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ツキノセ 作者:
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変化 - 2

長剣が鋭い音を立てて空を切った。剣士はそこにいたはずの標的が消えていることに気付き背後を振り返る。
 自分の背後に移動していたその怪物は、こちらを仕留めようと俊敏な動きで腕を伸ばした。すかさず身を引いてそれを避けるも、一度守りの耐性に入った剣士の隙を怪物は見逃さなかった。
 予測不可能な動きでこちらを翻弄し、意図的に作られた隙に乗せられ剣を振るってしまえば、こちらの利は完全に消え去った。柔らかそうな外見とは裏腹に、怪物は重い打撃を剣士に浴びせる。一発、二発、三発――剣士はその痛打を受ける度に動きが鈍り、一矢報いようと放った斬撃も虚しく、怪物には届かない。
 無様に踊る剣士を嘲笑うように、怪物は剣士が長剣を振るうよりも速くその懐に潜り込み、渾身の一撃を叩き込んだ。吹っ飛ばされた剣士の体は弧を描き、彼らが戦っていた陸を離れて、深い奈落の底へと消えて行った。
「……おかしい」
 勝敗は決した。私の分身である剣士は、鈴花の操る丸くてふわふわしたマスコットみたいなキャラクターに一方的に痛めつけられた。これで三連敗である。
「何でこんなに屈強そうな剣士がこのまんまるマスコットにやられるのよ」
「い、いや、ゲーム触ったことない人がこんなに操作できることの方がおかしいと思いますけど……」
 ゲーム機の画面にはまんまるマスコットが決めポーズを取る姿があった。その後ろで私の操作していた剣士が控えめに拍手をしている。妙に潔いその姿を私も見習うことにした。
「はぁ、やっぱり新兵では古兵に敵わないのね」
「兵って……。あ、そうそう、綴様、その子のことまんまるマスコットって言いましたけど、そう見えて悪い魔王から世界を救ったりしてるんですからね」
「な、何ですって」
 こんな愛でられることだけに特化したような見た目のキャラクターが?
 いや、でも廻が好きだったテレビ番組の戦士は幼い女の子だったし、あんぱんの顔をしたキャラクターが街の平和を守っている作品もある。ファンタジーの世界では愛嬌のあるキャラクターこそが、世界を救う救世主であるべきなのかもしれない。
「ちなみに綴様が使ったキャラも時を駆ける伝説の勇者ですよ」
「時を……!?」
 ではやはり屈強な見た目をした戦士こそが真の強者という――
「綴様さっきから難しいこと考えてないですか?」
「はっ……いえ、大丈夫よ。そうね、世界を救うほどの存在だもの。個性的な人物であって当然だわ」
 そもそも架空の世界の登場人物なのだから、あからさまに強そうな戦士ばかりが主人公というのも味気ない。どうやら初めてのゲームで敗北を喫してしまったことにより動揺していたようだ。
 よく見たらこのまんまるも、一つ一つの仕草に愛嬌があってとても可愛らしい。廻が見たらすぐにでも気に入りそうで、私はつい微笑ましい気分になる。
「良かった。楽しんでくれたみたいですね」
「え?」
「綴様、笑ってたので」
 鈴花に言われて、自分の頬が緩んでいたことに気付いた。
 彼女がゲーム機とソフトを持って私の部屋を訪ねて来たときは、その厚意を無駄にするのもと思い、始めはそれ程乗り気でなかったが、いつの間にか敗北を悔しがるほどに熱中していたようだ。
 そんな私を見て鈴花はほっとしたように笑っている。彼女にとっても、知り合って間もない私にこのような遊びを提案することは勇気のいる行動だったのだろう。私は先程まで気乗りしていなかった自分の浅はかさを恥じた。
「ええ、楽しかったわ。いつか鈴花に敗北を味わわせてあげたいと闘志を燃やすくらいには」
「ちょっ、笑顔で物騒なこと言わないでくださいよ! 何か別のに変えよう……」
