作者:
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親睦 - 5

お泊り会はこの回で終わる予定でしたが、もう一話だけ続きます。

 時刻は午後六時を過ぎた頃。
 階下にて鈴花のご両親の会話らしき声が聞こえた為、私達はリビングの様子を見に一階へ下りた。
「ああ、これはお嬢様方、どうぞそちらでお待ちください。もうすぐご夕食の準備ができまふかふぁね」
 どうやらご両親が夕食を用意してくれている最中だったようだ。キッチンに立っている小夜子さんが顔だけをこちらに向けて「待っててねー」と微笑んでいる。小夜子さんの料理を柳一氏が手際良く盛り付け、リビングのテーブルへ運ぶ。ご両親の邪魔にならないよう、私達はリビングのテーブルの周りに先程と同じようにして座ることにした。……今、柳一氏は噛んだような気がするが、本人の尊厳の為に黙っておこう。
「その口調噛むなら止めたら良いのに」
 ああ、折角の私の気遣いが。
「そこは聞き流すところだぞ娘よ」
「それよりこんなに早くどうしたの? お店は?」
 そこは聞き流すのか。
「今日は大事なお客様がいらっしゃってるからね。早めに閉店させてもらったよ」
「え、そんな、大丈夫なのですか」
「心配ご無用です。今日はもう常連ばかりでしたからね。ありがたいことに彼らは、私達のこういう部分に理解を示してくれているんですよ」
「こういう部分?」
 戸惑う私と廻に、柳一氏は出来上がった料理を次々と運びながら続ける。
「鈴花が小学生のときに、運動会や文化祭の日はお店をお休みにしたりと、実は割と我侭な経営をしていまして。今日来店していたお客様はそういうことをしていたときから通ってくれている常連さんでしてね。今みたいにお店を早く閉めても許してくれるんです」
 私の所為でそんなんなっちゃってるから申し訳ないんですけどね、と鈴花が付け足した。
 運動会――確か、学校の全児童が学級ごとにチームを組み、あらゆる競技で点数を競い合う行事、だったか。優勝という目標に一致団結して取り組むことにより、その集団の協調性が上昇すると父が評していた。
 成程、自分の娘がそういったものに励む勇姿を見届ける為に休業日を設けるというのは、なんとなくだが理解できる。柳一氏は我侭だと言ったが、それを理解してくれる客が多いということは、きっと温かみがあって良いことなのだろう。
「まぁ、娘のことを疎かにしてまでやるべきことなんて無いということですね。あ、今ちょっと良いこと言ったんじゃない?」
「ちょっと嬉しかったけどそのドヤ顔がね」
 娘のことを疎かにしてまでやるべきことなんてない。
 柳一氏は何でもないことのように言っていたが、そんなことを微塵も思っていない父親が世の中にはいることを私は知っている。しかし、今その話をしたところで場の空気が重くなるだけだ。私は僅かに生まれた負の感情を片隅に追いやることにした。
「でも、今日は私たちの為に早めに閉店していただけたんですよね。ちょっと申し訳ないですけど、嬉しいです。ありがとうございます、お父さん」
「お父さん!?」
「あ、ごめんなさい。何だか『おじさん』って感じがしなくて」
「いいいいいえ全然構いませんぞそそれに娘の友達――じゃなくて主様がいらっしゃっているのですからととと当然ですとも。さ、さて料理が全て出揃いましたな」
 廻のお父さん呼びに激しく動揺していたが、いつの間にか柳一氏は料理を全て運び終えていたようだ。……確かに、彼はいつも鈴花の為にお店を休むと言っていたが、今日は私達を待たせないよう早めに夕食の準備をしてくれていたのだ。娘の主とはいえ、初対面の私達の為に。それを思うと、胸が温かくなる感覚を覚える。
「はーい、お待たせしました」
 小夜子さんがエプロンを外して、柳一氏の隣に座った。柳一氏から時計回りに小夜子さん、鈴花、私、廻という形になる。そういえば、いつものテーブルに隣接する形で、もう一つ小さなローテ―ブルが置かれている。お陰で、五人で食卓を囲む状態でも窮屈ではない。ご両親が気を利かせてくれたのだろう。
