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ツキノセ 作者:
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奮起

 月之世聡にはある癖があった。本人はそれに気が付いていないが、源次がその癖を見抜いたのは、聡が九歳のときであった。
「ああ、父さんのことは尊敬しているよ。目標でもある。それがどうかした?」
 当時、聡の父であるたけるから、『息子は自分とあまり話をしたがらないので、代わりに息子の話相手になってやってほしい』と頼まれた源次は、それとなく自分の父親をどう思っているのかという問いを聡に投げかけた。
 聡は不自然な程に源次の目をじっと見据え、父親を尊敬していると答えたが、その一連の行動に源次は違和感を覚えた。その後、源次は聡とのコミュニケーションを取るに連れ、あることに気付く。
 ある日、手際の悪い使用人が聡の側で食器を落として割ってしまった。そのときに散らばった破片で聡は指に小さな傷を負ったが、何故かその傷を隠していた。その際、使用人に怪我の有無を気遣われた聡を見て、源次は驚愕する。
「いや、大丈夫。怪我はしていないよ」
 聡は嘘を吐いた。怪我を見逃さなかった源次は咄嗟にそれを指摘し治療しようと考えたが、このときばかりは気付かない振りをせざるを得なかった。何故なら聡は、以前と同じく『使用人の目をじっと見据えて』嘘を吐いたのだ。
 聡は嘘を吐くとき、相手の目を強く見つめる――この行動は、怪我の一見以来も見受けられ、それも一度や二度ではなかった。源次は、この行動が聡の癖であると認識した。
「源次さん、貴方がそう言うならそうなんだろう。情けない話だが、私は聡に心を開いて貰えなかった。愛情を注いだつもりだったが、あの子は妻にも私にも、笑顔を見せてくれたことがない」
 聡の様子を聞いた尊は、何かを諦めたかのように弱く笑った。掛ける言葉を失った源次は、尊の独白をただ聞いていることしかできなかった。


「源次」
 聡の妻――月之世祈が他界した次の日のことだった。綴と廻の体調に異常が見受けられ、主治医の嘉山かやまに連絡を取ろうとしていた源次は、ふと聡に後ろから声を掛けられた。
「珍しく急いでいるようだが、何かあったか」
「はい。綴様と廻様のお身体に異常が御座いましたので、嘉山先生にご連絡を――」
「ああ、それについては心配ない。今そこで石住井いすいから聞いたが、あの症状は一日経過すれば治まるものだ。連絡の必要はない」
 聡は、源次の目を見詰めていた。
「……畏まりました。浅学故の行動であったことをお詫び致します」
「認知度の低い症状だ。恥じる必要はない。では、私は部屋に戻る」
 源次はこの時点で聡の嘘を見抜いていた。一日経てば症状が治まるというのは事実だろう。これが嘘であるならば、次の日になっても二人の症状は回復しないということになる。そうなれば、自分の発現が嘘であることが発覚してしまう。
 ならば、嘘はもう一つの方ということになる。
 石住井というのは使用人の一人だ。聡は石住井から娘に起こっている異常について聞いたと言ったが、彼女は現在休憩室で仮眠を取っている。源次は先程まで、休憩室で使用人全員と綴らに起きている身体の異常について話をしていた。そして、休憩室を出たのが一分ほど前である。どう考えても、聡が石住井から話を聞いている時間はない。
 そこで、須藤の中に一つの疑問が生まれる。
 聡のように計算高い人間が、何故今のようなわかりやすい嘘を吐いたのか。何故石住井の名を利用して偽りの事実を作ろうと思ったのか。源次はその後も理由を考え続け、ある一つの仮説を立てた。
聡は、『石住井だけが』他の使用人達と別行動をしていたと勘違いをしていた――これが事実であれば、石住井の名を使ったことに説明がつく。では何故、そのような勘違いをするに至ったのか。源次は馬鹿馬鹿しいと思いつつもこう考えた。『休憩室での会話を聡に聴かれていた』と。
 もしこれが正しければ、石住井だけが他の使用人と行動を共にしていなかったと勘違いをすることにも説明がつく。何故なら、そのとき屋敷にいた使用人は全員休憩室にいて、石住井だけが仮眠の為に発言をしていなかったからだ。
 その日、石住井は急病で帰宅した使用人の為、二人分の業務を一人でこなしていた。その為、周りの人間は気を遣って、誰も石住井を起こそうとはしなかったのだ。
 源次は聡と別れた後、休憩室で盗聴器が付けられていないかを確認したが、それらしきものは見つからなかった。しかし、この出来事は源次の主に対しての忠誠心を揺るがすという大きな変化をもたらすこととなった。




