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ツキノセ 作者:
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親睦 - 2

閲覧ありがとうございます。
「そうそうこれ、二年くらい前に撮った写真なの」
 綴さんが差し出した一枚の写真。
 そこには可愛らしい二人の姉妹があった。
 気丈な姉と、心優しい妹、といった感じだろうか。
 二人とも、この写真の撮影者にとても気を許しているのだろう。表情の柔らかさがそれを物語っている。
 とても心の温まる写真だなと思った。
 ただ一つの違和感を除いて。
 綴さんの年齢は、確か私と同じ十二だ。
 彼女はこの写真を二年くらい前のものだと言った。
 だが、写っている二人は――
 ――どう見ても、小学生になったばかりの少女にしか見えなかった。


「それでは、お帰りの際は私へお知らせください」
「ええ、ありがとう静城」
 廻、鈴花、私の三人が静城の運転する車から降りると、静城はそう言って来た道を戻っていった。私は視線を目的の場所へと向ける。
 屋敷を出てから車で三十分程走った場所に、その喫茶店はあった。
 私達が降りた場所は裏口の方であった為、こちらからは一般的な民家にしか見えないが、降りる前に少しだけ正面の入口が見えた。
 ログハウスというのだろうか。木に囲まれ、ところどころに樹木をそのまま使用した跡が見られるその建物は、それだけで見るものに落ち着きを与えた。入口には煉瓦で出来た階段があり、昇った先の扉付近にはランタンが取り付けられていた。きっと夜には、あのランタンが温かい光で客を迎えてくれるのだろう。
「うーん……」
 静城を見届けた鈴花が私の横で唸る。見れば何やら難しい表情をしていた。
「なんか、急に恥ずかしくなってきました」
「貴女さっきまでノリノリでお父上のお話をしてたじゃないの」
「だ、だからですよ。あんなノリの軽い人を二人に会わせて良いものかどうか」
「私は別にお父上が戦国武将の生まれ変わりでも気にしないわよ」
「私もやみのそしき? の話をされても引いたりしないよー」
「ああ恥ずかしい……」
 鈴花が両手で顔を覆う。
 ここへ来る道中、廻が鈴花の家のことを訊いたのを切っ掛けに、その後はずっと鈴花の両親の話がほとんどだった。最初は戸惑いながら答えていた鈴花だが、次第に上達になっていき、彼女の父の様々な逸話を聞くことになった。
 どうやら彼女の父は自分の気に入ったキャラクターに影響を受けやすいらしい。その所為で、鈴花の学校には秘密裏に結成された組織があり日常の平和が脅かされて……などと言った創作話を聞かされることもあったそうだ。鈴花曰く、そういう場合は雑に相槌を打ってやるとしょんぼりして部屋に帰っていくのだとか。
「面白いお父様だよね。私は会ってみたいなあ」
 廻はいつの間にか鈴花に対して敬語を使わなくなっていた。それなりに人見知りをする子なのだが、それだけ鈴花が親しみやすいのかもしれない。
「まぁ良いか、それ以前に私も大分変な子だし。血だな……」
 鈴花は引き攣った笑みを浮かべてぼそりと呟いた。そうこうしている内に玄関の前へ着き、鈴花は慣れた手付きで鞄から鍵を出し、扉を開いた。
「どうぞ、お二人のお家から見たら随分と狭いでしょうけど」
 鈴花は苦笑して私達を招き入れる。私がお邪魔します、と言って玄関へ上がると、廻もそれに倣って後ろを付いてくる。
 一人ずつしか入ることのできない玄関というのが既に新鮮だったが、それが世間では当たり前のことなのだ。鈴花は狭いと言ったが、私はそうは思わない。
「あ、靴――」
「大丈夫、分かってるわ」
 屋敷では靴を履いたまま過ごしていた為、私達が土足で家へ上がらないか心配したのだろう。だが、一般家庭では家へ入るときに靴を脱ぐということは父から聞いていた。廻も私と同じように脱いだ靴を揃えている。
「いやぁ、何かすみません……」
「どうして謝るの? 一般の家庭ではこれが普通なのでしょう?」
「それをさせているのが何だか申し訳なくて」
「そんなことないわ。お邪魔しているのはこちらなのだから」
「むしろ変な風になってないかどきどきしちゃう」
「いえもうそこらの女子たちよりずっとお上手で御座います……」
「固い固い」
 鈴花が手と手をすり合わせて、以前うちに投資のお願いをしにきたとある企業の社長のようになっている。そろそろこの恐縮鈴花も卒業してくれないだろうか。これも彼女の個性だとは思うのだが。
「こっちで待っててもらってても良いですか? 今お店混んでると思うので、空いてるか訊いてきます」
「ええ、ありがとう」