「うちのご飯じゃ物足りないかもしれないけど、どうぞ召し上がって」
 小夜子さんが私と廻を見てにっこりと微笑む。
「そんなことありません。ありがとうございます」
「うん、とっても美味しそうです。いただきます」
 廻のいただきますに続き、各々が同様の言葉を口にして箸を取る。私も箸を取ろうと思ったが、その前に一つ、言っておきたいことがあった。
「お父様」
「はいっ?」
 ……おじ様の方が良かっただろうか。
「先程の、お父様は『主』と訂正していらっしゃいましたが、私と鈴花さんはもうお友達ですから、その必要はなかったのですよ。ね、鈴花」
「は――う、うんそうだねつ、つつ、綴ちゃん」
「えへへ、私もだよねー」
「う、うん、廻ちゃん」
 この娘、父のことをあまり強く言える立場ではないのではないだろうか。
 まぁ、それは置いておくとして、鈴花が初めて私のことを「綴ちゃん」と呼んでからというもの、結局鈴花はそれに慣れることはなかった。敬語と常語の入り混じった口調になり、目があちらこちらへと泳いでしまう。……が、心なしか廻に対してはそういった挙動が緩和されているような気がする。あの子の人柄がそうさせるのだろうか。
「すーちゃん顔真っ赤」
「だ、だってさぁ」
 くすくすと笑いながら鈴花をからかう小夜子さん。うん、やはり鈴花は父親似だと思う。
「ははっ――そっかそっか、良かったなぁ、すず」
 思わず、といった様子で柳一氏が笑い声をあげた。
 それを見て、鈴花と小夜子さんがきょとんとした顔をしている。
「え、な、何?」
「お父さんがお父さんみたいなリアクションしてる……」
「それ何の問題もないよね!?」
「いつもがいつもだものねぇ」
「うぐぐ、ま、まぁ否定はしないけどさ……。ちょっと、二人の様子を見て懐かしくなっただけだよ」
 それより、と柳一氏は私と廻に向き直る。
「お二人のように聡明な方とお友達になれて鈴花は幸せ者です。どうか仲良くしてやってください」
「こちらこそ。恥ずかしながら私は世間知らずですから、鈴花さんからいろいろと学ばせて頂こうと思っています」
「私もお友達になれて嬉しいです」
 自分の話題になったことが恥ずかしいのか、鈴花が目を泳がせたままそわそわしている。今の言葉は心から思ってのことだが、あまり羞恥心に駆らせるのも悪いので、この辺りにしておこう。
「お時間を取ってしまってすみませんでした。頂きます」
「はーい、どうぞ」
 箸を取り、目の前に広がる料理を眺める。
 きっとこれがメインディッシュなのだろう。じゃがいもと牛肉、それといくつかの野菜が一緒に炒められたもののようだ。似たような色の食材が多い中、さやいんげんと人参の鮮やかな色が映える。
 メインディッシュの両隣には、お豆腐と小さめの魚の煮付け、右の手前にお味噌汁があり、左手前に白米、左奥にお漬物が並ぶ。これらは家で和食が出た際に食べたことがあるので知っている。
 ……和食を食べる際は汁物から手を付けるのが基本だが、見たところそれを意識している人間はこの空間にはいない。だが、それぞれが好きなものから手を付け、好きな順番に味を楽しむというのは、とても自然な行為に思えた。本来、食事とはこうあるべきなのかもしれない。
「ここはお家じゃないから、良いと思うよ」
 私の心を見透かしたように廻が言った。少し驚いたが、なるほど、未だ料理に手を付けずにメインディッシュを眺めている私を見れば、誰でも察しがつくかもしれない。私は「そうね」と相槌をうって、香ばしい色へと調理されたじゃがいもを口へ運んだ。
 口の中でじゃがいもがほぐれると、その度にじゃがいもの甘さ、そしてかかっているたれの程良いしょっぱさが広がる。私は無意識に白米を口へ運び、じゃがいもを飲み込む前に玉葱やにんじんに手が伸びていた。