「おかえり、どうだった?」
 綴、廻、鈴花の外出許可を取る為、源次は先程聡の部屋を訪れていた。源次の見立てでは、聡が鈴花に抱いている警戒心は決して小さいものではないと踏んでいたが、聡は意外にも三人の外出をあっさりと承諾した。
「拍子抜けするほど円滑に進みました。鈴花さんとの一件があった手前、これ以上『余裕のある当主』を崩すことは聡様自身が許せないのでしょう」
「あー、聡君プライド高いもんね」
 四十年以上、十代の姿のままの源次の幼馴染――静城結子は僅かに苦笑する。兄妹のように接してきた結子がこの問題を共有してくれるのは、源次にとっても心強かった。そして、数年前から利用することになったこの結子の部屋は盗聴されている可能性が極めて低い為、重要な話をする際、源次は決まって結子の部屋を訪れていた。
「ねぇ、鈴花ちゃん、どうするかね。やっぱりお家帰っちゃうかな」
「勤めて間もない、ましてやアルバイトで来た職場で人体実験が行われている、などという話を聞いて、快く協力を申し出る人間はいないでしょう」
「うーん、だよねぇ。良い子だったから残念だけど、危ない目には遭わせたくないもんなぁ」
 結子が椅子に座ったまま腕を組んで唸る。あのとき、鈴花が綴と聡の話し合いに割って入ったことは想定外だった。やることがないから来たという鈴花には、屋敷の中を適当に見回ってもらい、それとなく聡に挨拶をして帰ってもらう予定だったのだが、ああも悪いタイミングで聡と顔合わせをすることになるとは思っていなかった。
「はぁ、私の所為だ」
「結子さん。それ何度目ですか」
「だって鈴花ちゃんに見回りお願いしたの私だし」
「結果それが聡様の計画を狂わせるに至ったのです。鈴花さんに聞いた話では、綴様の様子は普通ではなかったということでした。聡様は既に、何らかの力を制御できる状態にあるのかもしれません」
 あの部屋の前で、鈴花は綴の声しか聞こえていなかったという。綴は一方的に捲し立てるような性格ではない為、その状況は明らかに不自然だ。
『あと……私の聞き間違えかもしれないんですけど、綴様、貴方は本当に須藤なのって言ってた気がするんです』
 鈴花の言葉を思い出す。あの状況を分析するうえで、普通ならば『特定の周波数の音声を除去するような技術で聡の声を掻き消した』といったような考えに至るべきなのだろうが、鈴花の証言を踏まえたうえで考慮すると、超常的な力を視野に入れざるを得ない。何せ聡の行っている実験は超能力と呼ばれるものを発現させる為であり、尚且つあの場に源次がいるはずなどないのだから。
「超能力ねぇ。あの聡君がそんなものを信じてるなんてね」
「貴女がそれを言いますか」
「だって私、自分の意志でこんなんなってるわけじゃないからね?」
 二人は苦笑する。ふざけている状況ではないことは互いに承知しているが、それでもたまに冗談を言い合うような空気を作らねば、息が詰まってしまう。長い付き合いの中でそれを互いに察しているからこそ、二人は今まで協力し合ってきたのだ。
「……さて、鈴花さんがここを辞めるにしろ辞めないにしろ、私達に残された時間は多くありません。私は引き続き聡様の協力者について調べますが、優先すべきはお嬢様方の安全です。最終手段も視野に入れなくてはなりません」
「うん、分かってる。もしそうなったら、私が命に代えてもあの子達を守る」
 結子の強い意志を持った眼差しが、源次にはとても心強かった。
 まだ二人が小さい頃、源次の後ろを付いてくるだけだったあの少女が、今はこんなにも頼もしい表情をするようになって自分の信頼に応えてくれる。
 暗闇の迷路を進んでいるような状況だが、互いの信頼感が二人の心を強くさせた。源次は胸が熱くなるのを感じ、必ず綴と廻の二人を守り通すと再び強く決意した。



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