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ツキノセ 作者:
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親睦 - 4

ご閲覧ありがとうございます。
今回から一話毎の文字数が以前より多くなる予定です。
 

 大切な人を失ったとき、人はその悲しみとどうやって向き合うのだろう。
 悲しみを飲み込んで、大切な人の分まで生きようとする人。
 悲しみを押しつぶす為、周りを巻き込んで暴走する人。
 ……悲しみに耐え切れず、大切な人の後を追う人。
 いろんな人がいるだろう。
 あの人は、周りを巻き込んで暴走する方の人間だった。
 でも、それを見ていた私は、どうしたらいいのか分からなかった。

 ――だから、その人にとっての大切な人を取り戻してあげようと思った。




 新しい土地、新しい人、新しい家。
 引越し先はとてものどかな村だった。高い建築物は見当たらず、この村で大きな建物と言えば駅の近くにある役所くらいのものだ。
 見慣れない景色に最初は戸惑ったものだが、村で商店を開いている男性が村の紹介から新居まで面倒を見てくれた。
 丁度役所の近くに空家があったので、私はそこを新居にしたいと申し出た。すると男性は「じゃあ今日からここが君の家だ」と言って、その家の料金を提示してきた。この男性が不動産を兼任していることにも驚いたが、その話の早さに私は驚愕した。
 だが、生憎手持ちは少ない。私はそのことを男性に伝えると――
「じゃあ、今日からぼくのお店で働いてコツコツ返してもらうだぬ!」
「――は?」
 私はゲーム機を持ったまま固まった。

「どうかしましたか綴様」
 鈴花が横からゲーム機の画面を覗き込む。
「いや、家を買いたいんだけど、まさかこの千円がこの主人公の全財産じゃないわよね。銀行に行きましょう銀行に」
「全財産ですよ」
「嘘でしょう?」
「ところがどっこい本当です。……まぁ、納得いかないでしょうけど、そういうゲームなので。ふぁいとです」
 そう言って鈴花はぐっと拳を握りしめた。まったく、ふぁいとではない。自然豊かな村で自由気ままに生活できるゲームだと言っていたのに、早速借金という枷を付けられてしまった。なんという詐欺だろうか。
「この主人公の頭が大層おめでたいという批判は出なかったのかしら」
「子供はそんなこと気にしてませんよ」
 確かに子供はそこまで気に掛けて遊んでいないだろうが、しかし、いくら何でも千円はないだろう。一般的な暮らしをしていない為に金銭感覚がずれているであろう私でも分かる。引越し先に野口英世を一人しか連れていかないということがいかに愚かなのか。いや、そもそもこの主人公は全財産が野口一人なのだ。一体どういう暮らしをしてきたのだろうか。
「……綴様って、絵本の中のキャラクターに文句言ったりとかしてませんか?」
「あはは、私の前ではなかったけどなぁ」
 はっとして顔を上げる。見れば、苦笑いをする鈴花の隣で廻も同じように笑っていた。しまった。つい鈴花と二人きりのときのような振る舞いを。
「あっいえ、これはね、怒っているわけじゃないのよ。ちゃんと楽しんでるからね」
「ふふ、気にしないでお姉ちゃん。そういうお姉ちゃんも面白くて好きだよ」
 廻の屈託のない笑顔に胸を打たれた。どうしたことだろう。この子が優しいのは昔からだったが、こんなにも包容力に溢れていただろうか。
「引かれてなくて良かったですね」
「と、当然よ。廻は優しいからね」
 おどけてみせるが、内心、私は少し動揺していた。廻の天使のような笑顔に心を奪われたからではない。いや、心ならとうに奪われているのだが、そういう話ではないのだ。
――『お姉、ちゃん……』
 私の脳裏に、父に連れられて家を出て行った廻の顔が浮かび上がる。
 あの日、私は廻の想いを受け止められなかった。私と対等な姉妹になりたいという廻の想い――私はそれを嘘だと思い込もうとした。その結果、廻が見たこともないような辛い顔をしていたのを、今でも思い出してしまう。
 そして、今のように廻が笑顔を向けてくる度にそのとき記憶が蘇り、罪悪感に駆られてしまうのだ。妹の想いを無下にした私に、その笑顔を向けられる資格があるのかと。
 それでも、廻は笑ってくれる。それに、以前とは廻の振る舞いに余裕があるような気がする。うまく表現できないが、廻に気を遣われている気がするのだ。
 たとえば、先程の宿泊の件がそうだ。いきなり泊まっていかないかと提案してきた鈴花に対し、私は戸惑ってうまく言葉を返せなかった。そこへ廻が仲裁に入ってくれたお陰で、事は丸く収まった。そのときも廻にはどこか余裕があったように見える。自分に対し冷たい感情を向けてくる父への電話さえも、廻が自ら買って出たのだ。一体どのようにお願いをしたのか疑問だったが、廻と父との間に出来た溝を考えると、とても訊く気にはなれなかった。
 その後、鈴花がご両親に私達が宿泊できることを伝えに行き、二つ返事の了承を得ると、廻はまた私に笑い掛けた。「お泊り楽しみだね、お姉ちゃん」と。
 そのときの笑顔も、私を慮ってのものであったような気がしたのだ。