「これ、とても美味しいです。優しい味付けで……家では出たことがありません」
「あら嬉しい。綴ちゃんのお口に会って良かった」
「そうかぁ、確かにお金持ちの家だと出てこないかもなぁ。廻様は如何ですか?」
「とっても美味しいです。肉じゃがってこういう味だったんですね」
「え、廻は知ってたの?」
「あ……、うん、料理の本で見たの」
 そういえば、廻は料理にも興味を示していた。一般的な家庭で作られる料理の本でも見ていたのかもしれない。
 それにしても肉じゃがとは、何と分かりやすく覚えやすい名前だろう。そんなことを考えながら、私は残りの料理にも期待を含めて手を伸ばした。

「それで、執事の源次さんが私に向かってどどどーって走ってきて、あっという間に怪我の手当てをしてくれたんです」
「それ以降、私も廻も、彼を第二の父親のように思っているんです」
 五人で囲む食卓は、いつの間にか私達の昔話でにぎわっていた。というのも、小夜子さんが私達の家の話を聞きたいと言うので、印象深いエピソードを廻にいくつか語ってもらっている。廻が積極的に話をしているのが少し意外だった。
「なんかドーベルマンみたいな人だなぁ」
「あ、それ分かる。背高くてがっしりしてて、すごく安心感あるんだよね」
「あれ、阿實家にも安心感のある男が一人いたような気がするなぁー?」
「ドーベルマンじゃなくて落ち着きのない柴犬だけどね」
「あらあら」
 最早お約束となった阿實家のやり取り。思えば、家ではこんなにも賑やかな食事をしたことがない。あれは一種の定期報告会のようなものだった。いくら料理が高級であっても、共にいるのがあの父親では、満足に味も楽しめない。
「いやぁなかなか口の達者な娘でして。お二方にも失礼なことを言っていないかどうか」
「鈴花さんはとても気の利く人ですよ。それとお父様、私達は鈴花さんのお友達なのですから、もう敬語をお使いになる必要はありません」
「しかもそのしゃべり方妙に胡散臭いし」
「左様で……じゃなくて、そ、そうかな? なんかちょっとだけ執事気分だったんだけど」
「えっ何、執事のつもりだったの?」
「あ、そういう素のツッコミが一番くるな……」
「お父さんぼろぼろねー」
 ……そして、父親という存在がこんなにも家族との距離が近いというのも新鮮だった。鈴花はことあるごとに辛辣な言葉を向けるが、そこに刺々しさはなく、親子の間に信頼関係が築かれているからこその会話だろう。
 二人の漫才のようなやり取りを眺めながら、食事を進める。お豆腐もお味噌汁も、無意識のうちに食べきってしまいそうな程美味しい。といっても、高級料理のように研ぎ澄まされた美味ではなく、思わず口に運んでしまうような優しい美味しさなのだ。気付けば残り少なくなっているのである。
「あと、結子さんってメイドさんがいて、すごく若いんですけど、源次さんとお友達みたいに話してるんです。丁度、鈴花さんとお父さんみたいな感じで」
「え、それ親子なんじゃない?」
「私もそれ思ったけど、それなら源次って呼び捨てにするのおかしくない?」
「ああ、確かに」
「不思議ですよねぇ」
 そういえば、私もそれは不思議に思っていた。二年前、前任のメイド長が急病で月之世家を去り、急遽次のメイド長としてやってきた静城。経歴はよく分からないが、その人柄ですぐに他の使用人と馴染んだ。須藤に対してはあまりに自然に接していたので、いつしかその態度に疑問を抱かなくなっていたが。
「お姉ちゃん」
 不意に廻に声を掛けられた。別のことを考えていた為、少し返事が遅れてしまう。
「あ、うん、何?」
「お姉ちゃんからも何かお話ない?」
「お話……あ、そ、そうね。ええと、何かあったかしら」
 そういえば、先程から廻に語らせてばかりだった。そろそろ私からも何か話題を出すべきだろう。
「そうそう、鈴花さんから携帯ゲーム機の遊び方を教わったのですが、お二人はゲームはされるのですか?」
「ああ、そういえばすずが言ってたな。小夜はそうでもないけど、僕は結構いろいろやるよ」