 鈴花は私達をリビングへ案内すると、ぱたぱたと廊下の奥へ消えて行った。いつも少し落ち着きのない彼女だが、今はより一層落ち着きがないように見え、私は思わず笑みを零した。
「……わぁ」
 部屋に入った廻が小さく声をあげた。自分の住む家以外に入るのは初めてのことだ。何もかも新鮮に感じるに違いない。何しろ、私も初めてなのだから。
 リビングに入ると、左側にキッチンがあり、人目で綺麗に使われていることが分かった。屋敷の厨房には数えるほどしか入ったことはないが、大きさは違えど、どちらも使いやすいように整理整頓されている。
 右を見ると、白い絨毯の上に、低めのテーブルとそれを囲むように三つのクッションが置かれている。恐らくあそこで食事を摂っているのだろう。テーブルの向こうには少し小さめのテレビ――私の感覚がおかしいだけで、一般家庭では大きい方なのかもしれない――が置かれてあった。テレビ台には動物や何かのキャラクターらしきフィギュアが置かれている。そういえば、玄関にも可愛らしいフクロウの置物があった。この家の誰かの趣味なのだろう。
「えへへ、楽しいね。お友達の家に来てるみたい」
 私と同じように部屋を見渡していた廻が笑う。
「そうね、もし私達も学校に通っていたら、鈴花とは主従としてじゃなく、友達として出会えていたかもね」
「そうだよねぇ、いいなぁ」
 廻の目がふっと細まる。あったかもしれない日常を思い浮かべているように見え、私は無意識に問いかけた。
「……お友達、欲しかった?」
 口にして後悔する。仮に欲しかったと答えられたら、私はどうする気だったのだろう。廻の欲求を聞いたところで、私には解決する術がない。しかし、先程から温かい目で鈴花を見る様子と、友達という単語を口にした廻の表情を見て、思わず訊いてしまった。
「うーん、欲しいかどうかって訊かれたら、欲しいけど、結子さんとか源次さんとかいるし……何より、お姉ちゃんがいるし」
 廻はそう言って優しく微笑んだ。
 私の心配が杞憂に終わったことにほっとすると同時に、廻のその言葉をとても嬉しく思った。ここ数日は自分の不甲斐なさと頼りなさを実感するばかりだが、それでも廻が好意を伝えてくれるのは、素直に嬉しい。
「お姉ちゃんは?」
「え?」
「お姉ちゃんは、お友達欲しかった?」
 突然の問いに私は一瞬硬直した。自分にその質問が返って来るとは思わなかったからだ。
「……私は」
 私は――どうなのだろう。
「いらっしゃい、廻さん、綴さん」
「すみません、お待たせしました」
 答えあぐねているところに、鈴花の声と、優しく安心感のある声が背後から聞こえた。
 振り返ると、鈴花ともう一人、どことなく鈴花に似た、エプロン姿の若い女性がリビングの入口に立っていた。隣の鈴花と同じ栗色の長髪だが、左右でまとめている鈴花と違い、この女性は静城と同じ後ろでまとめている。姉がいるという話は聞いていなかったが、いらっしゃいという言葉から、この方は家族なのだろう。
「初めまして。月之世綴と申します。こちらは妹の廻です」
「廻です。お邪魔させて頂いております」
「あらまぁご丁寧に。母の阿實小夜子さよこです。いつも娘がお世話になっております」
「は――」
「――は?」
 私と廻で一文字ずつ、驚愕の声をあげた。
「……鈴花」
「ですよね。そういう反応になりますよね。はい、母です」
「ふふ、よろしくね」
 穏やかに笑う小夜子さんの隣で、鈴花が苦笑している。こういうやり取りは一度や二度ではないのだろう。この若々しい姿を見れば、初対面ではまず母親だとは思わない。
「お姉さんかと思ったぁ」
「あらあら、優しいのね」
「小学校の授業参観のときもそれはもう大変で……ってそんな話はいいや。どうぞどうぞ。丁度席が空いてたので」
 阿實母娘の案内で廊下を進むと、他の扉とは少し違ったデザインの扉があった。ここからお店に繋がっているらしい。
「いらっしゃいませ、カフェ・セレナーデへようこそ」
 小夜子さんの声と共に扉が開かれると、そこには外から目にしたときと同様、ログハウス風の喫茶店の姿があった。関係者入口から入った為、店の隅からの来店になったが、この時点で客に安らぎを与える雰囲気であることが分かる。
「こちらへどうぞ」
 先程とは違い、落ち着きのある声で小夜子さんが席へと案内をしてくれる。改めてその様子を見ると、外見こそ少女に近いとはいえ、その振る舞いは大人の女性そのものであった。
 手慣れた様子で店内を進む小夜子さんの後ろを、鈴花、私、廻の順番で付いて行く。飲食店には何度か父に連れられて来た経験はあるものの、大人の同伴がない状態は初めてなので少し緊張する。
