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ツキノセ 作者:
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実験 - 2

 金になる話だった。俺のような家族もなく家も持てず、力のあるホームレスの傘下にも入ることができなかった人間にとって、それは願ってもない話であった。
「あんたのお友達がやってるやばい仕事よりずっと安全だ。雇い主の名前は言えないが、ヤクザとも繋がってねぇしそういうのは本人が一番嫌ってる。ただでかい声で頼める仕事ではないことは確かだ。さ、どうするよ」
「やるよ。わかってんだろ。運び屋より安全なんて言われりゃあここにいる奴なら全員食らいつく」
 少し歩けば、嫌になる程眩しい光を放つ看板が並ぶ街に出る。だがここにそんな洒落たものはない。汚れたダンボールと汚れた人間、鼠、虫、ゴミ……目につくのは汚物ばかりだ。そんなところに突然現れたこの若い男は、一通りこのゴミ溜めを見渡した後、ゆっくりと俺のもとへ歩み寄ってきた。
 黒いパーカーにジーンズというラフな格好。俺ほどではないが髪もぼさぼさで、それだけで綺麗な仕事ではないということは察しがつくが、それでもスーツを着てこんなところへ来る連中よりは信用できるだろう。
「いいね。うだうだ悩まねぇ奴は好きだよ俺は。人間ってのはもっと欲に忠実に生きるべきだ」
「ここにいる奴なら全員そうだと言ったろ」
「いいや、あんた以外には断られたよ、この話」
「は?」
「昨日も来たんだよ。そんときは誰もこの話に乗らなかった。で、今日もう一回来てみたら昨日はいなかった奴がいた。それがあんただ」
 だから真っ先に俺のもとへ来たのか。大して気にもしていなかったが、小さな疑問が一つ解消され納得した。だが、それよりも気になる疑問が今生まれてしまった。
「何で誰も乗らなかったんだ」
「麻痺しちまってんだよ。殺し、運び屋、盗み……ホームレスの中でさえはじき出された奴がやる仕事なんてのはそんなもんばっかりなんだろ? 連中はもうそれに慣れちまって、目の前にあるチャンスを、見慣れないものだからと言って掴まない。掴めない。見える範囲に札束があるのに、足元の泥沼で必死に小銭を探している。欲は剥き出しのくせに臆病なんだ。そして、今自分のやっていることの方が危険だというのにそれに気付かない。馬鹿で臆病者だ。救いようがねぇ」
 男は辺りを見渡しながら暴言を吐く。恐らく聞こえているだろうに、周りの奴らは下を向くばかりで男の方を見ようとすらしない。暴言など言われ慣れているだろうが、それでも表情の一つくらい動くものではないのだろうか。
「あんたは目が違う。きっと殺しや薬には手を出してないんじゃないか?」
「死にたくないからな。お前の言う泥沼とやらで、いつ沈むかも分からない場所で小銭探しなんてまっぴらだ。俺は目に見える範囲の、カスみたいな金で良い。それでも何とか生きている」
「そう、それだよそれ。あんたは欲に忠実に見えて、超えちゃいけないラインってもんを弁えてる。だが臆病者でもない。こうして俺の話をうまい話だと判断して乗ってくる。長生きするタイプの人間だ。こんなとこでホームレスやってんのが不思議なくらいだよ」
「……もういいだろう。仕事の話をしてくれ。ここじゃ話せないってんなら場所を移そう」
 ゴミのような人生を送ってきた俺にとって、この男の言葉はまったく馴染みがなく気持ちの悪いものだった。俺はそんな賢い人間じゃない。常に周囲の人間の顔色を窺い、目立たないように振る舞っていたら、いつの間にか俺の味方は一人もいなくなっていた。結果、社会にも切り捨てられ、こんなゴミ溜めに行き付いただけだ。
「ああ、話は車の中でしよう。こっちだ」
 男は背を向けて歩き出す。人二人分ほど空けてその後ろを付いて行く俺は、終始誰も俺達二人に視線を向けなかったことが気掛かりだったが、ここで他人に意識を取られる奴は生き残れない。俺は意識からあいつらを捨て、これから得るであろう大金のことだけを考えるようにした。