「私も、お父さんの影響でやってるようなもんだからねぇ」
「ふふ、綴ちゃん、結構負けず嫌いだって聞いたよ」
「えっ」
「ああ、勝つまでやったってやつか。すずは大人げないからなぁー」
「ここにもーっと大人げないおっさんいるけどねぇー」
 まさか、あの日のことをご両親に話していたとは。……確かにあのときは少しむきになっていた気がする。だが、それと同時に如何にして勝つかを考えるのも楽しかった。
「でも確かに綴ちゃん、すっごい負けず嫌いだったね」
「あ、あれは貴女のキャラがぽよぽよしてるくせに妙に強かったのが納得いかなかっただけよ」
「えへへ、むきになってるお姉ちゃん見てみたかったなー」
「もー廻まで!」
 鈴花と廻が合わさると、いつの間にか私がからかわれる流れになっている気がする。この恥ずかしさには全然慣れそうにない。
「まったく……二人とも妙に相性が良いんだから」
「ふむ、綴ちゃんはクールっ娘に見えていじられキャラか」
「くーるっこ?」
「そこー綴ちゃんと廻ちゃんに妙な知識をひけらかさなーい」
「おっと失礼。……お、いつの間にか皆食べ終わってたね。お茶でも持ってくるか」
 そう言って柳一氏はその場を立ち上がる。
「ご馳走様でした。どれも美味しかったです」
「ごちそうさまでしたー」
「はーい、お粗末様でした。皆綺麗に食べてくれてお母さん嬉しいっ」
 ぽん、と顔の前で両手を合わせ、小夜子さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ごちそうさまー。何か、今日はいつにも増して美味しかった気がする」
「だってすーちゃんの新しいお友達だもの。お母さん張り切っちゃった」
 えへん、と小夜子さんが胸を張る。口調は大人の女性でもその可愛らしい仕草は、見た目と相まって少女のそれにしか見えない。
 よいしょっと、という掛け声と共に小夜子さんが立ち、食器を片付け始める。
「あ、お手伝いします」
「いいのいいの。お客さんはおもてなしされるのが役目なのです」
 笑顔の小夜子さんにやんわりと制されてしまった。五人分の食器を片付けるのは大変であると思うのだが、私は自然と小夜子さんの優しさに従うように立ち上がりかけた体を戻した。なんというか、小夜子さんにはついつい甘えたくなるオーラのようなものが纏っている気がする。
「ほいほい、お茶が入りましたよっと。あ、小夜、食器は僕が洗うからお風呂入れてきてくれる?」
「はーい」
 小夜子さんが食器を全て下げ終わると同時に、柳一氏が湯呑みが五つ乗ったトレーを持ってきてくれた。それを手際良く私達に配ってくれる。ありがとうございます、と私と廻が同時に言う。
「どうもね」
「なんも」
 最後に鈴花へと湯呑みを渡すと、柳一氏は再びキッチンへと戻っていった。

 ご両親が席を立ったことにより、リビングは少し静かになる。キッチンがすぐそこなので、食器を洗っている音がここまで聞こえるというのが新鮮な気分だ。ずず、と私達三人がお茶を啜る音が時折聞こえる。
「こんな騒がしい晩御飯って初めてです――初めてだよね。気分悪くしてない?」
 正座から体操座りに態勢を変えた鈴花が苦笑交じりに訊いてきた。
「全然。むしろ、家族で摂る食事っていうのは本来こうあるべきなんだと思ったくらい」
「私もあんなにおしゃべりしながらお食事したの初めてだよー」
「そ、そう? なら良かったです、だよ」
 えへへ、と鈴花は照れくさそうに笑う。いつも通りに過ごしているように見えて、私達のことを気に掛けてくれていたようだ。
「うちのお風呂、普通の家よりは大きめなんだけど、多分狭く感じるよね……大丈夫かな」
「どれくらいの大きさなの?」
「五人くらいなら余裕持って一緒に入れると思うんだけど」
「わぁ、じゃあ本当に大きいんだね」
 前に使用人の一人に聞いた話では、一般家庭の浴槽は精々三人までが限界だったはずだ。それなら、阿實家の家は本当に大きめのお風呂なのだろう。