「商品配達で三百円……ただ働きと大した変わらないじゃない」
「お、早速頑張ってますね」
 そして、鈴花のご両親が仕事を終えるまで、私達は鈴花の部屋で過ごすことになった。いろいろと思うことはあるが、あまり思い詰めていても楽しそうにしている廻に申し訳ない。それに、妹の成長に違和感を覚えるというのもおかしな話だ。折角のお泊りなのだから。後ろ向きになりがちな思考は切り替えよう。
「見て見て鈴花さん。手持ちがたくさんになったよ」
「あらまぁ、すっかり大所帯ですね」
 鈴花のベッドに腰掛けて別の携帯ゲームをやっていた廻が声を上げる。廻のやっているゲームはどうやらロールプレイングゲームというジャンルのようだ。数百種類もいるモンスターを飼い慣らし、同じくモンスターを飼い慣らしている人間と競い合い、その道の頂点を目指すという趣旨らしい。
「うーん、勝負はしなくても良いんだけどなあ」
「まぁまぁ、この世界ではスポーツみたいなものですから」
 初めは三人でできるゲームをしようという話だったが、鈴花が「二人がそれぞれゲームをしているところが見たい」と言い出したので、各々気になったゲームで遊ばせてもらっている。
「やっとアルバイトが終わったわね……え、返済はいつでも良いってどういうこと。怪しい」
「ほのぼのしたゲームに用心深いなぁこの人」
 当然だ。人当りの良い人間ほど狡猾にこちらの懐を狙っているものなのだから。……皮肉なことに、父の教えだが。
「さて、一区切りついたしこの辺りで休憩しようかしらね」
 データが記録されたことを確認すると、私はゲーム機の電源を切った。
「えー、もう止めちゃうんですか? 私の家もまだ見てないのに」
「あ、そっか。鈴花が作ったキャラクターもいるんだっけ。……いえ、また今度にするわ。あまりの落差に惨めな思いをしそうだから」
「二階も地下室も作りましたからね」
「ほら見なさい」
 得意げにする鈴花を横目で見やった後、私は改めて彼女の部屋を眺めてみる。というのも、部屋に入った直後は廻のことが気になっていてよく見ていなかったのだ。
 今私がいるのは、部屋の真ん中に置かれた丸い形のローテーブルの前で、同じく丸い形をしたクッションに腰を下ろしている。インテリアと絨毯は暖色に統一されており、温かみがあって居心地が良い。私の丁度正面、廻のいるベッドの枕元にはバスケットボール程の大きさのころんとした羊のぬいぐるみが置いてある。部屋に入るなり廻が羊に挨拶をしていたのが、廻らしくて微笑ましかった。
 ベッドの横には勉強机があり、その上には筆記用具、一週間の学習内容が記された予定表が置いてある。それを見て、鈴花が私とは違う『学生』なのだということを思い出す。
「ねぇ、鈴花」
「はい?」
 廻のゲーム画面を覗いていた鈴花が、座ったままの私に視線を向ける。
「学校はどんなところ?」
 窓際に掛かっている学校の制服を見ながら、私は問い掛けた。同時に廻もゲームを止めて私の方に視線を移したのを感じる。
「そうですね、まぁまぁ楽しいですよ。同じ年齢の子達と一緒に勉強をして、一緒に遊んだりして。言葉だけで聞くと楽しそうですけど、周りに合わせなきゃいけない場面とかも多くて、結構面倒臭いこともあります」