 案内をされた席は店の窓際で、店内と外の様子が同時に見渡せる場所になっていた。私が席に座ると、その隣に廻が座り、向かい側に鈴花が座る形になる。
 私達が座ると同時に、いつの間にかお盆におしぼりと水を用意した小夜子さんが、手際良くそれらを配っていく。
「ご注文がお決まりになりましたら、お申し付けください」
 最後に軽く一礼をして、その場を去った。何度もしてきたであろう接客は、屋敷の使用人たちにも劣らないほど洗練されている。
「……常連さん相手だともうちょっとくだけてるんですよ」
「え、そうなの?」
 店の奥に消えて行く小夜子さんをずっと見ていた私の心を見透かすように、鈴花が小声で話し掛けて来た。
「お二人とも初めての来店だから、気を遣ってるのかも」
「そうなんだぁ、結子さんみたいで格好良かったね」
「それは言い過ぎですよぅ。……さてさてメニューをどうぞ。お気に召すものがあると良いんですけど」
 恥ずかしさを誤魔化すように、鈴花がテーブルの横に立て掛けてあったメニュー表を広げる。寸前、ちらりと店の名前が書かれた表紙が見えた。
 『カフェ・セレナーデ』。先程も小夜子さんが口にしていた。セレナーデはドイツ後で小夜曲を意味する。小夜子さんの名前から取っているのだろうか。
「わぁ、どれも美味しそう」
 お洒落なデザインのメニュー表を見て、廻が目を輝かせる。商品名の横に、その商品と思われる写真が載せてあり、その下に短い説明文が書いてある。ぱらぱらとメニュー表をめくってみると、軽食やデザート以外にも、パスタ料理やオムライス、ハンバーグなどの肉料理と、バラエティに富んだお店のようだ。
「丁度お昼だし、折角だからデザート以外も頂きたいわね」
「そうだね、何にしようかなあ」
「ありがたき幸せ」
 メニュー表を廻と二人で眺めながら、ちらりと店の様子を見てみる。
 入口の前に二人ほど座れるカウンター席があるが、それ以外は全てテーブル席になっているようだ。テーブル、椅子は全て木造で、見るものに落ち着きと安心感を与えている。そのうえに吊るされた照明はほのかなオレンジ色で、落ち着きのある店内にとてもよく馴染んでいる。いくつか置かれている観葉植物も目の保養になっていて実に良い。
 客層は学生から老人まで様々であった。休日ということもあり、空いている席の方が少なく、大勢の客が店内にいることが分かったが、誰一人騒ぎ立てる者はなく、客層の質も良いのだということが窺える。店の雰囲気と小夜子さんの接客ぶりを見れば、納得の様子だった。
「じゃあ私はこれにしようかな。ふわとろオムライス! お姉ちゃんは決まった?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと待ってね」
 廻と声で視線をメニュー表へと戻す。ついつい店内の様子に見入ってしまった。
「うーん……」
「えへへ、悩んじゃうよね」
「どうぞどうぞ、ごゆっくりご覧になってください」
 美味しそうな料理の並ぶメニューに目移りしてしまう。廻の頼んだオムライスも美味しそうだ。さて、どうしよう。
「……うん、私はこれにする」
「フレンチトーストとサンドイッチのセット? 良いね、これも美味しそう」
 結果、ふと目に留まったメニューを頼むことにした。フレンチトーストも美味しそうだったが、何故か私は一緒になっているサンドイッチの方に惹かれたのだ。サンドイッチはあまり食べたことはないが、ふと妙に懐かしい気持ちになり、すぐにこれにしようという結論に至った。
「あ、それ良いですよね。私もそれおすすめなんです。……でも、なんか今日はお腹空いちゃったからパスタにしよ」
 そう言って鈴花はテーブルの隅にあるスイッチのようなものを押した。すると店の奥の方で電子音が鳴るとともに、「はーい、ただいまお伺いします」という男性の良く通る声が聞こえた。
「今の声が父です。多分注文取りにくると思うんですけど……変なこと言い出したらすみません」
「大丈夫だよぉ、鈴花さんのお父さんだもん」
「それは大丈夫な理由になるのでしょうか……」
 程なくして、店の奥から一人の男性がこちらへと向かって来た。短髪という程短くもないが、綺麗に整えられた髪の若々しい男性だ。鈴花の話からイメージしたよりも落ち着きのある男性に見えた。
「格好良いお父様だね」
「ああ、そんなハードル上げるようなことを」
 そして、男性は身軽な動きで私達の席の前に来ると、注文を取る為に伝票を取り出し――
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですおか」
――良い声で、見事に噛んだ。


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