「そういえば私、月之世家のお風呂はまだ見てないんだけど、どれくらい大きいの?」
「確かあの屋敷を建てた頃の当主が、当時好きだった旅館の大浴場を再現したらしいけど」
「うわぁ、良いなぁ」
 鈴花が遠い目をしている。大きなお風呂に憧れがあるのだろうか。
「今度から帰る前にでも入って行けばいいわ。須藤ならそれくらいさせてくれると思うから」
「良いんですか? いやぁ役得ですなー」
「鈴花さんお父さんと話し方ちょっと似てるよね」
「え゛」
 鈴花が固まった。ちょっとどころかという話なのだが、やはりこの娘、自覚していなかったようだ。
「まじかぁ……いやかといってお母さんみたいな話し方できないもんなぁ」
「お母さんもとっても優しいよね。ちょっと羨ましいな」
「あら、うちの子になる? 廻ちゃん」
「わぁ!」
 いつの間にか廻の背後に小夜子がいて、後ろから廻をぎゅーと抱き締めていた。
「びっくりしたぁー」
「うちのお母さん、こう見えて神出鬼没なんだよね……」
「ふふ、二人ならいつでもうちの子にしてあげる。あ、今お湯入れてるところだから、お茶飲んでもう少し待っててね」
 小夜子さんはひとしきり廻を撫で終えると、今度は私の方に近付いてくる。
「休憩のときはお父さんが皆を独り占めしてたから、今度は私の番ー」
「ひゃっ」
 そのまま、正面から抱き締められた。
「ちょ、お母さん、ご令嬢! 月之世家のご令嬢!」
「おい、なんかお父さんの知らないところからきゃっきゃうふふな声が聞こえてきてるぞ! ずるい!」
 食器を洗っているであろう柳一氏の声がキッチンから響いている。
「あ、ごめんなさい。こういうの嫌いだった?」
 鈴花に止められ、慌てて小夜子さんが私から離れる。
「い、いえ。その、抱き締められるという経験があまりなかったので少し驚いてしまいましたが、えっと、嫌、ではないです。むしろ、安心するというか」
「私も全然嫌じゃないですー」
 おろおろとこちらを気遣う小夜子さんだったが、私と廻がそう言うと落ち着きを取り戻し、
「……なら、尚更私を第二のお母さんだと思って甘えて?」
 そう言って私と廻に向かって両手を広げた。一瞬、幼少期に母が亡くなったことを察しているかのような振る舞いにどきりとしたが、それを匂わせるような話はしていないので気のせいだろう。しかし、小夜子さんは本当に不思議な人だ。少女のような外見をしているのに、その醸し出す包容力に身を委ねたくなってしまう。
「もーお母さんまたそうやって」
「じゃあお言葉に甘えてー」
 ぽふ、と廻が小夜子さんに抱きついた。人見知りをする廻がここまで自然に甘えているのだから、やはり小夜子さんには安心感があるのだろう。
「ほらほら、綴ちゃんも」
「う、じ、自分からはちょっと恥ずかしいというか」
 それに、私は年齢で言えば中学生だ。流石にこういう行為には少し抵抗というものが――
「ほらほら、おいで」
 ぽんぽん、と空いた方の手で自分の膝を叩く小夜子さん。
 ……私は無言で包容力に屈した。
「ふふ、よしよし」
 とん、とんと私と廻の背中を優しく叩いてくれている。小夜子さんの優しい香りと安心感に規則的な手の動きが合わさり、眠たくなってしまいそうだ。
「我が母が我が主達を二人同時に抱き締めている……なんだろうこれ」
「あ、ほらやっぱり羨ましいことしてる!」
 すぐ後ろで柳一氏の声がした。食器洗いを終えて様子を見に来たのだろうか。
「ふふ、今は私が独り占め中なのよー」
「……あれ、そういえばお風呂は?」
「あ」
 鈴花の一声にご両親が同時に声をあげる。慌てて小夜子さんが様子を見に行くと、幸いにも溢れる前の状態だったようだ。
「すーちゃん、ないす」
 戻ってきた小夜子さんがふぅ、と息を吐いて親指を立てる。ああ、この人も鈴花の母親なんだなぁ、と少し安心した。
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