 鈴花はいそいそと持ってきた鞄の中をまさぐり始めた。鞄に付けられているキーホルダーが僅かに揺れている。軍服を着た猫……だろうか。
「あ、この子ですか?」
 私の視線に気が付いたのか、鈴花が鞄をまさぐる手を休めてキーホルダーを手に取った。
「にゃーむすとろんぐ大佐っていうんです」
「にゃー……む?」
「にゃーむすとろんぐ大佐です。お父さ、父がくれたんですけど、何かのゲームのキャラクターだったかなあ」
 何とも風変わりな名前をした猫だが、デフォルメされた体とは裏腹に精悍な軍服と帽子が絶妙なギャップを生み出しており、なかなか可愛らしい。このキャラクターもまた廻が好みそうな見た目をしている。
「えへへ、可愛いですよねこの子」
 鈴花が愛おしそうに大佐の頭を撫でた。父君からの贈り物ということもあり、普段から大切に扱っているであろう様子が伝わってくる。その姿がぬいぐるみを可愛がる廻を思い起こさせ、つい先日のことを妙に懐かしく感じてしまう。
「ええ、とっても可愛い子ね」
「……」
 鈴花がきょとんとした顔で私を見つめた。何かおかしなことを言っただろうか。
「? どうかした?」
「えっ、あ、いえ、その、『猫のくせに軍服なんか着ちゃって随分偉そうなご身分の猫だこと!』とか言われるかなと思って」
「……貴女の中の私ってそんなに高飛車なの?」
「ち、違うんです! 被害妄想酷くてごめんなさい!」
「ちょ、そんなに勢いよく頭を下げなくても大丈夫だから」
 鈴花は私の顔色を窺ってあたふたしている。そういえば彼女は、昨日初めて会ったときもこんな反応をしていた。どこかで聞いたことがあるような気がするが、これが俗に言う『天然』というものだろうか。
「そんなに落ち込まないで。本当に気にしてないから」
「あうう、なら良いんですけど……」
「それより、その、にゃーむすとろんぐ大佐だったかしら? 妹にも見せてあげたいわ。そういう可愛いキャラクター大好きだから」
「あ、妹さんもこういうの好きなんですか?」
 鈴花の表情がぱっと明るくなる。
 廻のことを考えると胸が締め付けられるが、廻と打ち解けられそうな彼女の様子を見ていると、彼女には妹のことを知っておいて欲しいと思った。
「ええ、妹の部屋にね、たくさんのぬいぐるみがあるの。きっと鈴花となら気が合うと思う」
「そうなんですかぁ、お話してみたいなあ」
「そのときは仲良くしてあげてね」
「もちろんです! あ、でも私メイドなのにそんな馴れ馴れしたら失礼なのでは……?」
「姉である私が良いと言っているんだから気にしなくて良いのよ」
 現にもう私とも友人のように接しているでしょう、と言い掛けたが、そうするとまた頭を下げさせてしまいそうなので飲み込むことにした。
 知り合って間もないが、彼女の『取り乱しどころ』が少し分かってきた気がする。
「じゃあ、会える日を楽しみにしてますね」
「……ええ」
 その後、鈴花から提案されたゲームソフトを何作か楽しんだ後、『お茶を淹れる練習をしてきた』と言うので、鈴花に紅茶を用意してもらうことにした。
 両親が喫茶店を経営していることもあり、予想よりもしっかりと茶葉の美味しさを引き出せていたことに驚いた。須藤のように洗練された深みのある味ではなかったが、彼女の気遣いと優しさが伝わってくるような味わいがあった。どちらかというと、廻が淹れる紅茶に近い。彼女なりの使用人としての努力を垣間見て、アルバイトに応募してきたのが鈴花だったことを私は嬉しく思った。
 紅茶を飲みながらしばらく他愛のない話をしているうちに、時刻は午後六時を過ぎようとしていたので、鈴花は家へ帰り、私は再び一人になった。
鈴花は廻の居場所に関する質問は一切してこなかった。