「同じ年齢の子がたくさんいるっていうのは、ちょっと想像が尽かないわね」
「……そうですよね。優しい子もいれば、意地悪な子もいて、全員と深く関わることってほとんどないんです。中にはそういう子もいますけど、大抵は気の合う友達を見つけて、自由な時間は大体友達と一緒に過ごしてますから」
「鈴花さんにも友達がいるんだよね?」
 今度は廻が質問をした。
「ええ、でもそんなに多くはないですよ。わいわい騒ぐより少ない人数でいるのが好きなので」
「そうなの?」
「人気者そうなのに」
「何故に!?」
「よく気が利くし、容姿だって恵まれている方だと思うけど」
「ちょちょちょ、何ですか急に」
 鈴花が顔を紅くして慌てふためき出した。褒められることに慣れていないようだ。……私と同じように。
 だが、からかっているわけではない。出会った当初から周りを思いやる性格なのだろうとは感じていたし、容姿も端整な方だと思う。
「確かに、ラブレターとか貰ってそう」
「え……いや、ないですよ、ないない」
「何かしらその間は」
「いえ、あの、小学生の頃ですから。ノーカウントですよノーカウント」
「やっぱり貰ってる!」
 廻が口の前で両手を広げて目を輝かせた。どこでそんな知識を覚えたのか分からないが、意外とこういう系統の話が好きなようだ。
「も、もう、私の話は良いですから。それよりあの、やっぱり気になるものですか? 学校の話って」
 上手く軌道を修正してきた鈴花に何と返したものかと少し迷ったが、結局、思っていたことをそのまま口にする。
「ええ、まあ、知らない世界だからね。私達にとっては」
 変に気を遣わせるのも悪いので、なるべく軽い口調で返事をした。同じく軽い口調で「そうですよねぇ」と鈴花が返してきたのでほっとする。
「もし私達が学生さんだったら、鈴花さんとお友達になれてたかなぁ」
 廻が柔らかな笑みを浮かべながら言う。
「もちろんですよ。でも私が声を掛ける前に人気者になっちゃいそうだなあ、こんな美少女姉妹」
「あら、さっきの反撃かしら」
「いやいや、本当に」
「あ、でも私は一つ下だから、同じ学級にはなれないね。ちょっと残念」
 廻の笑みに少しの寂しさが混ざった。そうか、年齢が違うと学年が分かれてしまうのだ。当たり前のことだが、そこまで考えが及ばなかった。
「なんの、私と綴様が休み時間の度に廻様のクラスまで行けば良いんですよ」
「その前にび、美少女の私と仲良くならないといけない、わね」
「……自分で言いながら赤面しないでください」
 自爆した。だがそんな私を見てくすくすと楽しそうに笑う廻が見られたので、場を和ませようという目的が達成できたということで良しとする。……いちいち廻の表情を気に掛けてしまうのもどうかと思うが。
「えへへ、本当に友達みたいだね。お姉ちゃんと鈴花さん」
 そう言って廻は嬉しそうに微笑んだ。どうやら、私と鈴花が仲良くしているのを見るのが嬉しいようだ。車で移動している間から、私と鈴花のやり取りを見ては楽しそうに笑っていた。
 その笑顔を見て、ふと私はこの家に来たばかりのとき、廻に言われた言葉を思い出した。