「ルナBの投与、脳への負担レベル4……ロールシャッハは」
「16枚目が一番強いっすかねえ。かすり傷くらいは自分で治せるようになってますが」
 痛い。頭が痛い。手足の感覚がない。俺の体はどうなっている。耳鳴りが止まない。この気味の悪い映像を止めてくれ。
「その程度の能力では意味がない」
 何故こんなことになっている? 俺は確か、あの男の車に乗り込み、四十分ほど走っただろうか――建物も少なくなってきた頃、俺は行き先を告げない男を不審に思い、声を掛けようとしたが、運転席に男はいなかった。ひとりでに走っている車の中でパニックに陥った俺は、なんとか車からの脱出を試みたが、何をやってもドアは開かず、その後――何が――
「おーい頑張れ。足元に死体あんの分かるか? そいつ生き返らせるまでこの仕事終わんねぇからなー」
 仕事――そうだ、仕事。説明された仕事はなんだったか。よく覚えていない。それよりもこの頭痛を止めてくれ。早く仕事をして金を手に入れたいんだ。
「聞こえてねーかぁ。やっぱこの段階になると会話できないのが痛いよなあ。まぁその辺にいたホームレスなんてこんなもんか。もっとこう、こんなクズじゃなくて、いかにも超能力の素質あります! みたいな奴いないもんですかねえ」
 俺が、クズ? 違う、あの男は言った。俺は他の奴とは違うんだ。チャンスを掴める人間なんだ。あんなゴミ溜めじゃ終わらない。そうだ。もっと金を稼いで、家も買って――
「な……な、がい、き……して」
「お、反応した。何だ、長生きって。あそっか、こいつ俺の言ったこと真に受けてんのか。その辺刺激すりゃなんか起きるかも」
 そういえば、この声は俺に話し掛けたあの男の声じゃないか。頼む。助けてくれ。このままじゃお前から受けた仕事ができない。
「良いかー? お前はただのクズだ。他のホームレスと何ら変わらねぇ。俺が真っ先にお前に話し掛けたのはたまたまだ。昨日あそこに行ったってのも嘘。他の奴らが俺たちに見向きをしなかったのは、俺が見えないようにしてやってただけだ。お前が断れば他の奴らにも同じようにやってただけなんだよ。分かったかー? お前は俺に煽てられてまんまと人体実験されてる救いようのねぇクズ。頭のめでたいただの負け組野郎だ」
 この男は何を言っているんだ。人体実験だと。そんな非現実的な話はどうでもいい。早く助けてくれ。頭が割れそうだ。早く。早くしてくれ。早く。死んでしまいそうだ。
「特に反応はないが」
「うーん駄目っすね。都合の悪いことは聞こえてません。治癒能力も低下してるし」
「何も語り掛けない方が順調に発現していたな」
「あー……今回ばかりは反論できねぇ」
「まぁ良い。治癒能力の発現するパターンは分かった。それは片付けておけ」
「え、まだ死んでねっすよ」
「これ以上の成果は期待できん」
 ああ、やっと解放してくれるのか。良かった。折角こんなありがたい話にありつけたんだ。仕事をする前に頭痛などで死んでしまっては目も当てられない。車で移動中に聞いた話では数百万は貰えるらしい。肝心の内容はこれからだが、運び屋より安全というのだから、死の危険はないだろう。
「んーまぁいいか。じゃあなオッサン。来世はうまくやれよ」
 頭痛が止んだかと思うと。突然体が軽くなったような感覚があった。そうか、浮遊感を覚えるほどに俺の頭痛は深刻だったのだ。
 さて、随分と余計な時間を食ってしまった。まずは頭痛を治してくれたあの男にお礼でも言っておこう。態度の軽い男だが、仮にも仕事を紹介してくれた人物だ。こういう場面で下手に出られる人間こそが後々成功すると俺は思う。
 ……おかしいな。奴はどこへ行った。


「最後までめでたい奴だよ、あんたは」
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