 廻の話をしているときの私の心中を察したのか、無意識にその話題を避けていたのかは分からない。だがそれは私にとって幸いだった。きっと、今廻に関することを訊かれても、私は上手く答えられなかっただろう。何と話せば良いか分からないのだ。
 超能力に関する研究所に連れられて行った、などと話せる筈もない。まして私がそこから廻を連れ戻そうとしていることを聞いても困惑するだけだろう。使用人とは言っても鈴花は月之世家とは何の関係もないのだから。そんな非現実的な超能力の話などを話して彼女を巻き込みたくはない。廻を連れ戻そうという私の想いは、私の中だけに止めておく。私としても、一人きりだと後ろ向きな感情が連鎖してしまうので、鈴花と過ごす時間は良い気分転換になる。その時間を自ら壊そうとは思わない。

 夕食を済ませた後、須藤にパソコンを借りられるか訊いてみた。
 すると、どうやら須藤はパソコンを二台持っていたらしく、一台はもう使っていないそうなので私が譲り受けることになった。これなら空いた時間に調べものができる。
 私がパソコンを所有するのはまだ早いなどと言われた場合の対処法をいくつか考えておいたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
 私は自室に戻ると早速パソコンを立ち上げ、インターネットに接続した。
 調べたいことというのは、月之世家のことだ。
 今の私に『超能力の研究所』と聞いて思い当たる場所などない。そして、使用人たちからその場所を問いただすことも恐らく不可能だ。ならば、月之世家の過去を調べ上げ、何か超能力に関係するような出来事はないか確認する。もしあれば、その事柄に関係した場所や建物から、廻の居場所が突き止められるのではないかと考えたのだ。
 賢い方法ではないかもしれないが、この家の中で得られる情報などたかが知れている。当然父は私が行動を起こした際に備え、余計な情報が記載されている書物などは予め手の届かない場所へ移しているだろう。
 月之世、研究、超能力、医療……様々な単語を組み合わせて検索を掛けるも、目新しい情報はない。私の曽祖父である月之世 わたるに関するページが見つかったが、薬品会社を立ち上げたことや投資家としての情報しか記載されていなかった。
 月之世家は元々、ツキノセ製薬という薬品会社を経営していた。戦後数十年までは曽祖父が代表取締役を務めていたそうだが、昭和四十五年に退役した後、投資家として生きていくようになったという。その際にツキノセ製薬は会社名を変えている。
 という具合に、今私が知っている情報以上のことは分からなかった。そう簡単に調べられることではないとは理解していたが、新しい情報が一つもないという事実は、私の心に重くのしかかった。このときにも廻は怪しげな研究に巻き込まれているかもしれないというのに。
 廻を連れ戻す。その目標だけが今いる場所の遥か遠くに見えているのに、そこに至るまでの道が見えない。インターネットから得た情報も、新しい道には成り得なかった。
「はぁ……」
 無意識に深い溜息が出た。椅子の背もたれに身を預け、長時間パソコンの画面を見つめていた疲労からか自然と瞼が下りる。視覚からの情報が断たれた体は、脳内にいくつもの過去の出来事を映し始める。その大部分は廻に関することだった。まったく、如何に自分が廻に依存していたかを思い知らされる。
 だが、こういう状況で思い浮かぶのは、決まって楽しい思い出ばかりだった。廻と一緒にいくつも絵本を読んだこと。メイドの飼っている猫を連れて着てもらって、二人で可愛がったこと。夜空の星を二人で見渡したこと――いくつもの思い出が私の脳内に浮かんでは消えていく。やがてそれに混ざり睡魔が私の体を支配し始めた頃、疲労していた私の体はそれをあっさりと受け入れ、すぐに深い眠りの中へ意識を落としていった。
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