――『お姉ちゃんは、お友達欲しかった?』

「いやいや、お友達だなんて恐れ多いです。メイドとしても微妙なのに」
「何言ってるの。もうほとんど友達みたいなものじゃない」
「……え?」
 鈴花が私の方を見て目を丸くした。
「一緒に遊んで、たくさんお話をして、ご飯まで食べたんだから。それとも不服なのかしら」
「えっ、ええ? いやいやいや、不服なんてそんな。で、でも」
 戸惑う鈴花を見て、廻が何かを察したように小さく笑った。
「お姉ちゃんは不器用さんだね」
「め、廻様?」
「ごめんね鈴花さん。うちのお姉ちゃんが素直じゃなくて。お姉ちゃん、鈴花さんが困っちゃってるよ」
「……う」
 こちらの心を見透かすように優しく微笑む廻に、思わずたじろいでしまう。はっきりと口にするのは妙に恥ずかしかったので、立場を利用して押し切ろうと思ったのに。まさかここで廻に諭されるとは思わなかった。本当、いつの間にこんなに気が付く子になったのだろうか。
 私はしばらく口を動かすのを躊躇っていたが、廻の視線に耐えかね、観念して思ったままを言葉にする。
「あー……えっと、ね。私、友達なんていたことないから、その、友達みたい、じゃなくて、本当に鈴花が友達だったら、いいなって。それに、廻とも友達になってくれたら、嬉しい、し」
 無意識に目をあちらこちらに泳がせてしまい、自分の手の位置も上手く定まらない。自分の気持ちを飾らずに伝えるということが、こんなにも難しいことだったとは。
「綴様……」
 鈴花の顔を正面から見ることができない。何だこれは。罰ゲームか何か――いや、分かっている。これは、自分から友達になりたいという思いを伝えようとしなかったが為の罰のようなものだ。廻にも成長が見受けられるように、私も不器用な箱入り娘から少しは前進しなくてはならない。
「な、何か言って頂戴」
「綴様、私のことそういう風に思っていてくれてたんですね」
 私の言葉を噛み締めるように、鈴花の顔から笑みが零れる。
「……ちょっと落ち着きのないところもあるけど、それでも、貴女の振る舞いに好意を抱くことはあっても、嫌悪する部分なんてないもの」
「ちゃっかり辛口だ」
 そう言った鈴花の顔は嬉しさで綻んでいた。恥ずかしさで死んでしまいそうなのでやめてほしい。
「えへへぇ、良かったねぇ。お友達だよ」
 私達のやり取りを聞いていた廻が、顔の前で手を合わせて満面の笑みを浮かべている。私の思いが受け入れられたのは嬉しいことなのだが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。体がむず痒くてのたうち回りたい気分になる。
「だ、だからねぇ、ほら、あれよ、その綴様廻様っていうの、メイドの格好をしていないときはいいからっ。はいもう今から友達開始っ」
 恥ずかしさをまぎらわす為に早口で捲し立てる。相当な無茶振りをした気がするが気にしない。
「ええっ? ちょ、いきなり無理ですよそんなの! 自分の立場がお分かりですかお嬢様!」
「ええいお黙り! 八つ当たりで大変申し訳ないけどこの何とも言えない恥ずかしい空間を責任持って何とかしなさいな!」
「気遣ってるようで無茶苦茶言ってますけど!」
 私と鈴花がわいのわいのと騒ぎ立てる。こんな風に大きな声を出すときと言えば、ほとんどは父に食って掛かっているときだけだった。だが、今はそのときとは違い、心を蝕むような怒りは無い。不思議な感覚だ。やはりそれは、私が鈴花に気を許している――友達、だからだろうか。
「ぜ、絶対茶化さないでくださいよ!? 田舎娘が何タメ口きいてるのかしら? とか言わないでくださいね!」
「私だって温室育ちの田舎娘よ! ほらほらお友達の第一歩!」
「お姉ちゃんそれフォローになってないー。あんまり鈴花さんを困らせたらだめなんだよー」
「良いんです廻様。うう、この人絶対恥ずかしさで訳分かんなくなってるよ……ご、ごほん」
 困った顔で笑う廻の隣で、鈴花がわざとらしい咳払いをする。とても強引に流れを切り替えてしまったがもう何だって良いのだ。これで鈴花が『綴』でも『綴さん』でも呼んでくれれば、はいよくできましたと大袈裟に拍手をして、先程のように皆でゲームをしたりティータイムにでもすれば良い。
 ちょっと学校の話を聞くだけのつもりが、どうしてこんなことになってしまったのか。いや、鈴花と友達という関係にまで踏み出せているのはとても喜ばしいことなのだが。
「で、では」
 少しの沈黙の後、鈴花がすぅ、と息を吸った。そして、きりっと引き締まった鈴花から出た言葉は――
「つ、つつっつ、つ、綴、ちゃん」
――まさかの『ちゃん』付けだった。
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